新しい契約を結んだばかりの、貿易国を訪れた時のことだった。
海風にあたりつつ、それに乗っかるようにして聞こえた話が、ドフラミンゴの歩を止めた。

「見た目はまだほんの十代のガキなのによ。妙な力を持っててな。俺の腕なんてあっという間にくっつけちまった」

「俺ァまるで夢を見てるようだったよ。金はとんでもなく高かったが、そんなの気にしなかった。また家族を両の手で抱きしめられるってなりゃ、安いもんだ」

「…名前?ああ、確か、」

「ロー、っていうガキだったな」

その名を聞いた時、ドフラミンゴは高揚しつつ、不敵な笑みを浮かべた。

***

夜風が肌を冷たく撫でる。
一見、のどかだと思わされるこの島は、近海の中でも有数の貿易国の一つとして随分賑わっていた。
在住している住人より、他所から訪れる船や貿易商で働く者たちの方が人の数は多いかもしれない。
昼間は海岸から遠目の見える位置にいても、その騒がしい声が聞こえてくるが、夜にもなれば彼らは酒場へと移動し、喧騒は笑い声だけとなる。
今はその一時の間だった。

「今日は患者の数が多かったな…おかげで随分と日が暮れた」

島の奥は自然豊かな森林。
歩けば歩くほど街灯は少なくなり、最終的にローの歩く道を照らすのは月明かりのみとなった。

「さっさと宿に戻らねェと、あいつらがうるさそうだ」

先に宿で待つ仲間を思いながら、ローは肩に担ぐ鬼哭に問いかけるように言う。
鬼哭はそれに答えるように、カタリ、と音をたてて揺れた。
それと同時に流れてくる嬉々とした感情を汲めば、ローは釣られるように笑みを浮かべる。

同時に、見え隠れする雲が月に溶け込んだ。
辺りは一瞬にして暗くなり、ローの歩む道を消したが、特に気にとめず進む。
その時だった。

「元気そうだな、ロー」

暗闇の中に低い声が響いた。
背後から聞こえたそれは、反響するようにローの中で響き、ぞっと体を冷やす。
ローはこの声をよく知っていた。
冷えた身体から一気に汗が噴き上がるのを感じた時、わずかに視界の隅でなにかが光った。
それが奴の糸だと分かった時、ローは咄嗟にその場から飛び退き、鬼哭を鞘から抜いた。

「…なんでテメェがこんなとこにいんだよ…ドフラミンゴ…!」

流れる雲が月明りを再び通した。再度明るくなった視界には、相変わらず痛いくらいの派手な桃色のコートを羽織るドフラミンゴがいた。
その表情はなにが面白いのか、嫌に不敵に笑っている。
ローの記憶の中の像と、何一つ変わってはいなかった。

「フッフッフッ…俺は運がいい。まさか新しい貿易国でお前を見つけられるとはな。聞けばその能力で随分荒稼ぎしてるようじゃねェか、ロー」

口角を上げたまま楽しげに語りかけるドフラミンゴとは反面、ローは苛立ちを含んだ舌打ちをする。
今の状態で奴に勝てるなんて思わない。
ドフラミンゴの元から抜け出して数年。力はつけてきたつもりだが、慢心するつもりなど毛頭なかった。
それほどまでに、奴が強いというのはよく分かっている。戦っても勝てないなら、隙をついて逃げるしか道はない。

「ROOM!!」
「!!」

できるだけ大きなサークルを張り、その場から姿を消す。移動して離れた茂みに着地したと同時に、ローはすぐさま走り出した。
このまま素直に宿に戻ったんじゃ、仲間まで道連れにしてしまう。遠回りして奴を撒くしかない。
足場が良いとはいえない道を駆け抜け、少しでも距離をあけようとした時だった。
突然、身体が後ろのめりに後退し、地面から足が浮いた。

「なっ…!」

視界が宙を舞い、その中でドフラミンゴを捕らえた。

「鬼ごっこは終わりか?」

現れたドフラミンゴから重い一蹴りをもらえば、激しい音と共に地面に叩きつけられた。

「っかは…!」
「俺の糸に繋がれたまま、よく逃げようと思ったな」

ドフラミンゴの愉快な笑い声が聞こえる。すぐ側にいるのが分かった。
ローは起き上がろうと身体を起こそうとするが、視界がぐらりと歪み、思わず膝をついた。

「ッ…!」

動けと命令する意思に反して、身体はまったく応えてくれない。

「フッフッフッ…動けねェだろう?気持ちいいぐらいに顎に入ったからな」

苛立ちが湧いてくる。叩き潰したい一心だったが、今のローにはその憎むべき顔さえ見上げることも、ましてや罵る言葉さえも出せなかった。
手に力を込めれば、柔らかい土の感触。どうやら刀は先程の衝撃で落としたらしい。
苦虫を噛み潰したように歯を食いしばれば、ドフラミンゴはローの襟首を掴み、軽々とその身体を持ち上げた。

「コラソンの席はまだ誰も置いちゃいねェ…ロー、お前が継ぐんだ」

混乱して思考もめちゃくちゃになってきた。
今、一体なにが起きているか分からない。

「帰るぞ、ロー」

だが色んな感情が渦を巻いているのは分かった。
嫌悪感、絶望感、怒り。
まだ時期じゃない。こんなところで終わりたくない。

おれは、あの人の、ために、

まだ。

コラさん。


意識がだんだんと遠退いていく。

***

片手にローを掴み上げたまま、雲に糸を引っ掛けた。ふわりと浮かんだ身体は、だんだんと地上との距離があく。その時だった。
突然、ある方向から強い殺気を感じた。
ドフラミンゴが糸で身を守った時、長い太刀筋と糸とが触れ合い、鋭い金切り声を響かせた。
意外と重い一撃に、ドフラミンゴの身体がわずかに押される。

