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拝啓 亜久津様

(千石から亜久津へ)

 この感情はなんというのだろうか。知らず奥歯を噛み締めてしまうし、胃は異物感を訴える。
 もやもやと暗く湿った浅ましいものは身体の深部からじわじわと滲み出し、内臓も皮膚も思考も全てを奪い、染めていく。
 自分の内に広がる粘着質なヘドロに気付いたのは、彼が再びテニスをするのだと人づてに聞いてからだったろうか。
 最初はただ純粋に、彼のテニスをもう一度目の当たりにできるであろう自分の幸運に感謝した。
 次に、では彼はあの少年との試合のあとに何を感じ取ってコートから遠ざかったのかと疑問を抱いたものの、しかしやはり、彼がテニスを再開するという事実はとても嬉しいものであったのだ。
 彼のテニス。多くを魅了する、劫火のように猛々しいテニス。彼のテニスを待ち望んでいたものは決して自分だけでないはずだ。結局のところ、彼もテニスを捨てられないのだ。

 待ち望んでいたというのに、この胸に巣食うものはなんなのだろうか。
 眠れぬほどに悩みぬいて、あぁ、と一人答えを得る。嫉妬しているのだ。テニスに。彼を取り巻く全てのものに。変わってしまうであろう彼に。
 テニスを馬鹿にし努力を見下し、最後には捨て去ったはずのそのテニスがまた再び彼を突き動かしたのだ。
 我ら山吹の全国大会に手を貸さず足を運びもしなかった彼がなにを思ってラケットを手にするのか。問うてみたところで答えなど返ってこないだろう。
 彼の居場所は山吹ではなかった。彼を変えるのは山吹ではなかった。これに嫉妬せずに、なにに嫉妬できるであろうか。
 彼はもう山吹という枠から外れてしまったのだ。彼には新たな仲間が出来るのだ。彼はもうここに戻っては来ないのだ。山吹は彼の居場所足り得なかった。
 悲しい。悔しい。僅かな怒りすら覚え、身を苛まれ、それでもこの思いが彼に届くことはないのだ。
 彼はテニスに楽しさを見出すだろう。「満更でもねぇな」と言うのだろう。唇を強く噛む。悔しい。理由が何であれ、彼が山吹を省みないであろうこともなにもかもが悔しい。
 おまえは自分の信念を捻じ曲げるような男じゃなかったはずだろ。壇くんの声にも耳を貸さなかったはずだろ。この声はやっぱり届かないんだろうな。
 それでも俺達は言うよ。おまえに認めてもらえなかったのはとても癪であるけれど、俺達は言うよ。歓迎するよ。
 おかえり、亜久津。もう一度、一緒にテニスをしよう。




090129


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