年間を通して体育祭ほど日照りが強い日はない、と感じてしまうのは、周りの奴らの熱気を加味した結果だと思ってる。
 俺達の学校の体育祭はこれから夏真っ盛りになる6月初旬に行われる。
 1年はようやく慣れ始めた学校生活で初の団結力を示し、2年は3年を潰す勢いで貫く下剋上が常。3年は下を引っ張る権力で団をまとめ上げる指揮役兼最後の砦。
 ちなみに俺は下剋上しつつ全力で団に貢献するタイプな。かっこいいだろ。ってサボに言ったら「性質悪ィ」って言われた。
 でも俺は学校行事の中で1番この日が好きだ。
 好きなだけ体動かせるし、なにより周りがまとまって一直線に勝ちを狙いに行くってすげェことだと思うんだ。
 だから最終結果発表に近づくにつれて、増してくる熱気とかすげェ好きだなんだ。

「ヴィダ、お前足速かったんだな」

 俺は額に飾る赤い鉢巻きをぎゅっと結び直す。すぐ側で屈みながら自分の靴紐を直すヴィダが、俺を見上げてきた。

「普通だ」
「いやいや。だって借り物競争出るんだろ?少なくとも、お前はクラスで俺の次に速いってことじゃねェか」

 この学校の名物はリレーと借り物競争だ。これらが盛り上がるのはどこも鉄則だが、俺達の学校の借り物競争はその借りに行くお題の理不尽さから、伝説の域に達している。
 その理不尽さ故に、如何にして素早く競技を攻略するかが問題なので、種目決めをする際は、クラスで2番目に足の速い奴が出場するという暗黙のルール、よく言えば、伝統が成り立っている。
 もちろんそうなるだけあって、得点の配点はリレーに次いででかい。
 ちなみに俺はクラスで1番速いどころか、校内全体を通した中でも速いほうなので、有無を言わずリレーの競技者だ。

「借り物競争はヤベェらしいけど、俺応援してっからな。困ったことがあればすぐに言えよ!」
「失格にならなければ期待する」
「んだよそれ!」

 俺は、立ち上がって靴の調子を確かめるヴィダの頭を、乱雑に撫でた。
 すると、じゃれたつもりの行為の中で、意外にもヴィダの髪がとても心地が良いという発見をした。
 無意識に触れる手つきが変わる。

「…おい、エース」

 ヴィダに呼ばれて、びくりと体が強張った。
 気付けば、乱雑に撫でていた手は次第に髪を梳くような手つきに変わっていた。

「あ…ど、どうした?」

 なにか悪いことをしてばれてしまった時のような緊張が走る。
 しかしなぜそんな風になったかは、自分でもよく分からなかった。

「招集がかかってるんだ。行くから離せ」
「えっ、あ、ああ!」


 言われて耳を傾ければ、借り物競争の招集を募る放送が聞こえてくる。ヴィダの出る競技だ。
 俺はヴィダに振れる手を、咄嗟に離した。

「悪ィな!俺応援してっから!頑張れ!」
「ああ。行ってくる」

 ヴィダの背中を押せば、彼女はそのまま俺に背を向けて指定された場所に走って行った。
 その周りでは次の競技の始まりに、クラスの奴らがわらわらと集まってくる。得点の話や現段階の順位。他愛もないことを喋りながら、俺は先程の感覚を忘れようとした。

