「エース、起きろ。朝だ」
「んん…?」

ペシペシと手で頬を叩かれる感触を味わいながら重たい瞼を上げると、目の前には俺を覗き込んでくるヴィダがいた。それに驚き、飛び上がるようにして上体を起こす。

「ヴィダ!?」
「なんで驚く。昨夜私が来たこと忘れたのか?」
「あー…」

ヴィダに言われれば俺の中で、昨日の出来事が頭を駆け巡った。それは同時に満たされたような幸せな気分になったが、それを阻むように主張する顎から響く鈍い痛みは、昨夜返り討ちにされたことも思い出させた。

「台所借りた。朝ご飯できたぞ」
「マジで!?」

ヴィダがリビングに行こうとする後を急いで追えば、目の前には食卓が広がっていた。腹の虫を起こす香りが鼻をくすぐる。

「…けっこんしてください…」
「さっさと顔洗ってこい」
「おはようのキスをまだもらって」
「行って来い」

俺の愛を軽く一蹴するヴィダ。だがめげないぜ。
言われた通り顔を洗い、席につこうとしたところで俺はヴィダを引き寄せ、軽いキスをした。へへへと笑えば、ヴィダに軽く額を叩かれた。でも俺知ってんだぜ、嫌じゃねェんだろ?耳、赤ェもんな。
可愛くてもう一度しようとしたら今度はマジな顔で目潰しされそうになったので、大人しく席に着く。調子乗りすぎた。反省はしねェけど。

目の前の食事とヴィダに感謝しながら箸をつける。美味い。もう今すぐ結婚してください本当に。

「…そういや昨日はなんで終電逃したんだ?」
「ああ…ゼミの飲み会に行ってた」

あまり気にしなかった話題を不意に聞けば俺は食べていたものを噴き出しそうになった。
危ねぇ。

「ま…待てよおい、飲み会?俺そんなの聞いてねェぞ!」
「言ってないからな」

しれっとした顔でヴィダは味噌汁をすする。味噌汁美味いよな。じゃなくて。

「言えよ!俺お前の彼氏だぞ!飲み会なんてなにがあるか分からねェじゃねェか!」
「言うも何も、元々行く気は無かった。実際も顔を出した程度だしな」
「は…?そうなのか?」

表情何一つ変えずに話すヴィダに俺は少し拍子抜けした。どういうことかと聞こうとする前にヴィダは淡々と話し出した。

「一応、顔くらい出しておこうと思って行ったらゼミの女子達が泥酔してて、それを周りの男達が狙ってたんだ。それで女子達を家に帰してたら、終電がなくなったんだ」
「…全員?」
「ああ。全員家に送った」
「イケメンかなにかかお前…じゃあお前は無事だったってことだな!?」
「当たり前だ」
「そうか…てかヴィダも最初からそこに行ってたらそうなって……うぉい!その男どもどこのどいつだ!!」

よく考えたらそいつらもヴィダを食おうとしてたってことだよな?あああああああなんだそれありえねェ!ぜってェ許さねェ!なんなの!?大学生の流行りか!?いやダメだろ!

「仮に最初からいたとしてもそうなる気はないし、あとお前に言うと暴力沙汰になるだろうから教えない」
「なんでだよ!あーイラつく!ちくしょう!てか俺を呼べよ!!頼れよ!俺を!」
「落ち着けよ、エース。私が作ったご飯は美味いか?」
「超美味い!」
「なら黙って食え」

ヴィダの飯は美味いけど気分は最悪だ。そいつらは周りの女を食おうとしてたわけで。その中にヴィダも入ってたわけで。なんて野郎達だ。そんなんでヴィダをモノにしようとしたのか?残念だったな。俺の彼女はそんなに甘くねェんだよ!甘くないから俺も落とすのすげェ苦労しました!

