当時の世界は不幸が重なって、幸せなんて呼べる世界じゃなかった。
それでも、想いが通じ合えただけでこんなに満たされたのは、きっとお互いが運命なんだと思ってしまうくらい、馬鹿げた発想になったからだ。
だからお前が俺の目の前で死んだ時も、俺は奥歯を噛んだまま、涙は流さなかった。
きっと何度生まれ変わっても、お前に会えるって信じてたんだ。

それから1度目を迎えた。

人として生まれ変わった俺は、まずお前のことを思い出せなかった。普通に生きて普通に生活して、普通に生を全うした。前の世界とでは随分と幸せだったから、なんの苦はなかった。
ただ、死ぬ間際になってからお前を思い出した。この世界で1度も触れず、そして出会わなかった絶望を、俺は死ぬ直前に味わった。


2度目に生まれてきた時、俺は人ではなかった。
当時は人外が色濃く生きる世界で、人との壁があり、種族同士の争いが絶えなかった。
俺は1度目の後悔を細かに覚えていたせいか、意識が芽生えた瞬間から必死になってお前を探した。
でもそこではお前は人間で、俺は近づく前にそいつらに殺されてしまった。


3度目、俺は確か蝶になった気がする。
正直この時はかなり短命だったから、あまりよく覚えてない。
ただ、生まれ変わったと自覚した瞬間から、自殺志願の強い虫だったのは確かだ。


4度目、俺はようやく人間になった。今度は特別争いもなく、生きやすい世界だった。俺はこれでお前に会いに行けると思った。
だが俺の身体は無数の管に繋がれたまま、動けずにいた。医学の知識が何世代にも渡ってある俺は、これは何をしても治らないものだと咄嗟に気付いた。
動けないと分かれば、俺は3度目のようにすぐ死んで生まれ変わりたいと思った。
だが当時の親という存在が、意外にも俺を引き止めた。ありがた迷惑とはこういうことなんだろう。でも悪い気はしなかった。
だから俺は自然に死ぬまで、長い時間を使ったわけだ。もちろん、お前に会いに行くなんてことはできなかった。

そして今、ようやく、5度目だ。


「ロー」

愛しい愛しいヴィダの声が、俺に届く。
俺はそれに返事を返そうと、頭を持ち上げた。

「みゃあ」

黒い毛並みで包まれ、4足歩行で過ごす5度目の俺は、猫として生まれ変わった。
この時、俺はようやくヴィダと過ごす時間を手に入れた。だが、彼女は人間で、俺は猫という、少しずれた関係だった。
そして、これも不幸だと言ったら、俺は頷いてしまう。

「ローはゆっくりしててね。私は学校に行ってくるから。無理しちゃダメだよ」
「みゃぁ」

俺はこの姿でもう15年生きた。
人間にしちゃ若いだろうが、今の俺にしてみれば、そろそろ潮時の時期だ。
最近、ヴィダの悲しそうな顔をよく見るようになった。その度に俺は引き裂かれるような思いだった。

「みゃあー」

愛してるよ。

そう伝えても、獣の口から出る言葉なんて、大抵一緒だった。
でもヴィダは俺の言ってることが分かるらしい。優しく微笑んでくれる。

「私も好きだよ、ロー」

満たされる言葉だったが、自分の姿見を見れば、それは落胆するばかりだった。俺は欲深い男だろうか。
ヴィダは俺を優しく撫でてから、制服に身を包んで学校に行った。
これから彼女がどう生きていくかが大事なのに、俺は先にまた彼女を探すことになるだろう。
彼女の背が見えなくなったところで、俺は随分と重たくなった四肢を持ち上げた。


神様なんてものがいるのなら、聞きたい。
実際に求めてるのは俺だけで、彼女は何とも思ってないのか。それなら、もう期待しない方がいいだろうか。期待すれば後悔するだけだろうか。
俺はただ、また結ばれたいだけで、彼女のあんな、悲しげな顔を見たくて、生まれ変わったわけじゃない。

俺はヴィダの家を飛び出し、できるだけ遠くに行くことにした。
季節は冬。雲行きが怪しくなってから降ってきた雨は、自分の代わりに泣いてくれるように思えた。
冷たくなる気温、と体温。


今までずっと追いかけてきて5度目を迎えた俺は、初めて彼女を自分から遠ざけた。
もう俺は何も期待しない。だから、これが最期だ。

なあ、ヴィダ。あいしてるよ。

5度目の死はよく慣れたもんで、俺は眠るように深い深い闇の中に沈んだ。



「…ロー、なんで行っちゃうの」

部屋の中をいくら見渡しても、愛しい存在の姿はなかった。

「…愛してるよ、ロー」

ようやく、ようやく出会えたのに。

次会えるのは、一体いつになるか。
それは長い長い時間の中で、巡り会う確率だけが知っていた。

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