夜の逢瀬
少し前から私の目の前に頻繁現れるようになった大きな猫みたいな彼は口は悪い癖にいつだって優しかった。
今だって少し寒いけれど星が見たいからベランダに立っていたらいつの間にかベランダの手摺に腰をかけてこちらを睨み付けつつ放つ言葉は私を思ってのもの。
「おい、バカ女。風邪引くから上着ぐらい羽織れ」
そして、私はいつだってそんな彼の言葉に笑顔で従うのだ。
最初は彼のことを怖いなんて思っていたけれど、こうやってほぼ毎日と言っていい程に会って話して触れ合ってみたら彼は存外優しくて可愛い人だ。
私は一度部屋の中に入ると暖かい珈琲を自分用と彼のものを用意するともう一度ベランダに戻り、左手に持っていた珈琲を彼に手渡し空を見上げる。
「……星、綺麗ですね」
「……そうだな」
それからはただ静かに二人で空を見上げるだけ。
でも、私たちからすればこの時間はどんな時よりも落ち着ける時間なのだ。
私はそっと隣で空を見上げる彼の顔を盗み見て珈琲に口を付ける。
すると、隣にいた彼は不機嫌そうな声で私を呼んだ。
「おい、てめぇ」
「てめぇじゃないです。名無しです」
「……チッ、名無し」
「何ですか、グリムジョーさん」
彼は自身の名を呼んだ私を一瞬だけ一瞥すると眉間に皺を寄せこう言った。
「……暫くまた仕事が忙しくなる。お前は俺が来ねェ間、精々風邪引くんじゃねえぞ」
私はそんな言葉を言いつつ表情を暗くした彼に対して軽く笑うとそれに頷いた。
「分かりました。グリムジョーさんも風邪や怪我をしないようにして下さいね」
刹那、急に彼の腕の中に納められた私の身体。
彼は静かに私の耳元でこう呟いた。
「死ぬな」
「ふふっ、変なこと言いますね。渡しはまだまだ死にませんよ」
それからまた暫く経ちゆっくりと離された彼との距離。
彼はそのまま軽く微笑むとベランダの手摺にもう既に飲み終えた珈琲の無くなったカップを置くと空へと浮かぶ。
「……テメェのこと嫌いじゃなかったぜ」
「私も貴方の事が嫌いじゃないですよ。また、いつでもいいので気が向いたら来て下さいね」
そして、そのまま彼はそんな私の言葉に言葉に軽く笑うと黒い穴の中へと自ら飛び込みその場から消えた。
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