七月二十六日、大安



蝉の声が、聞こえる


見上げれば、果てしなく青い空


いつもの向日葵畑が、今日は一段と鮮やかに見える
俺への餞だろうか、なんて皮肉なことを考える自分が馬鹿らしかった

…一輪だけなら
数多の向日葵の中から厳選して特に綺麗なものを選んで連れていく


「何してんだ、おいてくぞ」

只でさえ夏が苦手な獄寺は今日のような暑さに耐えられるわけもなく、あからさまに不機嫌な空気を漂わせている


「ツナにやろうと思ってさ!」


元々白い獄寺の肌が、太陽の光を受けて眩しい
さらさらの銀の髪だって、きっと太陽の下に出れば尚更綺麗に輝くんだろうが、獄寺が深く麦わら帽子を被っているためにそれを見ることは叶わない


「ほら、綺麗だろ?」

「虫とかついてねぇだろうな」

「ははっ大丈夫だって」

虫嫌いとか、獄寺ってそういうとこ乙女なんだよなぁ
いや、決して馬鹿にしているわけではなく





こうして獄寺と二人でツナのお見舞いに行くのは二週間ぶりだ
俺は毎日でも外に出ることが出来るが、獄寺はそうはいかない
獄寺は四分の三が伊人だ
日本語は上手いし俺達とだって小さい頃からずっと一緒に遊んできた
でも、世間の目は厳しい
獄寺の容姿だけで、外人だの米軍のスパイだのと罵る人が多い
だから獄寺は、むやみに外を出歩かなくなった



ツナは三年ほど前に倒れたきり、ずっと入院生活を送っている
俺達は週に二、三回の頻度でツナのもとを訪れるため、病院の人達はだいたい顔見知りになった
ツナの病はすぐに治るものではないけれど、俺達と話した日は体調が良くなるし、少しずつ、でも確実に良い方向に向かってきているとツナの担当医師の先生から聞いた


一日も早く退院して、俺達と一緒に外を走りたい、とツナも笑顔で話してくれた










約束したんだ








『必ず、三人で海に行こう』








…なあ、その約束、










ツナの病室に行く俺の足は軽く、俺自身も驚いた

もっと、駄目だと思っていたのに
足が竦んで動けなくなってしまうのではないかと心配していたのに

病室の扉の前に立っても俺の足取りは変わらず、いつものように二人で入室する


「こんにちは沢田さん」

「ようツナ!」


窓の外に向けられていた薄色がこちらに向く


「わざわざありがとう獄寺くん。大変だったでしょ?」

「いえ、これくらい何でもありませんよ!毎日でも来たいくらいですし」

「そんな気にしなくていいのに。偶にでも、来てくれるだけで嬉しいよ」

「ありがとうございます」


獄寺はツナとの会話を心から楽しんでいるようだった
それを見たツナも、柔らかな笑みを浮かべている
獄寺にとって、この時この場所が安心できるところなんだろう


「そうだツナ!これ、」

「わ、綺麗な向日葵だね!」

「来る途中に咲いてるんだ。すげー沢山!」

「俺も来年には見れるかな」

「当たり前じゃないっすか!二人で行きましょう!」

「え!俺は!?」

「お前とは行かねぇ」

「えー!」



三人で話すのも久し振りだから、時間の経過についていけない

あまり長く話したらツナだって疲れてしまうだろうし、何より、俺が



辺りが橙色に染まり、病室の床に同色の四角ができる


「ツナ、俺達そろそろ帰るぜ」


俺は今大丈夫だろうか
顔が引きつっていないだろうか
俺はいつも通りだろうか


「……あのね、」


立ち上がろうとした丁度その時に、ツナが俺達を真っ直ぐ見つめた

気付かれたかな…ツナは鋭いから何でもお見通しかもしれないな










「俺、頑張ればあと一か月くらいで退院出来るかもしれないんだ」







ツナからの予想外の言葉に息が詰まる



「沢田さん、それ本当ですか…!?」

「うん。昨日言われて……だから、」













「絶対三人で、海に行こう」












ツナの瞳から目が逸らせない
命令されているわけではないのに、否と言わせまいとする強い視線
俺の手に汗が滲む





「……はい。必ず、三人で」




獄寺はツナの方に視線を向けていたが、その背中が、俺に語り掛ける



これは、三人の約束





「…あぁ。そうだな」






三人で拳をぶつけて誓う












「そんじゃ、」


また、と言うのはやめた
言ってしまって困るのは、俺
破る約束はひとつで十分だ

「またね」

「はい。また」


あぁ…またそうやって二人して俺の気持ちを掻き回す
やっとできた覚悟を、簡単に崩してしまう
ツナの言葉には返事をせず、ひとり病室を出る
閉まった扉の前にしゃがみ込み、深呼吸








「沢田さん、気付いてらっしゃるんでしょう?」

「勿論」

「…狡い人だ」

「言っとかないと山本は帰ってこないつもりでしょ?」

「まぁ、そうでしょうね。馬鹿ですし」

「こうやって言葉で繋ぎ留めておけば大丈夫」

「ほんと、怖いですね」

「褒め言葉として受け取っておくよ」









今日、来て良かったのかわからなかった
獄寺と来られる貴重な日
それが、今日という日と重なるなんて


でも、やっぱり来て良かった


俺は、二人と出逢えて良かった
















七月二十七日、友引


「万歳!」

「万歳!」

「万歳!」

笑顔の人々と沢山の日の丸に見送られ、


俺は、行きます




「お国の、ために」




否、仲間の…


友の、ために












今この瞬間に二人を裏切る俺を、


三人の約束を守る保証のない俺を、


本日お国の兵士となる俺を、











世界は笑うんだろうか
どうか、許してください








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