***

「かっ…カツラ!?」
「生命線手首まである人って…えっそれいちいち見て回るの!?」
「オスの三毛猫ォ!?」

 …なんかちゃんと見たことなかったからあれだけど、マジで理不尽なんだな、この競技って。

 俺は観戦用の席で苦笑いをしながら競技を見守った。
 明らか無理難題なお題でも、なんとか成し遂げようと己の脚力を使って競技を制覇しようとするのは、この競技が一発逆転出来るほどの配点が隠されているからだろう。
 しかし、この競技を打破できるのは、余程の運を持っていないと無理のようだ。
 俺は慌てふためく競技者の中で1人、お題の書かれた紙を見つめるヴィダを見る。俺のクラスの奴らが「ヴィダちゃーん!頑張ってー!お題なんだった!?変なのだったら私、先生のこと殴ってくるよ!?」「ヴィダさあああん!むしろ俺がやろうか!?」だとか、ものすごい斜め上な応援をしているけど、恐らくこれは本人に聞こえてないと思う。
 ヴィダとつるむようになって分かったけど、あれはなにか考えてるときの顔だ。あの状態のヴィダはどんなに話しかけても「悪い聞いてなかった」と、言葉の割りに詫びれもしない態度で言う。俺はもう慣れたけど。
 まあ、そんなこと言ってるがもちろん俺もヴィダを応援してる。
 しかしどうしてもさっきのことが頭から離れなくて、なかなか踏ん切りがつかない。
 なんだったんだあれ。俺いちいちこんなこと気にする奴だったか?いや待て。今はとにかくヴィダの応援を…

「エース、来い。お前を借りる」
「うおお!?」

 普段使わない脳味噌を使っていたら、気付かないうちにヴィダが俺の目の前にいた。
 思わず驚きすぎて後ずさりした自分が恥ずかしい。
 というか

「今、なんて…」

 聞き間違いだろうか。
 なんだかものすごく理解しにくいことを言われた気が。

「お前を借りに来たって言ってるんだ」
「マジかよ聞き間違いじゃなかった!」
「今ならまだ誰もゴールしてないから、早く来い」
「ま、待てよ!なんで俺なん、」

 ヴィダが急かすように俺の手を引っ張る。
 俺は焦った。何に焦ってるかと言われればそうだな。ヴィダが握ってる俺の手、今めっちゃ震えてます。

「照れてねェではよ行って来いエース!」
「っで!なにす…つか照れてねェよ!!」

 クラスの野郎共に蹴られるようにして俺はコース内に出た。あいつら後で覚えてろよ。
 なんて思ってる間にヴィダは俺を引っ張って走り出す。慌てた俺だったが、すぐにヴィダの真横に並走する形で走った。

「なあ、お題って…」

 自分を連れた理由を聞こうとした時だった。

「よおヴィダお疲れー。こっち来ーい」

 妙に聞き覚えのある且つ、大きく響いた声の方を見やれば、そこにいたのはサボだった。サボは片手にマイクを持ちながら、笑顔でこちらに手を振っている。
 なにやってんだお前。と言いたくなる光景だったが、前に委員会の一環で審査係をする、というのを聞いたことを思い出した。
 ヴィダが「ほら」とお題が書かれた紙をサボに見せる。サボは「どれどれ?」とわざとらしくそれを覗き込むように見た。
 すると、

「ぶっは!ヴィダ!お前マジか!」

 突然大きく笑い出したのだ。
 何も知らない俺はサボが笑った理由も、ましてやなぜ自分がここにいるのかさえも理解できていない。

「お、おいサボ!お前なに笑って…」
「いいぜ!おっけーおっけー!そのままエースをゴールに持っていっちまえ!」
「聞けよ!!!」

 俺の言葉がかき消されるように、サボのマイクに通された声は校庭中に響き、俺達のクラスを初めとした周りは強い歓声を湧きあがらせた。
 不本意すぎる状況の中、俺はヴィダに連れられてまだ誰も通っていない白いゴールテープを通り、確実な1位を獲得した。
 俺のクラスの奴らが喜びで狂喜乱舞しているのが横目に見える。