「…俺、今日仕事休み。ヴィダは?」

怒りは収まらないが、せっかくヴィダと一緒にいるんだ。今はこの時間を大切にしたい。

「大学にレポート提出。それ以外は特に」
「本当か!?じゃ、じゃあ車で送ってくぜ!」

ヴィダがキョトンとする。今の今まで何も気にするそぶりを見せなかったヴィダが、ようやく表情を作った。俺、ヴィダのこの顔好きだ。まあなにしても好きだけど。

「…いいのか?レポート提出するだけだぞ?」
「ああ!俺、待ってるからよ。ちょっとでもヴィダと一緒に居たいんだ」

俺の心からの本心を言えば、ヴィダの表情が少し和らいだ。

「…ありがとう」

優し気な顔で微笑むと、心臓が忙しなく動き始める。
そのたびに俺はヴィダが好きなんだって自覚するんだ。

***

エースに大学まで送ってもらい、たった今レポートを提出してきた。
早く外で待つエースの元へ戻ろう。遅くなるとあいつ、本当にうるさいからな。
足早に来た道を戻ろうとした時、自身を呼び止める声が聞こえた。

「…ヴィダさん?だよね?」

すれ違いざまに名を呼ばれて反射的に振り向けば、どこか見覚えのある男が立っていた。

「やっぱそうだ。昨日は楽しかったね!」

なるほど。この男、昨日の飲み会にいた奴だ。そういえば確かにいたような気もする。
ちなみに私は昔から人の顔を覚えるのが苦手だ。

「女の子達、大丈夫だった?」
「ああ…安心して家に送り届けたよ」
「そう…ほんと、ヴィダさんがいてくれてよかったよ…!」

…こいつ正直だな。
この野郎とでも言いたそうに私を見ている。
そんなに昨日彼女らを狙ってたのか。まさかこんな奴がゼミ内にいるとは。
あとで泥酔した女子達にも伝えておこう。恐らくすぐ話が回るはずだ。こういう時女というのは情報の共有が早いから助かる。

「ねぇ、今暇?なんならこれから一緒にどこか行かない?」

男が笑顔で語りかけてくる。作り笑いなのが見え見えだ。
なぜだろう。無意識にエースの笑った顔を思い出してしまった。

「…悪いが先約がいる。待たせてるからもう先に、」
「そんなこと言うなよ。俺、昨日できなかったことしたいんだよね」

男が私との距離を詰めてきた。先程から続いていた作り笑いさえも今は消えていた。

「君のせいなんだから」

男の手が私に伸びてくる。

***

レポート出すのにどんだけ時間かかってるんだ。

「…エース」
「よお、ヴィダ。おせェから迎いに来ちまった」

俺が掴んでいるのは見ず知らずの男の腕。来てよかったマジで。
こいつ今ヴィダになにしようとした?
男を見やれば、俺に対して随分と驚いてやがる。いちゃ悪いかおい。

「こいつはどうも。先日、俺の彼女が世話になったみてェで。俺はエースっていうんだ。あんたは?」
「あ、ああ…どうも…俺はヴィダさんと同じゼミの…」
「へぇ〜」
「っ!」

ああ、こいつひょっとして昨日の奴?
思わず腕を強く握ったら男の顔が歪んだ。
俺結構握力あるからな。まあ詫びる気はさらさらねェよ。

「そうなのか!じゃあこれからよろしくな!!!」
「ひっ…」

屈託のない笑顔で言ったら怯えられた。失礼な奴だなこいつ。
同時に腕を離してやれば、男はこけそうになりつつも足早と去っていった。一瞬、離れた男の腕を見たが、随分くっきりと俺の手跡がついていた。俺、大分力強く掴んでたんだな。まあそりゃそうか。ヴィダに何かしでかそうとしたんだし。
俺はヴィダに振り返って肩をガシッと掴んだ。

「大丈夫かヴィダ!?何もされてねェよな!?」
「ああ…」
「あれぜってェ昨日の奴だろ…?…ちっ…やっぱ一発殴っときゃ良かったな…」
「馬鹿言うな。そんなことしたら面倒だろ。それに学内だぞ、ここ」
「だってよぉ…」
「いいから。もう行くぞ」

やっぱり一発殴ってこよう!と男を追いかけようとした俺の腕を、ヴィダが掴んで阻止する。
正直腑に落ちないが、ヴィダの迷惑にはなりたくないので、俺は渋々従うことにした。

「じゃあこの後どこ行く?」
「帰る」
「え。どっかデートに」
「エースの家に帰る」
「お、おう…」

今日のヴィダはインドア派なのか。外でラブラブできると思ってたんだけどなあ。まあでも家の中でもラブラブできるしな!俺はどこでもいいぜ!


