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この時だけを、永遠に

 これからどうしようか。暗闇の中草陰に腰をおろしそんなことを二人でぽつぽつと話しているときに、早々に亜久津の名前は読み上げられた。え。馬鹿みたいにぽかんとして耳を疑う。殺しても死ななそうな奴だったのに。名前を呼ばれても、どこか遠くの、いつも見ていたブラウン管テレビのそのまた向こうの出来事のように感じる。つまり、実感がわかない。もしかしたら聞き間違いかも。でも、隣の壇くんはぼろぼろと泣いていた。先輩、先輩としきりに繰り返し泣きじゃくる。その大きな瞳から際限なく溢れる雫をずっと見ていた。壇くん。呼び掛けてもまるで俺なんて見えていないように嗚咽を漏らす。泣くななんて言えない。宥める術を俺は知らない。彼の亜久津に対する想いが尊敬だけでないことも知っていたから。こんなにも泣いてもらえるなんて少しだけ亜久津が羨ましい。俺が死んだとしても、同じようには泣いてくれないだろう。壇くん。黒髪に手を置く。置いた手を頬に滑らせると温かい涙が手を濡らす。壇くん。しゃくりあげながら赤い目でこっちを見た。水溜りのように俺を映し、なんだか情けない自分の顔が見える。だめだ、俺は強くなければ。俺は傍にいるからね。壇くんが俯く。俺が守るから。安っぽい台詞を言って右頬にキスをした。やわらかい。好きだよ。ちょっと調子に乗って抱きしめてみた。筋肉はそれほどなくて、小さくて温かい。かわいそうだ。彼はまだまだこれから伸びていっただろうに。抱きしめられて多少たじろいだものの抵抗はしない。弱ってるとこに付け込むなんて卑怯だと自分でも思う。それでも彼は俺を受け入れるだろうしついてくるしかない。一人は怖いもんね。頭のどこかで、好きな子といちゃいちゃなんてこれが最初で最後なんだろうと理解していた。触れるだけのキスを唇に数度する。好きだよ。もう一度言う。ボクも、好きです。微かな光しかない瞳は俺を映しているのに、彼の言葉は俺じゃない人物に宛てられていた。亜久津、探しに行こうか。立ち上がって手を差し出す。壇くんは座ったままだ。……仇打ちしたい? ぱ、と弾けるように顔が上がる。はい。力強く頷いた。確信があった。俺達の進もうとしている道の先には死しかない。死ぬときは楽じゃない。二人とも生きて帰れない。それでも彼が望むのならそれもいいかもしれない。壇くんが俺の手を取り立ち上がる。歩きながら熱心に小銃の説明書のようなものを読む壇くんの頭を撫でるとくすぐったそうにはにかんだ。前に山吹の皆で映画を見に行ったとき、壇くんは無理矢理亜久津を連れてきた。二人は俺や地味'sの後ろを歩いていて、亜久津にぐしゃぐしゃと髪を混ぜられながらそれでも今みたいにはにかんでいた。ちょっと嫉妬してたのを覚えてる。壇くん、手を繋ごうか。説明書をしまいながらこっちを見る。さらりと揺れた黒髪と焦茶の瞳にときめく。壇くんはまたちょっとはにかんだ。その笑顔の先に見えた絶対的なボーダーラインに、手を繋いで歩く暗闇に感謝しながら、悟られないようにこっそり泣いた。


100830.



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