あいつとは別に特別なことなんてなかった。


付き合ってんのかって聞かれたことはあったけど、別にそんな関係じゃなかったし、考えたこともなかった。ただ他のクラスメイトよりは多く話してて、だから名前も顔も覚えてる。その程度だ。連絡先だって知らないし、あいつが今何してんのかなんて全く把握してない。多分あいつも俺が今どんな生活してるかなんて知らないと思う。本当に、その程度だ。








久し振りの並盛はなんだか少し懐かしい。数年しか居なかったはずなのにそう思うのは、ここに居る間にあったことがあまりにも多く、あまりにも大きな出来事ばかりだったからなんだろう。中学時代に毎日通った道を何となく歩けば、当時の他愛のないことが思い起こされ、柄にもなく思慕の情に駆られる。
しかしここに来た理由は別に旅行でも帰省でもなく仕事な訳だから、いつまでもそんな気持ちではいられない。俺は目的地に向けて進む足を早めた。



『もしかして、獄寺?』

不意に掛けられた声に驚き振り返れば、俺は不覚にも硬直してしまった。

あいつだ。


『あ、あたしのこと覚えてない?』

「え、いや…覚えてる、けど」


当然だが昔とは雰囲気が少し違っていて、それでも見ればあいつだってことはわかる。嘘くさいとか言いながら笑ってるこいつは、昔のあいつと大して変わらなかった。



『獄寺って考古学好きなの?』

「…は?」

『だって珍しく授業中起きてると思ったらなんか必死に書いてるし、ちょっと覗いてみたら古代文字みたいなの書いてたから』

「ありゃG文字だ。古代文字じゃねえ」

『なにそれ初めて聞いた』

「あたりめーだろ俺が考案したんだからな」

『要するに暇なんだね』



そうだ。こいつはなんていうか、物事に対して案外適当で、大ざっぱで、サバサバしてるっていうか…女子にしては珍しい奴だと思った。俺の知ってる女子といえば大体は俺を怖がるか無駄に寄ってくるかのどちらかだったが、こいつはそのどっちでもなくて、会ったら話をする、必要以上に会うこともなければ避けることもない、そんなもんだった。一緒に居て居心地悪いとは思わなかったし、居なくて物足りないとも思わなかった。別に特別な関係じゃない。


『獄寺さあ、案外スーツ似合うね』

「案外って何だよ案外って」

『イタリアで働いてんの?』

「まあ、そうだけど」

『イタリア行くって言ってたもんねー』


そういえばこいつにはイタリア行くこと言ったんだった。



『もうすぐ卒業だねー』

「だから何だよ」

『進路どうすんの?』

「あ?俺はイタリア行く」

『え、ホームシック?』

「ちげえし」

『イタリアの高校行くの?』

「いや…多分働く」

『まじか』

「まじだ」

『…へー』

「何だよ」

『いや別に。頑張れ』

「は?あ、あぁ…」



話した。けど、別段驚くでもなく、その後態度を変えるでもなく、こいつは特に気に留めていないようだった。卒業式の日は話す機会がなくて話さなかったから、特に別れの言葉とかお互いに言わなかったし、卒業してからすぐ俺はイタリアに渡って本格的にマフィアの仕事を始めたから、卒業後のこいつのことは全然知らない。


「お前、今何してんだ」

『働いてるよ。まだ下っ端だけどね。でもちゃんと独立して一人暮らししてる』

「…そうか」


まだ結婚してねえのか。ていうかこいつ結婚出来んのかな。こいつは大ざっぱなクセに変なところで完璧主義だし、プライド高いし、他人と関わりたくてもあまり干渉したがらない。要するに面倒な奴。といってもただの俺の見解だが。中学の頃に話してて感じたこいつの性格。


『獄寺、あたしこっちだから』


気付けば分かれ道で、俺は向かうべき所があったことを思い出す。


『じゃ、仕事頑張れ』

「お前もな」


あっさりしてると思った。約十年ぶりに会っても別に感激とかしないし、次いつ会うかもわからないし、もしかしたら二度と会わないかもしれないのに、ほんの少ししか話さなくて、しかも取り留めもない話しかしてなくて。十年前イタリア行きを告げたときみたいだ。俺とこいつの人生に於いて、お互いの存在は特に影響を及ぼさないほんの些細なもの。今はっきりわかった。俺もそう思う。


