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霞む景色は君を残して

 山吹は奇跡的に集まることが出来たのだ。ただし、その中に亜久津はいない。亜久津は参加していないからだ。亜久津は壇くんに行くなと言ったらしい。もしかしたら何が行われるか知っていたのではないだろうか。
 後輩を守ろう。それが俺等三年が固く誓った事柄だった。自分よりも他人を生き残らせたいとかそんな大それた思いではなかった。けれど自分だけ生き残ってもどうしようもない。守る存在があると、信頼されていると、そんな大義名分でもなければどうにでもなれと投げ遣りになる精神を武装できなかったのだ。メンタル面には自信があるなんて思っていたのに、それは血の匂いに一瞬で剥奪されてしまった。笑える。守ると言ったってなにも誰かを襲撃したりするわけではない。防戦するわけでもない。見張りを少し離れた場所にローテーションで二人ずつ、稀に三人たてたりして狭い範囲に皆で固まって休息して支給された乾パンを齧って、まずいねなんてちょっと軽口叩くけどまたすぐ皆強張った顔に戻って、他校の人間の気配を感じたり近くで銃声なんて聞こえようものならすぐに荷物をまとめて避難。衣食はどうにもならないけれど睡眠だけはしっかりと取ることが出来た。いつまでも俺等は逃げに徹していた。集団行動の危険性を考えないこともなかった。でも大丈夫だとも思った。山吹なら大丈夫。幸運がついてるから大丈夫。今まで散々当たりクジ引いてきただろ、今回も大丈夫。大船に乗った気でいてよ。でも途中で座礁しても怒らないでね――。ちょっとだけ、皆が笑った。
 最初は東方だった。手が震えた。痛いだろうに、俺等を見て撃たれた肩口を押さえて笑っていた。行けよ。東方が言う。声が震えていたのを知っている。逃げて、撒けそうになかったら囮も必要。これも決めていたこと。血に染まっていく制服を見て固まる後輩を叱咤し、走った。南は走りながら声を出さずに泣いていた。二回、銃声が響いた。次は南だった。部長だからな、なんとかしてみせるさ。その声はとてもくたびれていた。彼の脳髄の弾け飛ぶ様を見た。少し眩暈がした。その次は新渡米と喜多。喜多は新渡米に付いていった。俺等ならだいじょーぶ。根拠なんてないのに、手ぶらで。彼等は蜂の巣のようになった。もう慣れてきて、泣くことはなかった。そして室町くん。ちょっとくらいカッコつけさせてくださいよ。とっくに決意のついている瞳だった。彼は銃を向けた。しかし、それを引くことはなかった。運が良いんだか悪いんだか。そんな言葉を思い出した。壇くん。彼はずっと泣いていた。ずっとずっと。亜久津はいない。守らなければと思った。足が重い。フラフラする。血と膿で左足のズボンはぐちゃぐちゃだ。こめかみを抉った銃創が熱い。壇くんは泣いている。大丈夫だよ、俺が守るよ。大丈夫。ここに来てから何度口にしたかわからない言葉を自分にも言い聞かせるように。手が震えた。眩暈がした。涙は出なかった。過去を思い出していた。大丈夫、大丈夫。黒髪を優しく撫でる。彼は泣きやまない。パン。音が響いた。彼はずっと泣いていた。ずっとずっと。


100827.


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