武が帰ってきた。
半年ぶりに見る武の手は、野球をしていた頃のように土が付いていて、でもそれ以外に真っ黒な煤も付いていた。
『おかえりなさい』
武は黙ったままだった。
武に赤紙が届いた日、わたしは泣かなかった。逆にわたしより武のほうが泣きそうな顔をしていて、そんな人がお国のために戦えるの?って背中を軽く叩いてやった。
武は優しいから、人と争うのを嫌ってた。絶対に口には出さなかったけれど、祖国を守るためとはいえ、戦えることに喜びを見出してはいなかった。
軍服に身を包んだ武は立派な兵隊さんだったけれど、もう出征だというのに泣きそうな顔のままだった。
『いつまでそんな顔でいるつもり?そんな情けない人を送り出したくないわよ』
「…わり」
『もう、しっかりしてよ』
「…なぁ名前、もし俺が無事に帰って来れたら、」
『帰って来たときの話は帰って来てからにしてよね』
「っけど、」
『しっかり日本を守って、それから、わたしのことも守って』
「名前…」
『ずっと、待ってるから。帰ってきてね』
「……ああ!」
約束!
そう言って小指を出せば、いつもの笑顔で小指を絡めてくれた。
帰ってきてくれてありがとう。
約束守ってくれてありがとう。
わたしも、ずっと待ってたよ。
ねぇ武、笑って。
わたしは武の笑顔が見たかったの。
わたしを安心させてくれる武の笑顔を見るまで、きっとわたしは此処を離れられないよ。
どうして黙ってるの?
わたしは此処に居るよ?
ねぇ、武ってば。もう何なのよ、また情けない顔して。半年ぶりの再会でしょ?どうして笑ってくれないの?
「名前、何でそんなところに居るんだよ。待ってるって、約束…しただろ」
待ってたよ。ちゃんと待ってたじゃない。今武の目の前に居るよ。
わたしはもう武を抱き締めることも愛を誓うことも出来ないけど、武がわたしの好きな笑顔で笑えるように見守ってるから。
わたしの骨が埋まるこの場所で。
彼岸花の咲く場所で
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