ローの手錠の鍵を届けるべく、ロビン達は城へと向かっていた。高々と空を飛行して向かう道中、ヴィオラからマンシェリーの居場所を知らせる連絡が入った。ヴィオラ曰く、マンシェリーは"お仕置き部屋"という場所に、囚われているらしい。

「必ず姫を救い出すれす!」
『ええ…それと』

 力強く宣言するのに対して神妙な声音で続けるヴィオラに、レオは不思議そうに首を傾げた。

『お仕置き部屋にもう1人…女の子がいるの…』
「えっ!?」

 驚愕の声を上げるレオ達に、ヴィオラは一つ一つ、確認するようにゆっくりと言う。

『とても白い女の子…確かこの子はトラファルガーの…』
「ヴィダだわ!!」

 確信的な特徴に、ロビンが強く叫んだ。

「ヴィオラ!彼女の容体は!?」

 ロビンは声を大きく張り上げ、受話器越しのヴィオラに問う。若干の焦りが滲むロビンの声音に、ヴィオラは言いにくそうにしながらも答えた。

『身体中が傷だらけで所々血が出ていて…とても…痛々しいわ……』

 まるで見ていられない、とでも言うような感情が受話器越しからも伝わり、ロビンは眉を寄せた。
 その時だった。突然、地上から撃たれた砲弾が、彼らを襲った。

「きゃあ!?」
「うわっ!?」

 落下するロビンとバルトロメオに、レベッカが叫ぶ。

「ロビンさん!」
「レベッカ!ひまわり畑に鍵を届けて!私たちは大丈夫!」

 レベッカとレオをなんとか先に行かせ、ロビンとバルトロメオは無事に着地することに成功する。
 するとちょうどそこに、ルフィとローがやって来た。ローはロビンを見つけると、血相を変えて詰め寄る。

「ニコ屋!俺の鍵はどこだ!すぐよこせ!」

 荒れる戦闘の中、ローが言う。分かってはいたが、相変わらず海楼石の手枷は健在だった。

「4段目のひまわり畑へ!レベッカが鍵を持って待ってる!!早く行って!!」
「くそ!!」

 あと1段先のひまわり畑を見つめ、ロビンは言う。
 ローは、すぐさまそこへ向かおうとするが、ロビンが一度だけその背中を呼び止めた。

「トラ男くん、ヴィダの居場所が掴めたわ」
「!!」

 ローの足がぴたりと止まる。
 振り返らずに立ち止まった背を見つめていれば、その一瞬だけ訪れた沈黙に、少しの迷いが見えたような気がした。

「……ニコ屋」
「………ええ。分かったわ」

 ローが掠れた声で呟いた。それはこの喧騒の中でかき消されてしまうのではないか、と思うほどに小さかったが、ロビンの耳にはしっかり届いた。
 ロビンは視線を、決戦の場所へと向けた。

「…私たちが必ず彼女を助ける。だから貴方は、上へ」

 強い意志で宣言すれば、ローの中の覚悟がしっかりと固まった。

「…恩にきる」

 そう一言だけ残して、ローはルフィと共に決戦の場へと向かった。
 ロビンはその2つの背をしっかりと見送る。

「“今、もし会ったら”…なんて可能性さえ、貴方は捨てるのね」

 覚悟を決めたはずの意思さえ揺らいでしまうほど、彼にとって彼女はそれほどまでに大きな存在なのだろう。

「…私情だらけで本当に、自分に厳しい人」

 肩をすくめて淡く笑えば、ロビンは目の前の敵と向き合った。

***

「もう無理れす。グリーンビットに帰らせて下さい…もう何もできないです…!」
「お黙るざます!誰がボア・ハンコックざます!」
「そんなこと誰も言ってないよ!!」

 お仕置き部屋でジョーラが瀕死の幹部を前に、マンシェリーを脅すが、彼女はまったく言うことを聞かなかった。
 だがそれを腹立だしく思ったジョーラが、無理矢理能力を使わせようと、マンシェリーを摘み上げる。
 マンシェリーは涙を流しながら悲鳴を上げた。

