鉛玉の撃ち抜く音が街を響かせた。
 それは心臓にも突き刺さるような悲痛な感覚だったが、他者はそんな思い入れのような感覚は湧かないだろう。
 この一つ一つの銃弾が、如何にしてこの男を苦しめるのかは、本人にしか分からないことだと理解している。
 だからこそ、この鉛玉を選んだのだ。

「ッ!!」
「…ああ?」

 ドフラミンゴは眉を潜める。
 見れば、力なく倒れているローを守るように覆い被さっている何かがいた。
 それが人間であり、少女だと認識できたのは、華奢な姿見から、じわりと花のように広がっていく血を見てからだった。
 命中した鉛玉が、少女の顔を歪ませた。

「テメェは…」
「ヴィダ!!」

 ルフィの呼びかける声と、周囲の騒がしくなる音に、ドフラミンゴは思惑から現実に引き戻された。
 辺りを見渡せば、町の住人達が何事かと集まってきていた。

「騒がしくてすまなかったな!"七武海"海賊トラファルガー・ロー!こいつが今朝の"王位放棄誤報事件"の犯人だ!俺を引きずり下ろそうとしていたが」

 一役演じるこの公開処刑は、"犯人"に勝敗突きつける宣告のようなものだった。

「安心しろ!…今退治した!」

 言い切るように伝えれば、大きな歓声が湧いた。
 この信頼を作り上げたのは自身だが、騙されているとも知らずに踊らされている光景は、見てて滑稽だと思ってしまう。

「お前!よくもトラ男を!おいヴィダ!!大丈夫か!?」

 鉄格子の中から叫ぶルフィを見やる。
 こちらの考えた策略に綺麗にはまる姿は、実に褒めたくなるものだった。
 さながらそれは囚われて吠える犬のようだ、とドフラミンゴは思った。

「"麦わら"ァ。てめェにとやかく言われる筋合いはねェ…!ローは元々おれの部下!ケジメは俺がつける!」

 怒りで構わずドフラミンゴに向かっていこうとするルフィだが、海楼石で隔たれた鉄格子は、それを許さない。

「ロー…!起きて!ねぇ!」

 悲痛な声の方を向けば、少女は必死にローに問いかけていた。
 ローの頬を撫でれば、その部分の傷が癒えたのが見えた。同時に、少女が先程命中した部分から流れ滴る血が、形を変えて美しい宝石になるのを見た。
 ドフラミンゴの中で、ヴェルゴの言葉が蘇る。

「…テメェがローの宝か」

 呟き、そして確認するように言った言葉に、少女がようやくこちらを振り返る。それは正解を表すのに十分だった。
 少女の胸ぐらを掴めば、簡単に身体が持ち上がった。顔を舐め回すようにじっくりと見れば、瞳は宝石のように美しく、髪は日に浴びて光っているように見える。
 中々に悪くない容姿をしている、と思った。
 ドフラミンゴの口角が上がる。

「へェ…あいつも隅におけねェなァ…」

 本音が出たところで、少女の小さな口元が動いた。

「はな…せ…」

 睨む姿には怒りと嫌悪が入り混じっているのがよく分かった。

「…フッフッフッ…俺が素直に話を聞くような奴だと思ってんのか?…テメェで試してェことが山ほどあるんだよ」

 少女の身体が一瞬強張ったのを確認し、同時に血が滲んだ部分を思い切り突けば、顔を歪ませてから瞼を閉じた。

「…恨むならテメェ自身の能力を恨みな」

 痛みに声を荒げない様子は、まるで少女の今までの生き様を見ているようだった。

「ヴィダ!」

 ゾロと綿えもんがこちらに向かってくる。軽くあしらってやろうとした時、ちょうどよく藤虎が現れた。
 その対応の様子は、赤子の手首をひねるようなものだった。改めて敵に回せば厄介な奴だと認識する。

「ゾロ!キンえもん!!!」

 ルフィは相変わらず手も足も出ない様子だ。
 ドフラミンゴは気にせず少女とローを担ぎ、ふわりと身体を宙に浮かせる。藤虎もそれに続いた。

「…女の声が聞こえやした…それはあんたの言っていた娘で間違いねェですかい…?」
「ああ。ちげェねェ」

 肯定すれば、藤虎から伺うような、探るような視線をもらった。

「…どんな形であれ、女であることには変わりゃいたしやせん…どうか大切に扱ってくだせェ…」

 盲目なくせに、よく見ている。
 だがそんな言葉をいちいち気にするつもりはない。

「フッフッフッ…俺はこれでも女の扱い方には慣れてんだよ」

 彼らの呼び止める声が遠ざかる。
 ドフラミンゴにとって今回の収穫は、今までもっとも価値のあるものだった。

***

「もう俺嫌だよ…」

 吹雪の中、積雪を踏みしめながら男に担がれる少年は、か細く呟いた。

「なに言ってやがる!ガキが簡単に諦めるんじゃねェ!必ず助かる方法はある!!」

 男は少年の言葉に叱咤し、歩む速度を変えようとはしなかった。
 その様子を見て少年は諦めたのか、何も言葉を返さなかった。

「…そうだ!楽しい話をしよう!」
「…はぁ?」

 突如、男が明るく声を出した。思わず少年は間抜けな声が出る。

「お前がそんなに悲観的なのは、きっとそれしか考えてないからだ。もっと別の話をしよう。例えば、お前の将来の話とか」
「だから俺は、」
「そうだな。これからお前はどんどんでかくなって、俺なんかよりずっと強くなって、沢山のことを学ぶんだよな」

 男の発言に、少年の言葉が詰まる。男は気に留めずに続けた。

「お前ならきっと誰よりもすごい医者になって、沢山の命を救うんだろうな。そんでいつか嫁さんなんかも捕まえてよ。子供なんかも作って、家族で幸せに暮らすんだ」

 淡々と話す内容はまるで想像できなくて、つい嫌な気持ちになる。それは今まで生きてきた結果から成る感情だ。

「…ありえねェ。気持ち悪りィ妄想はよせよ」
「お前は生きる」

 だがその言葉は随分と優しいものだった。

「これからお前は自由に生きていくんだ。そして人に愛されて、人を愛す。俺には分かるぜ」

 男が紡ぐ言葉に呆れを通り越す感覚になるのは、今に始まったことじゃない。

「幸せになれよ。ロー」

 なんてくだらないんだろう。そんな幸せを壊されて今まで生きてきたというのに。

「…? なんだ?寝たのか」

 俺にはそんな資格がないのに、そんな夢物語はやめてくれよ。

「お前まだ小せェからな。たくさん寝て大きくなれよ」

 …なぁ、言ってくれ。

「楽しみだなぁ。でかくなったお前はどんな顔してんだろうなぁ」


 そこにはあんたもいるんだろ?


 コラさん。


 瞼をゆっくりと開ければ、身体が軋むような感覚に襲われた。力が出ず、特に不快感のある手元を見やれば、両手首には海楼石の手錠が施されていた。

「…いい夢でも見れたか?ロー」

 嫌な声に反応すれば、血を分けても、まったく似つかない別人。

「…そうだな」

 生きてて欲しかった。

「悪夢だったよ」

 でなきゃ全部、夢物語なんだ。

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