「なんだ!?」

一瞬の間の中で、ドフラミンゴはそれを視界に捉えた。
そこにいたのは陽炎のように揺らめく黒い影だった。それは明らかに自身を射抜いている。
先ほどの殺気がこれだというのは明白だった。
その時、泣き声のような音を拾った。
今この場に不釣り合いな音に気を取られたドフラミンゴは、相手からの攻撃に半歩遅れた。

「ッ!」

空を斬る音が耳元で聞こえた時、身を守るように身体を避けた。
だが少し遅かったらしい。
一筋の血が、つーっと頬から流れた。同時にローを持つ手を、思わず離してしまった。
意識がないのか、ローは力なく落下していく。

「!!…くそッ!一体なんだ!!」

ローを追いかけようと手を伸ばすが、黒い影はそれを許さないようにとめどなくドフラミンゴを襲う。

「邪魔すんじゃねェ!誰だテメェは!」

その時、黒い影がようやくなにかの形になった。
しかし、ドフラミンゴはそれを見て狼狽えた。

「ガキ…!?」

現れたのは自分より何倍も小さな幼子だったのだ。

『う"ぅ…』

幼子は変わらず殺気を放ちながら、獣のような低い唸り声を上げる。
それに驚愕する中、ブツン!という大きな音が響いた。

「!」

ドフラミンゴが気づくが、もう遅い。

「…ッ!ROOM!!」

ローが叫んだ。先ほどより、よっぽど大きなサークルが現れる。
まだそんな力が残っていたらしい。
サークルは地上にある広範囲の森林も飲み込んでいた。

「大人しくしやがれ!」

ドフラミンゴが手を伸ばす。だが言うことを聞いてもらえるほど、甘くはない。

「シャンブルズ!」

あと少しのところで、ローは姿を消した。見れば、同時に幼子の姿もない。
すぐに糸で後を追おうとするが、ドフラミンゴは千切れた1本の糸に気づく。
丈夫なはずの糸の切れ端はボロボロで、刃で力任せに斬られたのが分かった。
あの幼子がやったのだろう。思わず口角が上がる。

「フッフッフッ…おもしれェ番犬を飼ってやがる…」

背後から波を掻き分けるような音が聞こえ、振り返る。
ドフラミンゴはゆっくりとその場から離れた。

***

「…行った…か…」

ローは息を吐く。
遠くの茂みから、ドフラミンゴが去ったことを確認する。海辺も見えるその位置から見えたのは、複数の海軍船だ。
運がいいのか悪いのか。
ローは側に会った樹木に背を預ける。痛みにはなんとか慣れつつあるが、無理な戦闘のせいで身体が重い。

『う"ー…』

獣が唸るような声を出しながら、鬼哭はドフラミンゴがいた場所を睨みつける。
海軍船がやって来たため、恐らくもう襲われはしない。
だが鬼哭は警戒心が解けていないのか、未だ強い殺気を放っている。
ローは鬼哭の頭にぽん、と手を置いた。

「…悪かったな、鬼哭。助かった」

そのまま撫でてやれば、幼子は『あるじ…』と寂しそうに呟き、ぴとりとローに寄り添う。

「もう大丈夫だ。…行くぞ」

時間の経過と共に神経の感覚が戻ってきた。ローがゆっくりと立ち上がれば、鬼哭は頷き、刀へと姿を変える。

「…?なんだ?」

ローが鬼哭を手に取れば、嫌悪のような感情が流れてきた。
疑問に思って鞘を抜いてみると、長く美しい刃に薄い血痕が付着していた。
それを見たローは思わず笑う。

「妖刀の癖にあいつの血はごめんか?…フフ…まあ分からなくもねェよ」

ローは刃の根元から切っ先の筋に沿るようにして、汚れを拭おうとする。
その血痕を拭う直前で、ローは眼を細めた。

「…血は同じのくせにな」

血痕を拭き取った刃に写ったのは、自身の顔。たがその表情に、かつての泣く姿はない。

ーーーーーーーーーーー
ミカン様のリクエストに答えて「ローを守るかっこいい鬼哭」でした!
かっこよくできてなかったらすいません!!(土下座)
一応このローさんはまだ10代設定です。設定だけ…。
自分的にローと鬼哭は主従前提の親子な感じ。
main1

〜コメント〜
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2016/03/03 17:26 下野純平
>>龍様
鬼哭にとってローさんに仇なすものは問答無用で敵なわけですw
妖刀だから血とかに抵抗なくても、ドフラのは嫌すぎたって感じですねw
機会があったら書かせていただきます!

編集


2016/03/03 01:50 龍
ドフラァ・・・そのまま鬼哭にやられたら良かったのに(ギリィ)
鬼哭!マジ騎士だよ!!格好良すぎるわ、姫(ロー)助けるって、さすが!!って感じでした。
てか、ドフラの血が嫌って、嫌悪感半端ないな;さすがに鬼哭怖かったぁ・・・(ガクブル)
鬼哭は怒らさないのが吉ですね・・・。
次、ドレスローザとかパンクハザードとかの戦いとかで、ローと鬼哭の絡み読んでみたいです!!
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