「やめて!マンシェリーを離して!!」
「うるさいざます!!このチユチユの実の能力があれば幹部は…!」

 ヴィダはマンシェリーを助けようとするも、海楼石の足枷が邪魔で身動きがとれない。
 するとそのヴィダの様子を見たジョーラが、観察するようにこちらを見てきた。

「…そういえば若様から聞いたざますわ。あなたも不思議な力があるんだとか」
「!…」

 嫌な予感が身体を駆け巡った。
 ジョーラはヴィダの足枷を外したと思うと、同時に鋭利なナイフで彼女の腕をざくりと切った。

「ッ!」

 飛び散ったヴィダの血が疲弊した兵士の傷口に染み込む。すると、その部位の傷がみるみるうちに綺麗に塞がった。
 それを見たジョーラは歓喜の声を上げる。

「んまー!素晴らしいざます!若様が言ってた通り!これでどんなに傷を負っても、問題ないざますわ!!」

 勝ち誇ったかのように高々と笑うジョーラは、なおもマンシェリーの能力を引き出そうと、彼女を攻め立てる。
 ヴィダは腕から流れる血を抑えながら、その場にへたり込んだ。

「お前達!そっちは頼んだざます」

 ジョーラの言葉に、2人の男の兵士がヴィダを囲んだ。

「大人しくしてろよ」

 そう言って嫌な笑みで近づいてくる。楽な仕事だと思ったのだろう。
 ヴィダは顔を上げた。

「…じゃあ枷を外したのは間違いだったね」
「!」

 ヴィダは近づいてきた男の足を払い、その場に転ばせた後、鈍い音を立たせて顎を思い切り蹴り上げた。

「がっ…!」
「うわっ…このっ…!」

 意識がなくなったのを見て、もう1人の男がナイフ片手にヴィダに襲いかかるが、ヴィダはそれを避けて相手の側頭部に強い蹴りをいれた。そのまま壁に顔面を強打した男は、力なくその場に倒れる。
 それを確認したヴィダは一息吐く。

「ふん!ベポの方が100万倍強いよ!」
「な…っ!」

 まさかやられるとは思ってなかったのだろう。
 一瞬で片付けられた光景に、ジョーラが呆然とする。

「ローからいつも、相手を油断させてから勝負しろ、って言われてるの。さあ、マンシェリーを離して!」
「い、嫌ざます!なんざますか…!そんな傷だらけのくせに…!」

 目の前で起きた出来事を認めずに、ジョーラはヴィダに指を差してまくし立てる。
 その言葉にヴィダはむっと眉を寄せ、ゆっくりとジョーラに近づく。

「ローに出会う前と比べたら…」
「!…」

 ヴィダはジョーラの目の前に立ち、襟元を掴んだ。

「ぜんっぜん!」
「!?」

 そして自身の頭を大きく振りかぶり、

「いたくないッ!!!」

 相手の顔面に向かって、思いきり頭突きをかました。

「――――ッ!?」
「きゃっ!」
「! マンシェリー!!」

 ジョーラはヴィダの頭突きに声にならない声を上げながら、身体をふらつかせた。
 その反動でジョーラの手元から落ちたマンシェリーを、ヴィダは尻もちをついて両手でキャッチする。