と思ってたのがさっきまでの俺だが、今の状況だとそんなこと言ってられないかもしれない。
帰り道、俺がどんなに話しかけてもヴィダは俺と目を合わせてくれなかった。なぜだ。そんなに迷惑だっただろうか。でも俺だって男だ。人の彼女に触られるのは不愉快でしょうがねェんだ。しかも不純な動機なら尚更だ。
だからさっきのことは後悔してない。
…でも嫌われたりしたらどうしよう。俺が振られて、ヴィダが他の男と寄り添うとか考えると、俺ほんとにマジで生きていけねェ。我ながら気持ち悪いほどの依存度だが、もうそれを気にしないくらいヴィダが好きなんだ、俺。

とかなんとか思ってたら、もう俺ん家の玄関が目の前にあった。ヴィダに急かされながら絶望の気分でドアを開けて中に入る。
ヴィダ怒ってんのかな。すぐ帰っちまうのかな。それは嫌だ。こんな状態で帰られたくない、絶対に。

「…なあヴィダ。今日もうちに泊ま…」

俺が言いかけようとした時だった。突然柔らかい感触が俺の体を包んだ。

「…え」

状況が読めない中、呆然としつつ頭を働かせる。
間違いない。今ヴィダが俺に抱き着いてきている。しかも背中にちゃんと手が回され、逃がさないとでも言うような感じだ。
正直俺は若干パニック中。普段はずっとこっちから触ってるから、ヴィダからの行動にまだ耐性がない。現に俺の心臓、すげェうるさい。
ヴィダに聞こえてるか?このままだと心臓爆発すんじゃねェかな。

「…ヴィダ?」

俺の服に顔をうずめているヴィダを覗き込むようにして問いかけた。パニックで迷子になっていた俺の腕は、とりあえずヴィダの体を軽く抱きしめることにして落ち着かせた。

「…た、とき」
「ん?」

途切れ途切れで聞こえなかった。もう一度というように返せば、ヴィダはようやく俺を見てきた。

「…たすけて、くれたとき…その…か、かっこいい…と、おもった………そ、外でいうの、は…恥ずかしかったんだ…ごめん…」

その顔は真っ赤で、俺を見てはいるが、恥ずかしそうにちらちらと視線を泳がせていた。

「…ありがと、エース」

お礼はちゃんとお互いの目を合わせて言った。しかしヴィダはすぐに顔を隠すように、再度俺の服に顔をうずめる。でも体を離さないところを見ると、まだくっついていたいということだろうか。心なしか、先程よりもぎゅっと抱きしめられてる気がする。

ヴィダが俺に甘えてる。

もともと切れかけていた糸が、ついに力なく途切れた。

感極まってヴィダを力強く抱きしめる。
普段だったら抵抗するくせに、今はその素振りを見せない。
俺の中にあった不安が、杞憂に変わっていった。

「…ヴィダ…」

名を呼んでから耳元で熱っぽい声で囁けば、ヴィダの体がぴくんと反応した。
そして躊躇しながらも、ゆっくりと浅く頷く。

不器用だけど優しい大好きな俺の恋人。

昨夜のお預けされた分、めちゃくちゃ愛してやる。

俺は優しくヴィダを抱き上げた。

ーーーーーーーーーー
エースって自由度高いからストーリー展開がすごく書きやすい。
ちなみにベクトルは
エース→→→→→←←(←←←)ヴィダ
ですかね。バカップル万歳!!
main1

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