いつかまた平和な時代で
「ねぇねぇ、アニ」
硬く厚い結晶の中で眠る私の目の前から、今はもうこの世にいない筈の名無しが私の名を呼んでいる声がした。
彼女の声はとても悲しげなもので私は目を開きたい気持ちもあるもののこの結晶を解くことは出来ないためにそっとその声に耳を傾ける。
「私ね、ずっと死んでからもアニのことを見てたよ。アニがあの時アルミンを殺せたのに殺さなかったのだって本当はアルミンを含めたみんなが好きだったからじゃないの?それに他の人のことも本当は見逃そうとしたでしょ?」
こつりと私のいる結晶に何かが当たった音がしたと思うと、突然私の体は何かに引っ張られるようにして外へと飛び出した。
そして、驚いて目を見開く私の目の前にはポロポロと涙を流しながら私が眠る結晶に額をくっ付けている名無しがいて私は思わず彼女の頬に手を添えてこちらを向かせた。
「……何泣いてんの」
その瞬間、私を抱き締めて何度も何度も私の名前を呼び始めた名無し。
私はそんな彼女の頭を撫でながら懐かしいこのやりとりに対して微笑む。
「本当に、アンタは泣き虫だね」
すると、軽く顔を上げて上目遣いで私を見上げた名無しは赤く腫れた目で私を睨んだ。
けれど、本当にこの子を睨み合いのはこちらの方だ。
私は鼻水を軽く垂らした彼女の鼻水と涙を胸ポケットに入れてあったハンカチで拭ってやると、その触り心地のいい頬を思い切り掴み言った。
「……本当に怒りたいのはこっちだよ。ラドフからアンタが死んだって聞いて私がどんな思いだったか分かってるの!?」
名無しはそう言いながら怒鳴る私を悲しげに見詰めて、そっと私の頬に手を添えてきた。
「……知ってるよ。見てたもの」
「なら、なんで……っ!!」
「アニ、泣かないで。これも運命なんだよ……。私はあの時自分で死ななくてもそのうち死んでいた。それもアニの手によって」
私は思わず彼女の言葉に目を見開いて固まる。
すると、名無しは衝撃的な事実を告げた。
「アニ、よく聞いて。私はこの世界に産まれる前にこの世界とよく似た世界に生まれてきた。そして、その世界でも私はアニと仲良くなって調査兵団に入った。でね、その時に私もアニの捕獲計画の一員に選ばれてそのまま……」
私がこの子を殺すなんてそんなことは有り得ない。
だけど、目の前にいるこの子の目を見る限りそれは嘘偽りのない事実だと分かる。
呆然とする私とそんな私を見て苦く笑う彼女。
「……アニ、そんなに落ち込まなくて大丈夫だよ。殺されたって言ってもアニを止めようとして女型の巨人になった状態のアニの目の前に飛び出した私が悪かったんだし」
その時に私は何となく察した。
自分が目の前にいる大切な親友をあの時に殺した人間のように潰すか叩き付けるか踏み付けるかという選択肢の中で殺したのだと。
名無しは唖然とする私の頬に手を添えてる綺麗に微笑みながら私は悪くないという。
でも、それでも……。
そう思った時、目の前の名無しが勢いよく私の頬を両手で挟み込んできたと思うと真っ直ぐにこちらを見ながらこういった。
「アニ、本当にアニは悪くないの。だからそんなに気負わないで!私はね、アニと一緒に過ごせてとっても幸せだった。アニと出会ったことを後悔するなんてこれから先絶対にないよ!!だから、だからね……」
無意識に流れ始めた涙のせいでだんだんと視界が滲む。
そしてそれと同時に目の前の名無しの姿がだんだんと薄くなっていくのが私には分かった。
私は目の前の彼女の頬に手を添えて出来るだけ笑顔でその続きを催促する。
「……だから何なのよ」
彼女は私の言葉に涙を流しながらも飛び切りの笑顔でこう言いながら消えた。
『いつかまた平和な時代で会おうね!』
私は先程まで彼女がいた場所に目を向けると、ゆっくりと未だに止まる様子のない涙を拭いながら頷く。
「……ほんとに、私もあんたも馬鹿なんだから」
私はそっと自身の本体が眠る結晶に手を触れて目を瞑った。
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