「大丈夫!?マンシェリー!!」

 手元を覗き込むように言えば、マンシェリーは涙を流しながら頷く。
 それを見てヴィダは安堵の息を漏らした。

「よくも…よくも…!囚われの分際で…!!」

 ジョーラは千鳥足になりつつも、血走った眼をこちらに向ける。痛みで顔を覆う手の間から、血が滴っているのが見えた。

「許せないざます!!」

 その時だった。

「見つけたれすよーーーーっ!!!」
「!!!」
「なにざます!?」

 突然、大きな声を上げながらやってきたレオに、ジョーラの動きが鈍る。

「レオ!!!」

 マンシェリーがヴィダの手の中から身を乗り出してレオを見つめる。そしてその呼び声が響いた時、ジョーラとその幹部たちは大きな音をたてて地面に括りつけられた。

「…すごい…!」

 一瞬の出来事にヴィダが呆気に取られていると、マンシェリーはレオに駆け寄り、抱きついた。

「うわ〜ん…怖かったよぉレオ…」
「姫、また重くなったれすね」
「とあーーっ!!!」
「…あはは」

 小さな可愛らしいやり取りを見て、ヴィダは思わず笑った。そして同時に、助かったことに関して強い安堵を覚えた。

「さあ!急いで逃げるれすよ!」
「うん!」

 こんなところ、すぐにでも脱出したい。
 そう思ってヴィダは立ち上がって、1歩を踏み出した。しかし身体の重心が定まらず、すぐにこけてしまった。

「いたた…」

 戦闘で忘れていた痛みがようやく自覚を持って響いてきたらしい。
 改めて自分の身体を確認すれば、無残なものだった。

「だっ、大丈夫れすか!?」
「怪我してるれす!なんならおぶるれすよ!!」

 レオとマンシェリーが心配そうに気に掛ける。

「ありがとう。でも大丈夫だよ!」

 ヴィダは笑顔で返してから、自分の両足を見つめた。

「二足はきついけど、四足歩行ならきっと…」

 そう考えて、ヴィダはいつも通り、猫になろうと試みる。
 だが

「…あれ…?」

 ヴィダの様子に、レオ達が疑問の視線を投げる。しかし、ヴィダはそれに答えられる余裕がなかった。

「なんで…!?」

 なぜなら、どんなに試みても、猫の姿にはなれなかったからだ。
 ドフラミンゴに連れ去られる前までは、確かに姿を変えられた。それもなんの苦もなく。だがそれに比べて、今は何をしてもできそうにない。
 一体どういう条件でこうなってしまったのか、全く分からなかった。

「どうしたれすか!?やっぱり…」
「だっ、大丈夫!なんでもないから、行こう!」

 できないものはしょうがない。今は前を見なければならなかった。
 ヴィダは痛みと謎の不安を堪えながらも、無我夢中で走った。

***

 満身創痍になる決戦の中、追い込まれたトレーボルは自ら爆発を選んだ。
 ルフィはそれに巻き込まれる直前で、なんとかローを抱えて爆発を回避する。
 
「離せ麦わら屋…!俺はまだ…」

 ローは途切れそうになる意識の中、必死で抗う。だが言葉とは裏腹に、身体なんてしばらく動きそうになかった。

「あいつを…!」
「うるせェ!!俺はお前に死んでほしくねェんだ!」

 怒鳴るルフィはこれまでのように、ローの真意を汲み取りはしない。ローはそれに何度腹が立ったか分からなかったが、今だけはそれが切り裂かれるような悔しさに変化していた。

「…それに」

 ルフィが続ける。
 その時、自身を呼ぶ聞き慣れた声が響いた。声の先を見れば、砂煙が晴れ、見えたのは一面のひまわり畑。

「…それに!ヴィダを泣かせたくねェ!!!」

 そして、こちらを見上げる愛しい少女を見つけた。

「!…」

 怒鳴るように力強く言われた言葉は、ローの奥底を深く抉るように跡を残した。視線は彼女を捕らえ、逸らそうとはしない。
 ローは耐え抜くように、奥歯を噛み締めた。

「ロー!ルフィ!!」
「頼む!!トラ男はよくやった!」

 ルフィから手放されたローは、力なく落下する。
 身体はもはや限界のようで、段々と意識が虚ろいだ。それが体力的なもののせいなのか、はたまた精神的安堵から来ているものなのかは、分からなかった。

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