それは今から何十年も前のこと。
俺の目の前で愛した女の身体は赤色に染まった。
そして、あいつは血塗れになった手で俺の頬に手を添えて微笑みながらそのまま俺を残して先に逝った。
『……愛、してる』
あの微笑みが、あの声が何十年経った今でも頭から離れない。
俺は静かに書類に向けていた目を横にずらし、窓の外に広がる青い空を見つめ過去に思いを馳せる。
『あのね、冬獅郎。私思うんだ。例えお互いのいる場所が離れてたって空が繋がっている限り私達生きとし生けるものはみんな見えない何かで繋がってるって……』
あの時のあいつはどんな顔をしていたか。
それはもう覚えていないが、その言葉と声はきちんと覚えている。
俺にとってあいつとの思い出は決して忘れたくはない大切なものなのだ。
今だって自分の部屋に戻れば玄関に置かれている俺とあいつが並んで映る写真がある。
あれを見る度にどれだけあの瞬間に俺もあいつのように笑えばよかったと後悔することか。
「……卯衣」
もっと素直に愛せばよかった。
もっと素直に想いを伝えればよかった。
あいつが死んだ今そんなことばかり思ってしまう俺がいる。
「……愛してる」
俺は静かなこの部屋でそう呟くと無意識に流れた涙を服の裾で拭った。