でも、気付いたら去っていくあいつを呼び止めて、近付いて、



「…イタリア、来いよ」



そんなことを言って、自宅の住所のメモまで渡していた。

何を言ってるんだ俺は。こいつがイタリアに来たところで何になるというんだ。俺とこいつはわざわざ国を越えて会うような仲じゃない。何がしたかったんだ俺は。ああほら、こいつも珍しく驚いてる。こいつは何に対しても結構無頓着だったから、こいつの驚いている所なんて見たことない。


『なに?獄寺が観光案内してくれんの?』

「あ、いや、」

『ねぇ、これイタリア語だから読めないんだけど』


そう言って住所のメモを凝視するこいつ。よく考えたら俺が自宅に居るのなんて少し長めに休暇を頂いた時くらいだ。殆ど本部に籠もって仕事をしているから、自宅はあまり生活感も無い。こいつがイタリアに来たって、相手出来る訳ないだろう。


「あー…えっと、」

忘れてくれ。

と言おうとしたところでこいつが突然此方を見たから、その言葉は俺の口の中で消滅してしまった。


『悪いけど、あたし飛行機嫌いだから無理。あんなの修学旅行の時だけでこりごりだし』


正直安心した。来るって言われたらどうしようかと思ったから。俺が言ったことだけど、それは俺の意志ではなかった。こいつとは今まで以上に関わる必要はない。この一連の行動はあまりにも予想外の人物との遭遇に混乱したからだ。


じゃあ、と言って再び去っていくあいつ。俺は今度こそ目的地に向かって歩き出した。今日のことは、あってないような取り留めもない出来事だったんだ。俺にとっても、あいつにとっても。この偶然の再会がこれからの俺とあいつの人生に影響することはない。何故なら、俺とあいつはそういう関係だから。

















日本での仕事を終え、イタリアに帰国した俺に、十代目のお心遣いで休暇を頂いた。有り難く思いながら本部を出ようとしたとき、十代目からのお呼び出しがかかった。

「何でしょうか」

「ごめん獄寺くん。休暇、ちょっと延期してもらえる?」

「構いませんけど…何かあったんですか?」

「ついさっき、飛行機の墜落事故があってね。日本からの便だったんだけど」


そういえば、俺と一緒に派遣された山本のところの若い奴が二人ほどいた。俺は先に仕事を終えて戻ってきていたが…彼らの乗った便が事故に遭ったのだろう。


「事故は事故なんだけど、まだ詳しいことがわかってないから、一応他マフィアが関係してないか調べて欲しいんだ。取り敢えずこれ、搭乗者の名簿ね」


資料を受け取り、廊下に出て再び自身のオフィスに向かいながら目を通す。休暇は一週間は先になりそうだな。まあ元々帰国してからもすぐ仕事をするつもりでいたから、特に問題はないが。


十代目の仰る限りでは、山本のところの二人は既に死亡したようだ。随分と酷い事故だったようで、海上に墜落したため、生存者も恐らくは居ないに等しいだろう。

名簿をめくっていくと、例の二人を見つけた。日本での仕事が終了した時点で一応山本に報告はしてあるはずだ。帰国後に書く報告書は仕方無い。向こうのことは日本の支部に後で連絡しなければ。
そんなことを考えながら残りに目を通していく。が、俺は廊下で立ち尽くしてしまった。



なんで、あいつの名前が



体温が急に下がり、指先が一気に冷たくなる。異常なまでに早まる脈。激しい耳鳴り。



なんで。



あの時あいつは確かに言ってた。



『悪いけど、あたし飛行機嫌いだから無理。あんなの修学旅行の時だけでこりごりだし』




なんでなんだ。俺の言葉を真に受けていたなんて。俺が、俺があの時。



俺が、あいつに干渉しようとしたから



言ってはいけなかったんだ。絶対に言ってはいけないことだったんだ。それを俺は、何も考えず、あいつに告げた。俺とあいつの関係はよく理解してたはずだ。ここまで、というお互いの線引きも、わかってた。昔からずっと、その線引きを俺もあいつもわかってた。だからあいつは俺に干渉しなかったし、俺もあいつに干渉しなかった。何故あの時俺は、その線を踏み越えようとした?その線を越えれば俺とあいつの関係が変わるのはわかりきった事実だ。俺は、変わることを望んでた。全てをわかっていながら、それでも変わることを望んだ。俺があいつの引いた線を越えたから、あいつの人生は変わった。



「…イタリア、来いよ」


あの一言が俺の犯した最大の間違いだったんだ。
望んでは、いけなかった。







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つぎ


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