「1位獲れたな。やったな」
「いやまあそりゃ嬉しいけどよ!お題なんだったんだよ!いい加減教えろよ!」

 係に連れられ、1位専用の待機場所に行く。ようやく落ち着いた状況で聞けば、ヴィダは「ほら」と言いながら俺にお題の紙を見せてきた。

『えー、ちなみに先程の1位を獲った赤団のお題でしたが…』

 少し遅れて、サボが流暢に実況をしていく。
その爽やかな笑顔で放たれた言葉は、

『人懐っこい犬、でしたー』

 随分と納得しがたいものだった。

「…犬?」
「ああ」
「…人懐っこい、犬?」
「ぴったりだろう?」

 サボの実況で歓声が愉快な笑いに変わる。俺はそれに包まれるように、紙面に書かれた文字を呆然と見つめた。

「困ったことがあればすぐに言えって言ったのはエースだろ?」
「だからって犬ってお前な…!」

 納得いかない行為に小さな怒りが芽生える。

「何言ってるんだ」

 しかしそれは、すぐに鎮火された。

「私はお前を見てると、耳と尻尾が見えるんだ」

 そう言いながら笑うヴィダの顔が本当に楽しそうで、俺は思わず言葉を噤む。
 意識的だったかは覚えてないが「わん」と呟けば、側にいたサボが再び笑い出した。

***

 借り物競争が時間切れになったと同時に、この競技の終わりの合図が鳴った。結局、理不尽なこの競技でゴールまで辿り着いたのは、俺達だけだった。元々俺達も時間切れ間近でゴールしたから、しょうがねェことだとは思う。
 だが会場は大いに盛り上がっていた。それもそのはずで、次は大取を飾る種目である、リレーが始まるからだ。
 しかもこれは、俺の出番でもある。
 招集と解散が同時に始まり、俺は前者に当て嵌まる場所へ行こうとする。
 だがその前に、ある課題があった。
 手、だ。

「あ」

 借り物競争の時からずっと繋がれた手が、未だ握られていることに気付いて、俺の心臓は大きく跳ねた。
 競技に夢中で今の今まで気付かなかった。
 招集場所へ行くためにこの手を離さなければならない。普通に離してほしいと言えば終わる話だ。
 それなのに、なぜか俺はそれが言えずにいた。
 だがそんな俺の様子をヴィダが気付いた。

「…あぁ。悪かった」
「あ…おう…」

 ヴィダが思い出したように俺の手をあっさりと離す。
 俺が次の種目の選手と分かっての行為なのは分かる。ありがたいことだ。
 そのはずなのに。

「…エース?」

 俺はなぜか離れた手を追うかのように、また握り返してしまった。
 ヴィダが不思議そうに俺を見上げてくる。聞きたいことは山々だろうが少し待ってほしい。俺も正直よく分かってない。というか頭の中がパニック状態だ。なにやってんだ俺。

「どうしたんだエース。招集かかって…」
「あー…そうなんだけどよ!えっと…」

 頼む俺の脳味噌、働け。下手な言い訳でいいから。この状況を打開する策を生んでくれ。
 俺は頭をガシガシと掻いて物理的処方を試みる。しかし俺の脳味噌はそんなことが出来るほど器用じゃなかった。

「あ!やべ」

 大袈裟に頭を掻いた反動か、額に巻いていた赤い鉢巻きがほどけ、繋がれた手に落ちた。慌てて空いている手で拾おうとしたが、鉢巻きの赤い色に白い指が重なった。
 それがヴィダの指だと気付いたのは、ヴィダが俺の鉢巻きを手に取ってこちらを見てきた時だった。

「…これ」
「お、おう」
「お前の腕に巻いていいか?」
「え?あ、ああ」

 言ってる意味がよく分からなかったが、反射的に頷いてしまった。
 ヴィダはそれを合図に俺の手を離したと思うと、今度は俺の腕に触れてきた。
 ヴィダの白くて細い指が、俺の腕に何度か触れる。それに体を強張らせていれば、気付くとヴィダの指が離れた。

「できた」

 そう言って、ヴィダは満足そうに出来上がったものを見る。
 俺もヴィダの視線を辿るように見れば、俺の腕には自分の赤い鉢巻きが巻かれていた。結び目は可愛らしいリボン結びが施されている。
 俺はよく分からず、説明を求めるようにヴィダを見ると、ヴィダは得意顔をしながら言った。

