両側の温もりが心地よさを与える。それが何かという問いは体が目覚めなくても、よく知っているものだった。
安心と、そして愛しさに包まれた心地。
しかし、それがだんだんと無くなり、肌寒くなった頃、ローの身体は急かすように意識を目覚めさせた。
「あ。おはようございます、キャプテン」
まだ視界がぼやける中で眼前にいたのはシャチだった。
シャチの声音はようやく目覚めた、といった風だろうか。そこには嬉々としたものがあった。
ローは己の両側に視線を交差させる。
その後、眉間に縦皺を寄せながら、シャチを睨んだ。
「ちょ…そんな怖い顔しないでくださいよ」
彼は分かっていたとばかりに、困った顔で頬をかいた。
「キャプテンがあまりにも気持ちよさそうに寝ているもんだから、起こさないでおこうって話になったんです」
「余計な世話だ」
「でもほら、あの子達優しいから。それにキャプテン最近疲れてたでしょ?…まあ、確かに余計な世話なんでしょうけど」
「…で?」
シャチはローの知らない出来事を辿りながら、からからと笑うが、ローはそれが気に食わない。
シャチに鋭い視線で問い返せば、彼はにっこりと笑いながら指を己の後方に向けた。
「今、ニ人はデート中」
その言い回しが不服だったのか、ローは軽く舌打ちをした後、その場から姿を消した。
***
探すのには手間がかからなかった。というのも、案外近くにいたからだ。
見覚えのある後ろ姿を見つけ、ローは安堵の息を吐く。
「ヴィダ」
そう一言、届く声音で呼びかければ、白い髪を揺らした女はこちらにゆっくりと振り向いた。
「見つかっちゃった」
言葉の割に嬉しそうに笑う姿は、相変わらず幼く、愛らしい。変わらないと言えばいいのか、それがまたローを安堵させる。
「ロー。お昼寝はもういいの?」
「ああ…誰かがいないせいで寝起きはよくねェがな」
「あんなに気持ち良さそうに寝てたのに」
「そんな覚えはねェ」
ヴィダはくすくすと笑いながら、傍に来たローを見上げた。
近くなった距離に、伝わり出す熱が再び心地良いと叫ぶ。
「ローね、こんな顔をしてたんだよ?起こしたくもなくなるよ」
そしてヴィダは愛おしそうな視線を自分自身の腕の中に向ける。
くったりと糸の切れた人形のように眠り、その腕に抱かれる小さな幼子は嫌というくらいローによく似ていた。
「こいつは遊び疲れて寝たか」
「うん。可愛いんだよ?いつもはお父さんに取られちゃうけど、今日はお母さんを独り占めできる!って言ってすごい動き回ってたの。だから疲れちゃったんだね、ふふ」
「へぇ。じゃあ返してもらわねェとな」
嬉しそうに笑うヴィダの腰を抱いて自分に引き寄せ、挑発的な笑みを浮かべれば、彼女は困ったようにローを見る。
「平等なつもりなのに。また拗ねちゃうよ。母はまた困ってしまう…お父さん」
「安心しろ。そいつが寝てる間の話だ。俺の妻」
ローはヴィダから起こさないように幼子を受け取ると、優しく抱き上げた。肩口に顔を乗っけてやれば、耳元で規則正しい寝息が聞こえる。
それを聞いて、ローはほんの少しだけ口元を緩めた。
その様子が嬉しいらしいヴィダも思わず微笑むが、あえてそこには触れないでおく。
「…帰るぞ」
「うん。帰ろ」
多少の照れ臭さを隠しながら空いた手で手を絡めれば、同じようにそれを返してくる。
するとちょうど遠くで、自分たちを呼ぶ仲間の声が聞こえた。
それを辿るように、二人と小さな一人を抱えた三人は、同じ場所へと踏み出した。
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