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罪を知らず穢れを纏わず

 ミャーミャー、とか細い猫の声がした。
 舗装された道路の脇に気持ち程度にレンガで囲われた植え込み。
 雑草の生い茂った植え込みに紛れるように茶色の紙袋が捨ててあって、それがガサガサと動いていてそれから子猫の声が聞こえるのだった。
 学生たちの通学路に捨てられたそれは、捨てた人物のせめてもの気遣いなのだろうか。
 少しでも、拾われて生き延びる確率があがりますように、と。

 ふ、と亜久津が煙草の煙を吐き出したのを合図とするように壇は紙袋に近寄り、なかにいれられていた二匹の子猫を抱き上げた。
 一匹は赤茶色の縞模様で、もう一匹は先の一匹よりも濃い茶色の縞模様だった。
 いきなり触れられたことに驚いたのか子猫は激しく鳴きはじめ、甲高い声が耳につく。
 苛立ちながらシルバーの携帯灰皿に煙草を押し付けた亜久津を、壇がジッと見上げた。
「亜久津先輩」
 相変わらず狂ったように鳴き続ける子猫を愛おしむように、ふわふわとした綿菓子のような身体を撫でつづける。
 壇は見掛けによらず意外と屈強な精神を持っていて、頑固な一面もあるのを知っていた。
 相手の言いたいことはわかっている。
 きっと拒否の言葉を吐いてもそれを頑なに拒むのだろう。
 止める気も、子猫に興味も抱いていなかった亜久津は言葉を発するでもなく歩き始めた。
 涼しさを乗せた風が頬を撫でるなか未だに子猫はうるさく鳴いていて、眉間に皺を寄せながら隣を歩く壇を見る。
 赤茶の猫が鳴き続けるなか茶色の猫は少しくたりとしていて、それを映す壇の瞳はなにを思っているのか虚ろだった。
「死ぬんじゃねぇの」
 呟いた亜久津を無表情に数秒見つめてから、壇は再び子猫に目を落とす。
 そうかもですね、と囁くように言ってから、穏やかに笑った。


 今日は先輩の家にお泊りさせてもらいますです、と壇が両親に電話をした数時間後、濃い茶色の猫は静かに息を引き取った。
 壇は泣くでもなく何もしてやれなかったと自分を責めるでもなく遺骸の鼻の頭を数度撫で、もう一匹の猫もそう長くはないと悟ったのか、猫を看取ってやりたいと零した。

「太一」
 風呂あがりで亜久津のシャツ一枚を羽織ったまま、壇は猫の傍にいた。
 猫の入ったカゴの傍を片時も離れない壇に、苛立ちが増す。
 自分の名前を呼ばれて振り返った壇に「来い」と目で合図するが、壇は無言のまま猫に目を戻した。
 いつもは殴り飛ばしてやりたくなるくらいしつこく付き纏ってくるくせに。
 動物に嫉妬するなんて馬鹿らしいと思いつつ壇を持ち上げるといやだと抵抗したが、当然力で亜久津に勝てるはずもない壇をベッドに投げ下ろして亜久津は見下すように口角を持ち上げた。
「亜久津先輩、今日は……」
「黙れ。大人しくしてりゃすぐ終わる」
「やっ……ンッ」
 セックスしたくない、と嫌がる壇を四つん這いにさせ、腰を高くあげさせた体勢で幼い陰茎をくり、と弱くつねると、嫌がる言葉の中に甘さが滲み出る。
 一番敏感な亀頭を親指で優しく撫でるように刺激しながら陰茎を扱いてやれば、小さく短い喘ぎとともにヌルリとした透明な液体が滑りをよくし、それでも壇はダメだと首を振った。
 快楽と羞恥に赤面しながらも視線はカゴに注がれていて、それ故に亜久津はまるで強姦するかのように壇を抱いた。

 ギシギシとベッドのスプリングが軋み、壇は幾度目かの絶頂に身を震わせ、下の階の亜久津の母に声が聞こえないようにと枕に顔を押し付けてギュッと目を瞑る。
 この背徳的な行為を気持ちいいと思うようになったのはいつからだったか。
 直腸を突き上げる異物感をもっと欲しいと求めるようになったのはいつからだったか。

 その視線はもう猫に注がれてはいなかった。


「死んだのか」
 セックスの後死んだように眠り、朝目を覚ました壇がカゴの中を覗くともう一匹の猫も冷たくなっていた。
 コクリと頷いた壇を見て、シャワーを浴びた後の濡れた髪を持ち上げる。
 おまえもいってこい、と壇を促すと壇もふらりと立ち上がって浴場へ向かった。
 壇はやはり泣いているということはなかったが、その目はどこか無機質的で、哀れみの感情も見えなかった。
 どうして死んだのかと駄々をこねるわけでもなく、壇は猫の死を運命として受け止めているのだ。
 覆水盆に返らず、というコトワザがあるように、死んだものはどう足掻いても生き返ることはない。
 死なない運命もあったかもしれないが、死ぬことが必然だったのだ。

 壇が風呂からあがったら、二匹の子猫の墓を作るつもりだ。
 ゴミとして処分することも可能だが、昨日まで懸命に生きていた小さな命を無下にするのはどうにも忍びない。

 猫と出会ってから十数時間後、初めて猫に触れた感触は、やはり綿菓子のようにふわふわとしていて頼りなかった。



060923

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