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懐かしいあの人

遥か昔、私がまだ丁という名だった時によく私に話し掛けてくれる女性がいました。

『あら、丁くんじゃない』

今でも忘れられないあの綺麗な漆黒の髪に瞳に鈴の鳴るような声。

私は静かに金魚草に水をやりながら昔を思い出す。

『丁くん、またいじめられたの?』

『はい、いつも頑張る丁くんに御褒美よ』

『丁くんもいつかは自由になれれば私は嬉しいな』

初めは彼女に対してはほんの少しの嫌悪感を抱いていた。

けれど、少しずつ彼女と接する内に段々と私は彼女の優しさに触れ寧ろ彼女を好きになっていった。

年端のいかないまだ餓鬼だった私と、今で言う二十歳ぐらいの年齢だった彼女。

「恐らく、今頃天国にでもいるのでしょうね……」

私と違って何事にも何者にも優しく接していた彼女。

恐らくだがそんな彼女はきっと天国で幸せに過ごしている。

だが、昔から一つ気になることがある。

彼女が何故ある日突然姿をくらましたのかだ。

そう、あれは私が生贄にされる少し前のことだ。

『……ねぇ、丁くん。私君にはずっと幸せになって欲しいと思ってるから』

きっと、あの言葉が最後の別れだったのかも知れない。

彼女は私にその言葉を言うと早足にその場から去り翌日には村にはいなくなっていた。

でも、当時の私はまだそこまで考える思考がなく彼女が自分を捨てたと思っていた。

ふと、考えている所で私の背後でシロさんの声がした。

「鬼灯様〜お客様です!」

私はその場からジョウロを片手に振り向き目を剥いた。

「……大きくなったね、丁くん」

「……名無し、さん」

目の前にいるのは懐かしのあの人。

彼女は昔と変わらぬ笑顔で私を見つめこちらへと歩み寄ってくる。

「ふふっ、やっと自由と幸せを手に入れれたんだね」

私はそっと自身の頬に当てられた手の上に自分の手を置き目を瞑る。

「お陰様で。改めて、お久しぶりです」

目の前の彼女は嬉しそうに頬を緩めて頷いた。

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