今まで波乱万丈な人生を歩んできた俺だが、その中でも恐らく5本指以内に入るであろう驚きの出来事が、目の前で起きている。
「どうした、コラさん」
「…お前それ…」
ローを海軍へと招き入れて数年が経つ。
元々ドンキホーテファミリーで鍛えられた戦闘能力が功を成し、今やものすごい速さで階級を上げていっているローの肩には、正義を司るコートが掛けられていた。
嗚呼、すっかり逞しくなったなぁ。このままどんどん成長しちまうんだろうなぁ。
と、最近では少し寂しい感情が身を包んだところであったが、それを見守るのが俺の役目だ、と自身を納得させた、その矢先。
「その年で隠し子がいただなんてコラさんびっくりだぞッッ!?」
腕に小さな子を抱きつつ当たり前のような顔で見てくるローに、俺は驚愕の声を上げた。
***
「かたなって…え、なに?」
「刀だ。そのままだ」
「え!?あの刀か!?」
「さっきからそう言ってんだろ」
「いやだって…」
報告書が溜まる机で俺が怪訝な顔をしつつ、同室にあるソファーに座るローを見た。足を組みながら座るローのすぐ側でくっつくようにして甘えているのはどこからどう見ても刀ではなく、親に甘える子供だった。
俺が長期の潜入任務に行ってる間に一体なにがあったんだ?このミスマッチな図は夢か?夢でいいのか?
「…ロー、怒らないから正直に言ってくれ。親権はお前でいいんだな?」
「だからそんなんじゃねェって言ってんだろ!」
「だってどう見てもまだ幼いガキじゃねーか!しかもどことなくお前に似てね!?このなんつーか、こう、分かった!大人しいとこ!!」
「そんなのが似てるうちに入るか!」
こんな押し問答を繰り返しているうちに、ローはいい加減痺れを切らしたのか、立ち上がりながら「鬼哭」と呟いた。
すると側にいた幼子がぴくりと反応した。俺は「?」と思いつつその様子を見ていると、幼子は何をするかと思えば突然、身の丈の長い刀へと姿を変え、ローの手元に落ち着いた。
「…これで分かったか。こいつは刀。もっと言えば妖刀だ」
ローは刀を鞘から抜き出し、俺に刃を見せてくる。あまり武器に詳しくない俺から見ても、それは随分綺麗な刃だと思った。
俺は口内が乾くのではないだろうかと思うほどに口をぽかんと開けた後、ゆっくり頷いた。
正直今なにが起こったのかよく理解できなかったが、とりあえず俺の反応に満足はしたらしい。ローは刃を鞘に収め、またソファーに座り直した。
「…改めて言うぞ。こいつは俺の刀で鬼哭という」
「お、おう……あーっと…見た目の割に刀らしい名前だな…ちなみにどういう原理なんだ、それ?」
「知らねェ」
「えええ放任主義かよお前…」
鬼哭と呼ばれた刀を見れば、もう幼子の姿に戻っており、今度はローの膝の上にちょこんと乗っかっている。
うむ。この子、肝が座っているな。
ローは鬼哭を抱き上げ、体を俺の方へと向けさせる。幼子の少し垂れている大きな目と、若干戸惑っている俺の目が合致した。
「鬼哭、コラさんだ」
『…こぁたん?』
ローが鬼哭を見つつ、俺に指を差せば、なんとも可愛らしい子供特有の声が聞こえた。
俺は体が強張るのを感じ、思わず背筋を伸ばす。
「相変わらず舌が回らねェな…もう一度」
『こあたんー』
「…まあ仕方ねェか」
ろ、ローがお父さんやってるううう!!
思わず口元に手をやりそうになるのを必死で抑えた。別に面白いとかじゃない。何故か無性に感動しているのだ。現に俺、ちょっと涙ぐんでる。
「悪ィな、コラさん。こいつまだ舌が回りきってねェんだ」
「い、いやいいんだ。なんかもう、胸がいっぱいで、うん、いいんだ、大丈夫だ、ぐすっ…」
多分これが孫ができた気分なんだろうな…息子が成長して、立派になって、んでガキなんて作ってよぉ…なんかローがすごい引いてる目で「なんで泣いてんだよ…」とか言ってるけど、お前がこの気持ちを知るのはまだまだ先だ馬鹿野郎!もちろん俺も今知るとは思わなかったけどな!
「ロー…一生のお願いだ…抱っこさせてくれ!」
俺が泣きながら腕をばっと広げれば、ローは申し訳なさそうな声を上げた。
「……俺以外が触ろうとすると腕持ってかれるぞ」
「どゆこと!?」
「そのままの意味だ」
そのまま!?なんだその物騒な言い方は!コラさんびっくりだよ!
…いや待てよ?
「…俺は分かったぞ…子供って見た目に反して意外と重いから腕疲れるぞって意味だろ?ふふ…忘れたかロー…俺は昔、四六時中お前を背負って旅してきたんだ…そんなんで根を上げるわけ…」
笑みを作りつつ、がたりと俺が席から立ち上がれば、突然何処から出たか分からない刃の切っ先が俺の目と鼻の先に現れた。
あまりの出来事に喉がヒュッと鳴る。
待って何これ?
刃の切っ先から視線を辿れば、そこにいたのは鬼哭とローだった。
「おい鬼哭、やめろ。コラさん含めここの奴らには刃を向けるなって言ってるだろ。向けるならドフラミンゴにしろ」
ローが鬼哭の腕から伸びる刃を手で抑えつつ言えば、鬼哭はよく分からなそうにしつつも、浅く頷き、刃を引っ込めた。
いや待て、今どうやって出した。そしてどうやってしまった。
「悪ィ。こいつあんま人に慣れてねェから、まだ事の見分けができてねェんだ」
「あ、お、おう!大丈夫だ!人見知りってやつか!?ガキには多いよな!うん!」
ローが申し訳なさそうに言うのに対し、俺は力強く返事をする。寿命が一瞬縮んだことは黙っておこう。
俺が笑っているとローは鬼哭を抱いて立ち上がり、扉に向かった。
「じゃあ俺、そろそろ仕事に戻るな」
「ん?おお!頑張れよ!」
「ああ。コラさんも無理するなよ」
「ああ!」
まさかそんなことを言われる日がくるとは。
立派になったなあと思いつつ、開かれて閉まる扉を見つめる。残された部屋で俺は電伝虫を手に取り、センゴクさんに連絡した。
「あ…センゴクさん?俺です。ロシナンテです。…はい。あの…お聞きしたいことが…」
俺は頭をぽりぽりとかいた。
「お孫さんと仲良くなれる秘訣とかってなんかありますかね…?」
俺が孫を抱っこできるのは、もうしばらく先のようだ。
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