純白のコートを脱ぎ捨て、肩書きも全部捨てた様は一時の逢瀬のための代償に等しい。

「次はそうだな。月が綺麗な夜にでも」

 そんな口振りから額に口付けを落とした後、姿を消す。
 だが、その相手に伝えた言葉以上に恋しいと思うのは、己自身なのだ。

***

「お団子が食べたくなってきた」
「食欲以外に思うことはねェのかよい」

 首を真上に上げて呟くヴィダに、ちょうど通りかかったマルコが茶化すように言った。

「サッチに頼んだら作ってもらえるかな?」
「そりゃ可愛い妹のお願いだ。全力で応えるに決まってるよい」
「ふふ…嬉しいなぁ!今日はみんなでお月見だね!」

 月を見上げていた顔がこちらへと向き、少女が楽しげな笑顔を零せば、マルコもそれにつられるようにして頬を緩ます。

「…そういやヴィダ。次にあのガキが来んのはいつだ?」
「えっと…」

 ふとマルコが思い出した言葉に、ヴィダは頭に指を当てて唸る。
 そんな簡単に忘れていいものなのかとマルコは若干の不安を過ぎらせるが、少女の雑さは昔からだと思い返し、自分を納得させる。

「ーそうだ!確か月の綺麗な日に来るって言ってーーー」

 記憶の引き出しを解放して見つかった答えに、嬉々とした声を上げる。
 その瞬間であった。

「あ。」

 マルコの眼前で、突然ヴィダの姿が消えた。
 それは本当に一瞬で、マルコも目を見開くが、その場に代替するように現れた一つの酒瓶がその緊迫を打ち砕く。
 軽く嘆息しつつ、マルコはその酒瓶を手に取った。

「おーいマルコ。ヴィダはどこに、って、あ!?」
「ああ、ちょうどいいよい」

 良いとも悪いとも言える状況に現れたサッチは、マルコが手に持つ酒瓶を見て全てを察した声を上げた。

「またヴィダ連れてかれたのか!?お前が側に居ながらなにやってんだよマルコ!」
「俺はそれに関しちゃ、本人の好きにさせてるよい。それよりサッチ。これに合うなんかを作れ、主に団子で」
「なんでもよさそうな口振りで図々しい奴だなテメェ!」

 破顔しながら食ってかかるサッチにマルコは適当にあしらいつつ、酒瓶を手渡せば、サッチは忌々しそうにそれを見る。

「あの野郎も毎回何気なしに贈ってきやがって…俺たちの妹はこんな安く……ってこの酒超有名じゃねェか!伝説級だぞこれ!?海兵ってそんな給料いいのかよ!!」

 前回は超高級菓子折り、前々回はなんだったっけな…と唸るサッチに対してマルコは可笑しそうに笑みを浮かべた。

「そうと分かりゃいい。オヤジと飲むよい。急げサッチ」
「うるせェなもう!お前は認めてても俺はぜってェ認めねェからな!」

 いつまでも騒ぐサッチを急かすように、マルコは彼の背中を蹴り上げた。

***

 手の内に温もりのあるそれは、今しがたまで所持していた無機物とは大きく異なる。巷では騒がれるような宝も、その温もりと比べてしまえば、無価値に等しい。

「よぉ、ヴィダ」
「ロー!」

 腕に少女を抱いたまま、ローはその耳元に囁く。心臓が高鳴る距離のはずだが、少女にその片鱗の兆しが見えないのが悔しいところだ。

「久しぶり!お仕事は終わったの?」
「でなきゃここにいねェよ」
「ふふ…お疲れ様、ロー。このまま一緒に船でお月見する?お団子だよ!お団子!」
「それはお前が食いてェだけだろうが。それに、船に乗り込むのは仕事の時だけだ」
「ローがうちに入れば問題ないのになぁ。海兵って大変だねー」

 楽しそうにけらけらと笑う姿を横目に、ローは軽く嘆息をしてから、ヴィダを傍らにその場に腰を下ろした。

「…お前は船を降りる気はねェのか」

 多少にも真剣さを含んだ目で少女を見る。その視線につられてか、ローを見上げるヴィダの目が、少し下がった気がした。

「私は、みんなと離れたくないなぁ」

 そう言って笑う少女の顔は、先程と反した、申し訳なさそうな表情である。
 ローはそれを何度と見てきたか分からない。
 その度に、胸の内は歯痒く、締め付けるのを痛感するのが常だった。

「…なら、捕まえる他ならねェな」

 しかし、それで諦めるほど、自分の意思は緩くはない。
 ローは薄い笑みを浮かべながら、ヴィダの白い手に自分のを重ねる。まるで、離さないとでも言うように握るのは、感情故の行為だった。
 しかし、ヴィダはその行為を、否定しようともしなかった。

