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青春讃歌

(テニスを見つめ直す千石)

 学年とか年齢とかで差別するわけではないけれど、オモシロくんに神尾くん、二回も二年生に負けてしまうなんて。
 それも油断とかそういう詰めの甘さが拱いた敗北なのだ。実力だけなら俺の方が上だった。山吹の皆はドンマイと笑って言ってくれていたけれど、少し落ち込んでしまう。
 Jr.選抜なんてあんなものかとか所詮運だけなのだとか、これ見よがしに陰口(俺の耳にはいっちゃってるから陰口ではないかもしれない。不用心だ)を叩く連中もいるけれど、それを否定しようとは思わない。
 だってそうなのだから。言い方は悪いけど部外者である彼等には本人がどれくらい努力してきたかなんてわからないのだから。
 至るまでの過程ではなく成し得た結果。わかろうともしない罪深き彼等の目が行くのはそこなのだ。単純な結果主義。悲しきかな、それが世の中というものだ。

 つい数時間前、部活が始まってからずっとぐるぐるとグラウンドを駆け巡っている俺を迷惑そうに野球部部員や陸上部部員が見ている。
 テニスコートのフェンス越しに、地味'sや室町くんのなんとも言えない視線を感じている。
 はぁはぁと息はあがっているものの、そんな愛すべき我が山吹中テニス部の皆に片手を振っていつもの笑みを返すだけの余裕ならまだあった。
 頭の中を占めるのは今までのテニスのことだ。テニスは楽しく。顧問の伴爺が何度となく事あるごとに繰り返してきたその言葉を、俺は気に入っていた。
 そもそも楽しくなければプレイしたいとは思わない。プレイしなければ上達もしない。
 テニスではイメージトレーニングが大切で、今ではそれだけすれば上達する! なんて売り文句があるくらいだけれど、それだけでテニスが上達するなら苦労はしない。
 当たり前だ。それで上達しているのなら俺は氷帝にも青学にも不動産にも、誰にも負けないはずだ。空想上の俺はいつだって難なく最短記録で相手を倒し、黄色い声を受けているのだ。
 とにかく、俺は楽しいからテニスをしている。負ければ当然悔しいが、楽しいだけのテニスじゃ勝てないなぁ、と痛感したのはとても遅く、神尾くんに負けてからのことであった。
 Jr,選抜で一緒になった跡部くんと真田くん。成程彼等は他のメンバーとは確かに異才を放っていた。
 それを見て、ときには打ち合い、同じ釜の飯を食らった俺は、それでも彼等に追い付けると思っていた。そう、そのときは追い付けないほどの実力差はなかったのだ。
 元々人よりテニスセンスのあった(であろう)俺はただ楽しく打ち合っていただけで、勝敗なんてあまり気にしていなかった。俺と彼等の違いはそこにあった。
 俺と打ち合った後の跡部くんは溜息混じりに「もったいねぇな」と呟き、それがなにを示すのかわからなかった俺はただへらりと笑っていたっけか。
 どこまでも上を目指す貪欲なる向上心。常に覇者であらんと己を戒める自尊心。二人にあって自分には欠けていたもの。今ではあの二人には遠く手が及ばない。
 負け続けて今更それに気付くなんて不甲斐ないにも程がある。あ〜ぁ、こんな先輩でメンゴね、かわいい後輩達よ。

 ぐるぐるぐるぐると走り続けている俺が、自分に続く大人数の足音に気付いたのはふと目を向けたテニスコートがもぬけの殻だったからだ。
 いつから共に走っていたのだろう。炎天下のなか随分と集中していたらしい俺は汗びっしょりで、こめかみを伝って顎に滴ろうと足を延ばす汗を拭いつつ、軽く後ろに目を向ける。
 南の「山吹ー! ファイッ!」の後に部員の皆が続いて「オーッ!」と声を張り上げている。掛け声も地味な彼は、捻りを利かせるということを知らないのだろうか。
 だからと言って俺に何か画期的な掛け声が思い浮かぶというわけでもないのだけれど。
「おい、せんご、く!」
 南もはぁはぁと荒い息をしている。走りながら喋ることはなかなかに体力を消耗するものなのだ。
 隣に並んだ南ににたりと口角を持ち上げてやると、若干呆れたような苛々しい視線がぶつかった。後ろでは副部長の東方の掛け声が聞こえている。
 目線だけでなんだい? と問いかけてやると、南が大きく息を吐いた。しかしその肺はすぐに酸素を求めて大きく膨れ、彼の喉がひゅうとか細く鳴った。
「背負うなよ、このバカ」
 骨ばった拳がごつりと俺の頭頂部を叩く。それだけで救われた気がした。山吹中テニス部の面々は、こんなにも俺のことをわかってくれている。
 なんでこんなペース配分も考えず我武者羅に走っているのかとか、なにに心を砕いているのかとか、なーんにも口に出していない勝手な行動であるのに。
 声を張り上げている面々を盗み見ることにした俺は、こそりと皆を窺っていく。室町くんはサングラスで表情が窺がえないけれど、壇くんは今にも倒れそうにへろへろと走りながらも俺に付いてきてくれている。
 その姿にちょこっと罪悪感を感じつつ、俺はやっぱりテニスもテニス部の皆も好きなのだと実感し、一人頷いた。
 汗を流す楽しさや仲間という存在の心強さ、曲がりなりにもエースであるという責任の重さ。他にも色々、全部教えてくれたテニスという一スポーツは偉大だ。
 伴爺も南も東方も錦織も、室町君も新渡戸も喜多も壇くんも、仕方ないからついでに亜久津も俺を取り巻く皆々様とテニスに、だいすきだー! と叫びたい。
 でもその気持ちは抑えこんで、むずむずとにやける口元を大きく開けて息を吸いこんで、有りっ丈の感謝と気合を込めて、腹の底から大声を絞りあげた。
「行こうぜ、全国ーっ!!」
「おーっ!!」
 一拍置いて、負けないくらいに全身で叫ぶ皆の声が聞こえた。
 野球部や陸上部がぎょっとしてこちらを凝視する姿が目に入ったけれど、そんなことを気にしている暇はない。いやでも、ちょっとだけごめん。
 自分たちの部活動を邪魔されている挙句いきなりこんな大声を上げられたら驚かないほうが不思議だろう。
 なんだか今ならマラソンの世界記録も夢じゃないような気がしてきた。このまま体力の限界まで耐久マラソンと洒落込もうか。ふはは。
 やけに清々しい気分だ。テニスは楽しく、をモットーとして、それに忠実であった自分のプレイも甘さも、みーんな肯定してしまおう。
 だけれど、楽しいだけのテニスとは今日でおさらばだ。
 耐久マラソンが終わったら少し休んで、それから楽しいだけのテニスを皆と全身で味わって、おさらばだ。流した汗と一緒に置いていこう。
 山吹中テニス部七十年以上の伝統と実績、それに指導し続けてきた伴爺の顔に泥を塗らないためにも、勝てるテニスにしなければならない。
 俺のテニスは俺と共に心機一転、生まれ変わったのだ。楽しくて勝てるテニスへとようやっと翼を広げたのだ。
 ――うん、いーんじゃない。待ってろよ、全国!




090110


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