「手、震えてるから、緊張してるんじゃないかと思ったんだ」
「!!!!」
「リレー大変だもんな」
「え!?あ、ああ…はは」

 そちらに緊張していたわけではないが、ならばなんだと問われれば、分からなかったのでそのまま流しといた。
 ヴィダの指が俺の腕、正確には巻かれた鉢巻きに触れた。

「…昔、親に教えてもらったんだ。これは大丈夫、っていう証だって」

 俺の腕に目を落としてから、ヴィダは俺を見上げてきた。

「がんばれ。エース」

 少し微笑みながら笑うヴィダの顔がすげェ綺麗で、咄嗟に返す言葉が見当たらなかった。頭を駆け巡る言葉がごちゃごちゃして、一体何を言えばいいか分からなかったが、とりあえず今分かることは、とにかく嬉しいってことだけだった。
 すると、放送で俺の名前が名指しで呼ばれた。
 のんびりしすぎたらしい。

「悪い。引き止めてた」

 ヴィダが申し訳なさそうな顔をする。さっきの笑顔の後だったから、なんだか一気に寂しくなった。

「いや平気!そんな顔すんなって!元々俺がなんか…。…いやなんでもねェ」

 具体的なことを言えばボロが出そうだったので、これ以上はなにも言わないことにした。

「でも、ありがとうな!!俺、ぜってー1位獲るから!絶対に!」

 せめてもの礼を心から言えば、ヴィダはまた笑った。
 俺はそれが嬉しくて、またなにか言おうとしたけど、ヴィダに「もう行け」と背中を押されたので、渋々向かうことにした。
 振り返ると、こちらを見て手を振ってくれていた。俺はなんだか無性に照れくさくて、思わずダッシュで招集場所に向かった。
 担任のスモーカーにどやされながら指定された列に並ぶと、そこにはサボがいた。

「遅かったな。どこで油売ってたんだよ」
「別に売ってねェよ!つかお前アンカーだったのかよサボ。俺に勝てんのか?」
「見くびんなよ。ガキの頃から誰と怠慢張ってると思ってんだよ」

 青い鉢巻きを額に巻き付けたサボが笑う。
 すると、俺の腕に視線を落とした。

「おい、それなんだ?」
「ん?ああ…」

 言うのがもったいなく感じて適当に誤魔化していると、サボに「なにニヤニヤしてんだよ」と小突かれた。

***

 歓声は最高潮。ゴールテープ手前まで来たとき、今まで後方にいたはずの団が俺の真横に現れた。それがエースだと分かったのは、腕に巻かれた朱色の鉢巻きが見えたからだ。
 真横にあった視線は、後少しというところで前へと動いた。
 その瞬間、ゴールテープは奪われてしまった。
 ピストルの音が響き、歓声と実況の声がこだます。
 俺は足を減速させながら、色々な思いを吐き出しながら、大きく一息吐く。

「あーちくしょう負けた!逆転かよエース!」

 顔を上げて1位を獲った親友へと視線を投げる。

「…まあお前の隣を守れてよかっ…」

 しかし、すぐ側にいると思ったはずのエースは、追い抜かれたときの速度のままどこかへ駆け抜けていっていた。

「!? おいエース!もう終わって…」

 俺が驚きつつエースを目で追いかけると、その先にはヴィダがいた。
 あいつなにをする気だと体を強張らせれば、エースは走った勢いのまま、飛びつくようにヴィダに抱き着いた。

「ヴィダ!!ヴィダ!!!ヴィダ!!!!」
「わ!?エース!?」

 ヴィダは突撃してきたエースにより、反動で体が持っていかれそうになるが、それをエースがしっかりと支えた。
 俺はその光景を呆然と見つめる。

「獲ったぜ!1位!俺すげェ嬉しい!ありがとう!!ありがとうな!!!」
「なんで私に礼を言うんだ…」

 ヴィダが呆れるように言うも、エースが満面の笑みで騒ぎ立て、まったく聞いていない。
 しかしそれが可笑しかったのか、ヴィダは思わず噴き出すように笑った。

「あはは…見てたよ。…おめでとう、エース」

 互いを見るその顔が優し気で、思わず目が離せない。
 その中でエースの腕に巻かれた朱色の鉢巻きが目立って見えた気がした。

「…こりゃ言い逃れできねェぞ、エース」

 背後からエースのクラスメート達が雪崩のように彼を祝福しにいくまで、あと3秒。

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