「でも、どんなに貴方と話して過ごしたって、最後は必ずみんなの所に返してくれる。それはとてもありがたいし、嬉しいけど…」

 ヴィダはその手を握り返すことをせず、ローを見つめた。

「…どうして、そうしてくれるの?」

 真っ直ぐローを見つめ、問いかける。
 少女がローの真理を見据えているのか、それとも言葉を信じていないのかは、定かではない。
 ヴィダの言葉に、ローは視線を逸らさずに、形にできる言葉を選んだ。

「…今ここで、お前を攫うと言ったら、お前は俺を嫌うか?」
「え?」

 ローからの逆の問いかけに、ヴィダは目を瞬かせた。
 しかしそれは一瞬で、ヴィダはすぐに問いに答えようと、頭をひねる。

「…ローはいい人。私の仲間と同じくらい、大切な人。…でも、ローの言ってることは私をみんなに会えなくするってことでしょう?」

 小首を傾げるヴィダに、なんの否定も表さなければ、ヴィダは分かったように視線を下へと向けた。

「それは…悲しいかな、って、思っちゃう」

 その言葉は、背けた視線と小さくなる声音で紡がれた。
 それが少女なりの罪悪感の形なのだろう。
 表情が、見えない。

「ーーそうだな。それが理由だ」

 ローは、そんな少女の背けた顔に手を添え、無理矢理視線を合致させる。

「…俺はお前のその顔が嫌いなんだ」

 言葉の割に、声音は優しい。
 そして悲しげな、哀愁の漂う表情を消すように、ヴィダの目元にキスを落とす。

「…比べて、泣くのがお前の仲間じゃなく、俺であってほしい。あいつらじゃなく、俺と離れるのが嫌ってくらい、俺を愛して欲しい」

 強く抱きしめ、その耳元に囁くのは自分の欲と悲しい願い。
 愛しい少女の上にいるのは、まだ自分ではないのだ。

「ロー、難しいよ?よく分からない」

 まだ背中に回されることのない白い腕が、ローの服の裾を控えめに握る。
 それを痛感してから、ローは腕を緩め、ヴィダと少しの距離をあける。

「…俺は、お前の意思で俺のところに来て欲しいんだ」

 一言で全てが分かるように。
 その意味をちゃんと理解したのかヴィダは、きょとんとした顔のままローを見つめる。

「愛してる。お前が欲しくて堪らねェ。ゆっくりでいいから、いつまでも追ってやるから、いつか、俺に捧げろ」

 心からの口説きというやつか、畳み掛ける想いを、相手が想像するそれ以上の言葉と態度で示す。
 そして、鈴音のような笑い声が聞こえた時、少女の頬には、

「…みんな言ってたけど、本当に海兵って粘り強いんだね」

 ほんのりと朱がさしていた。
 そのいつもとは違う愛らしい表情が、自身の想いを深くする。

「…私は海賊で、ローは海兵だよ」
「たとえお前がどんな立場だろうと俺はお前を愛してる」
「私、それだと逃げられない」
「逃す気なんて最初からねェよ。覚悟しとけ」

 互いの表情に笑みが生まれる。
 片方の想いから始まり積み重ねてきた逢瀬が、ようやく今、蕾を開こうとした。

***

「うちの妹にご執心なんざ、海兵のくせに命知らずもいいところだよなぁ」

 サッチが嫌味たらしく眉を寄せて言う視線の先には、団子を口いっぱいに詰め込むヴィダがいた。
 帰ってきて早々に団子を求めてきたいつも通りの少女は、幸せそうに団子を頬張る。
 その愛らしさと豪快さは作った身としても、頬を緩めるものがあった。

「俺はそこがおもしれェと思うよい。天下の白ひげに物申す度胸があるなんて、海軍にゃもったいねェ」
「お前もそんなんかよ。オヤジもヴィダの好きにさせろって言うしよ…俺は可愛い妹が心配でならねェのに…!」
「うるせェおっさんだよい…」

 わっ、と大袈裟に泣くサッチをうんざりとした面持ちで無視した後、マルコはヴィダに視線を移した。

「ヴィダ。次に会うのはいつだ?」
「ん?えっと…」

 ヴィダはマルコの問いに答えようと、団子を飲み込んで口を開く。

「忘れちゃった」

 しかし、へらっと笑って再び食事に集中し始めた。
 その様子に、相変わらず雑だなぁと思うマルコではあったが、

「でも」

 と、食べる手が止まったヴィダに、マルコとサッチは目を丸くする。

「すぐ、会えると思う」

 にこっと笑う頬をほんのりと染め上げる朱は、なんとも愛らしい乙女であった。


"次はお互いが恋しくなった時にでも"


ーーーーーーーーー
Noteにてあとがき記載。
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