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ぬくもりへの帰路

 彼が女の子だったら良かったのに。隣を歩く壇をチラリと盗み見て千石はひとりごちる。
 別に壇のなにかに不満があるわけでもないのに、最近はそんなことを頻繁に思う。強いて不満をあげるとすれば、そう、性別。
 壇は贔屓目に見ても素直でいい子だし、外見だって遠目から見れば少女かと思えるくらいに細くて華奢だ。
 それに得意科目が家庭科というだけあって裁縫や料理の腕だってとびきりとまではいかないがそこそこで、むしろ自分には勿体無いくらいの器量なのだ。
 そんな恵まれた恋人を持っているのにさらに望んでしまうのだから、人間とは欲深いものだと千石はしみじみ思う。
 やはり二人は恋人なのだから人前で惚気たりしたいという欲を持ち合わせている。持ち合わせてしまっている。
 でも同性だからそんなことしてはならないし、仮にしてしまったとして、その後の周囲の反応を想像すると笑顔が引き攣ってしまう。後ろ指さされることは必須なのだ。
 お互いが好きで付き合っているのだけれど、やっぱり祝福はしてもらえないんだろうなぁと思うと少し悲しくなってしまう。
 一度壇の前で「壇くんが女の子だったらなぁ」と不覚にも、そう、まったくもって不覚にも洩らしてしまったことがあるが、途端に壇は俯いて大きな眼に溢れんばかりに涙を溜め、小さくむくれてしまい宥めるのが大変だった記憶がまだ新しい。
 しかもそこは部室であったために中の事態に気付くはずもない南が入ってきたことで状況は悪化し、涙目の壇にぎょっとした南に問い詰められるわ壇は翌日の放課後まで千石を避けるわで、自慢のラッキーも純粋な彼の涙のまえでは形無しだった。
 その時は新しくできたケーキショップのケーキを数個奢るということで壇は許してくれたっけか。
「千石先輩はたまにすごく残酷なことを言いますですけど、好きです」と、そう言って赤い目で弱々しく微笑んだ壇はかわいくて、ちょっと胸が高鳴ったりもした。
 再び壇に目を遣ると、丁度千石を見上げた壇と目が合い、壇はくすぐったそうに笑った。ふわりと風をたっぷり含んだ髪が揺れて頬を撫でる。
 傍にいてあげたいなぁ、とそれは独り善がりかもしれないけれどそう思い、繋ぎたいと差し出しかけた手を引っ込めて開閉を繰り返した。
 人の二倍も三倍も頑張り屋な壇はそれ故に何度も何度も壁にぶつかり、整然と、そして真摯に突破を試みるだろう。
 そんなときに傍で優しく見守り、挫けかけたら手を差し出して支えてやれるような存在になりたい。いつまでもお互いの“特別”でありたい。
 性別はその気持ちになんの濁りも成さないことに気付いた千石はもう一度手を伸ばして、今度こそは壇の手を取った。
 千石が人前でそのような行動をとることは今までになく、初めこそ驚いて千石を見詰めていた壇も、頬をじわじわと朱に染めながらその大きな手を握り返し、嬉しそうに口元を緩める。
(まだまだ人生は長いし、一時的に男の子が好きでもいいよね、これから先ずっとかもしれないけど)
 言い訳するようにそんな思考が流れ、千石は一人頷く。心の中で感情がごちゃごちゃと混ざり合って、いろいろな色をぶちまけたパレットのようだ。
 きっと踏み出す切欠が欲しかった。手を取る切欠が欲しかった。それを性別のせいにするなんて。
 壇に謝って神様に謝って、会ったことのない壇の両親にもそっと謝ってから繋いだ手に少し力を込める。
 その力が自分にも返ってきて、自分の頬にも赤みが差していくのがはっきりとわかり、道行く人々に悟られないように少しだけ俯いた。



081231

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