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たったひとつの、声

 だーれだ。明るい声とともにゴツリと後頭部に固いものが当てられた。それがなにかはわからないけれど、終わるんだな、とまるで他人事のように思考する。不思議と抵抗する気は起きなかった。外して持っていた大切なヘアバンドを握りしめる。千石先輩。泣き疲れて少しだけ掠れた声で名前を呼んだ。久しぶり、壇くん。元気だった? ……あまり元気じゃないです。ちょっと笑って答えると、そうみたいだね、と後ろに立ってる先輩も笑ったような声がした。強い血の匂い。先輩はどこか怪我しているのかもしれない。さっき亜久津に会ったよ。その言葉を聞いてビクリと肩が震える。亜久津先輩はきっとゲームに乗ってないです。そう言うと、顔は見えないけれど先輩がまた笑った気がした。壇くんのこと好きだったよ。過去形で言った後のカチリ、という音に先輩の武器が拳銃だと理解する。いつもと変わらない、明るくてちょっとのんびりしてて、優しい声。それから伝わってくる千石先輩の意志に安心したし、ちょっとだけ悲しかった。千石先輩は正気を保っていて、生き抜くことを決めた人。生き抜くために武器を取った人。今千石先輩はどういう気持ちで銃を向けているんだろうか。わかるはずもない。ボクも先輩のこと好きでしたです。こちらも過去形で返す。ありがと、壇くん。亜久津先輩より好きかとは聞かない千石先輩はやっぱり優しい。聞かれてもきっと答えられない。千石先輩もそれをわかって聞かなかったのかもしれない。亜久津先輩はボクにとって掛け替えのない人。揺るぎない絶対的な一番。亜久津先輩にとってのボクはどうかわからないけれど、ボクにとっては――。亜久津はゲームに乗るよ。後頭部に押しつけられる力が少し強くなる。だって、君が殺されちゃうからね。陰鬱な場所に不釣り合いなくらい明るい声。無性に、太一、と呼んでくれていたあの低い声が聞きたくなった。バイバイ。ヘアバンドが手から落ちていくのがわかった。亜久津先輩は悲しんでくれるのかな。僅かに嬉しい気持ちが湧きあがる。それでも亜久津先輩は、ボクなんかのために人殺しなんてして欲しくないな、と冷たくなる頭の片隅で思った。


100901.


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