照りつける太陽、真っ白な入道雲、咲き誇る向日葵。
ゆっくりと流れる景色を訳もなく眺めれば、夏の盛りを再認識する。

日本の夏は嫌いじゃない。暑すぎるのはちょっといただけないけど。
涼しげに流れる川で水遊びをしている小学生を横目に、プリーツスカートをなびかせながら必死に立ち漕ぎをする背中に声をかける。


「なぁ」

『何?』

「暑い」

『あたしだって暑いよ』

「お前漕ぐの遅すぎ」

『黙ってて』


そう言って名前はよりいっそう足に力を込めた。
まぁ、ちょっとは速くなったか。またしばらくしたら元の速さに戻るだろうけど。
そもそもろくに体力もねぇクセに俺を乗せてチャリを漕ぐってこと自体が間違ってんだよ。
獄寺くん怪我してるんでしょ?ほら乗って。あたしが漕いであげるから!って阿呆か。確かにこないだまでヴァリアーと乱闘してたからだいぶ怪我はしてる。とは言え歩けない訳じゃねぇし、帰宅ぐらい出来る。
この暑い中歩いて帰んのも正直しんどいけどよ、チャリなのにこのスピードじゃ風もこねぇし歩いたって同じな気がする。


「だから無理だっつっただろ」

『なんでよちゃんと漕いでるじゃん』

「このスピードなら歩いたって大して変わんねぇっつってんだよ」

『……』



コイツは人一倍負けず嫌いだ。
勝負事の勝ち負けは勿論のこと、意外なところでその負けず嫌いを発揮するから面倒くさい。
高い棚の上のものを取ろうとしているときに、ぴょんぴょん跳ねてるコイツを見かねて取ってやれば、自分で取れたけど、と言う。勿論感謝の言葉の後にだが。
コイツが傘忘れたとき、俺が珍しく傘持ってたから入れてやるっつったのに、大丈夫!とか言って土砂降りの中チャリで帰りやがった。
以前二人で話したことがあるのだが、おんぶとか横抱き(所謂お姫様だっこっつーやつだ)つまり、夢見がちな女子なら誰しもが一度は憧れる行為を名前はしてもらうより寧ろしてあげたいらしい。獄寺くんもしてあげよっか?とか真顔で聞いてくるからありえねぇ。コイツはやるっつったらまじでやる。出来るかどうかは別として。


やっぱり元の速さに戻ってきた。名前の様子を見ればちょっと息も切れてきている。名前に聞こえないように溜め息を吐き、いい加減この立場を逆転させようと思って空を仰げば、さっきまでの快晴はどこへやら、黒い雲が空を覆っていた。
やべ、降ってくっかも…

と思ったら案の定ポタ、と頬に雨粒が降ってきた。


「雨降ってきたぞ」

『うそ!うわまじだ!!まぁいいや』


ちょ、良くねぇよ!濡れんじゃねぇか!
コイツこのままチャリで帰るつもりか…!

「ふざけんな酷くなったらどうすんだ」

『雨くらい大丈夫でしょー』


まぁ大丈夫っちゃ大丈夫だけどな。

そうこうしてる間に雨はどんどん強くなって、まさかのゲリラ豪雨。
雨を避けるために頭の上に持っていた鞄も最早役に立たず、中身が心配だ。
流石に雨宿りした方が良いだろうと思って名前に声を掛けようとすれば、名前はなんだか楽しそうで。


「おいお前いい加減にしろよ。どっかで雨宿りすんぞ!」

『えーだってもうちょっとで獄寺くんの家着くじゃん!』


雨音が大きすぎて大声でないと会話もろくに出来ない。


『大体雨宿りなんて何処で……!』


一瞬空が明るくなって、その直後に割と大きな音。
雷まで鳴り始めちまった。あーくそ最悪。チャリだからって遠回りなんかするからだ馬鹿。


『やっぱ雨宿りしよ!』


やっと状況を理解してくれたらしい。びしょ濡れだからほとんど意味ないけどな。

ちょうど良いところに屋根付きのバス停があったから、二人で駆け込む。


「くっそ何だよ降りすぎだろこれ」

『そだね。道路とかもう川になってる』


名前はベンチに座ってびしょ濡れの靴下を脱いだ。
Yシャツが張り付いて気持ち悪い。

また空が光って、間髪入れずに大きな音。こりゃ結構近いな。

名前の隣に座れば、名前はベンチの上で縮こまり、両手で耳を塞いでいた。

…コイツまさか。

黙って様子を見ていれば、雷が鳴る度に息を詰まらせて僅かに震えている。


「雷怖ぇのかよ」

『違うもん嫌いなだけだもん…っ!』

「あっそ」


それはこないだ野球馬鹿が怪談し出したときも、犬に吠えられてビビってたときも聞いたっつの。
怖いんじゃなくて嫌い、か。物は言い様だな。ていうか何でコイツはそんなとこまで意地張ってんだよ。人間怖いもんの一つや二つあんだろ普通。別に恥ずかしいことじゃねぇし。他人に知られんのが嫌なのか?それならこんなあからさまに怖がってんだからバレバレだけどな。

…怖いときくらい、素直に誰かに頼ればいいじゃねぇか。
現に今隣には俺が居るわけだし。雷を止ませることは出来ねぇけど、気を紛らわしてやることぐらいなら出来るんじゃねぇの?

なぁ、そんなに俺は頼りねぇのかよ。


だんだん情けなさを通り過ぎて腹立たしくなってきたから、相変わらず頭を抱えて震える小さな体を少し乱暴に引き寄せた。


『ごくでらくん…?』


なんだよ。半泣きじゃねぇか。


『どしたの?寒い?』

「お前さぁ、何でチャリの後ろに乗りたくないわけ?俺が漕ぐっつったのに。……何で、人に頼らねぇんだよ」


名前はなんでだろ、と呟いて少し考えてから真っ直ぐな目でこちらを見た。


『頼ってない自覚は無いよ。寧ろ誰にでも頼ってると思う。チャリを漕ぎたかったのは、獄寺くんを乗せて漕いでみたかったから。別に後ろに乗ってみたいとは思うよ。ただ、毎回乗せてもらうとかそういうのが嫌なの。女子だからとか、小さいからってナメられたくないから』

「……」

『それだけじゃないかもしれないけど、よくわかんない』


別に女子だとか小さいとかいうことでナメられるなんてことは、大抵の場合においてねぇと思うけど。
でも、コイツはこんなこと気にしてたんだってわかったし、この様子じゃ頼ってねぇのは多分俺だけじゃない。
やっぱり、名前はただの負けず嫌いの意地っ張りなんだ。


だとしても。


「…俺には、頼れよ」

『え、』

「別に俺はお前が女子だとかちっせぇとかいうことでナメたりしてねぇよ。お前が嫌がりそうなことも何となく分かってきたしな。だから、怖ぇ時ぐらい素直に言え」


そう言ってやれば、小さい声でありがと、と言って俺の胸に顔をうずめた。




ちょっとずつでいい。意地っ張りなコイツが素直に縋れる場所になれるように。



取り敢えず、雨が止んだらコイツを後ろに乗せてチャリを漕いでやろう。
腕の中で未だ雷にビビる名前の頭をわしゃ、と撫でてやった。






(そういうのがナメてるって言うの!)
(は?)
(子供扱いしないでよ!)
(撫でられんのも嫌なのかよ!面倒だな!)





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