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ガラス玉に映る世界

 彼女から指輪を強請られて、千石は曖昧に微笑んだ。
 指輪を誰かにプレゼントすることはもうないと思っていたし、しないと決めていたからだ。
 千石が青春真っ盛りの中学生だった頃、だいすきだった子がいて、指輪をプレゼントした。
 勿論親からお小遣いを貰っている身である中学生の財布の中身なんてたかが知れているので高価なものは買えない。
 真ん中に大きなガラス玉がはめられてダイヤに似せてカットされた、百円ショップで買ったその指輪をだいすきだった壇の指に婚約指輪のようにはめてあげると、大きな瞳をもっと大きくぱちくりさせながらも、とても嬉しそうにはにかんでいたのを思い出す。
 翌々日には壇も同じような形状の指輪をやっぱり百円ショップで買ってきて、二人で結婚式ゴッコをしたりもした。
 今考えてみれば随分と幼稚なことをしていたが、千石も壇も両方男であること以外は、至って普通の恋人同士であった……と思う。
 まだ精神的にも肉体的にも未熟だったあの頃は、そういうゴッコ遊びもとても楽しいものであったし、手を繋いでるだけでも幸せだった。
 あの頃の日々は輝いていて一番自由で素晴らしかったけれど、でも、過去に男と付き合って性的なことにまで発展していたことを武勇伝のように語れるかというと語れないし、素晴らしかったけれど人生最大の汚点で、消し去りたい過去でもある。
 今でこそ普通に女性と付き合ってはいるが、壇のことは本当に愛しくて恋しくてどうにかなってしまいそうだったが、やはり世間体というものにはそんな想いすら打ち砕かれてしまったのだ。
 別れを告げて指輪を返したとき、壇は笑っていた。
 初めて逢ったときのように笑って、千石を赦した壇はなにを思っていたのか。
 『さようなら』ではなく『お元気で』と言った壇の言葉にはなにが含まれていたのか。
 クリスマスはどこに行こうか、と無邪気にはしゃいでいる現恋人からの電話に、「考えておくね」と適当な相槌を返して――そしてお決まりの「愛してるよ」の言葉を添えてから終話ボタンを押した。

 だらりと力なくおろした腕の指先に、あのとき渡して、あのとき返ってきた指輪が冷ややかに存在を主張する。
 光沢を放っていたガラス玉は細かな傷が数え切れないほどあって、大きなヒビがガラス玉に映る世界を分断していた。


061231


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