Pretty Poison Pandemic | ナノ





「うはあ、すげーな。軍事基地みたい」
「きょろきょろするな、ヒズミ。ここに来るのは初めてじゃないだろう」
「そうだけど、私が入れたのは教授のテリトリーだけだったから。こういう関係者オンリーの場所は普通に立入禁止だったんだよな……すげーすげー。もうこれ漫画の世界だな。どっかにストライクフリーダムとか格納してありそう」
「なにをくだらないことを」
「地下にはリリスが磔になってたりしてな」
「先生まで……」
「ジェフティに“動けええええええ!”とか叫んでみたり」
「なんかもう世界観めちゃくちゃですね……」
「いやだってそんな感じだろ。ブリタニア製KMFとかライト・ファインディング・オペレーションとかも出てくるんじゃねーの」
「ヒズミさんロボアニメ好きなんですか?」
「二次でも三次でも、でっけー機械の塊みたいなのはカッコいいなーって思うよ。メカミリオタクだからさ。ジェノスくん変形して戦車とかにならねーかなーとか考えるくらいには」
「……博士に相談してみる」
「いやいやいやいや冗談だから」

……なんとも緊張感のない面々であるが、場所はヒーロー協会本部の一角である。どこか空気がぴりぴりと張り詰めていて、普通ならばとても与太話で盛り上がることなどできそうにない雰囲気なのだけれど──彼らにそんなことは関係ないようだった。

分厚い金属製の自動ドアをくぐった先にいたのは、白いマントに黒い羽織、その下に和服を着込んだ中年の男だった。腰に長刀を差し、高楊枝で佇む姿はまさに“サムライ”そのものである。

彼は五人が入ってきたのに気がついて──その中に知った人物がいるのを見つけて、おお! と声を上げた。

「シルバーファング! お前は来ると思ってたぞ」
「久し振りじゃな、アトミック侍」

S級4位、アトミック侍。
正真正銘──ヒーロー協会の誇る実力者だ。

「あとはサイボーグ、ジェノスと……そこの女子高生はA級の毒殺天使だな」
「わ、私のことをご存じで!?」
「こないだS級ヒーローも苦戦した、深海王とかいうバケモノとの戦いで功績を残したって聞いたぞ。かわいい顔して、なかなかやるもんだ」
「あ……ありがとうございますっ! 光栄ですっ!」
「それに、そこの白い髪の姉ちゃんのことも知ってるぞ。ゴジラみてーな怪獣の首を吹っ飛ばした映像を見た」
「さいですか。いやはやお恥ずかしい……」
「そんな謙遜するなよ。実際あれは凄まじかった。お前なら俺たちS級ヒーローと肩を並べられると思うんだがな。こっちの世界に入る気はねえのか?」
「今のところは。ニート生活は気が楽なもので」
「そうか……勿体ねえと思うんだがなあ。もう一人は……知らん顔だな」
「彼はB級のサイタマ君じゃ。いずれS級上位になる逸材だし、連れてきても問題はなかろう」
「オッサンもヒーローなんだな。よろしく」

そう言ってサイタマが差し出した手を、アトミック侍は払いのけた。

「握手はせんぞ」
「ん?」
「俺は強者しか認めねえ。お前がここまで上がってきたときは、改めて挨拶をしてやる。それに俺はオッサンという歳じゃねえ。まだ37だ」

アトミック侍の言葉に、サイタマは(37ってオッサンじゃないのか? 知らなかった)と人知れず真っ当な疑問を抱いていたのだが、

(37はオッサンじゃないのかな……)
(37はオッサンだろ……)

と──シキミとヒズミも同じ感想を持っていた。

そこへまた、別の誰かが横から輪に入ってきた。若い──というより、まだ成熟しきっていない少女のような声で──

「ちょっと誰よ、B級の雑魚なんて連れてきたの!」

容赦のない言葉を投げつけてきた。

「私たちに対して失礼だとか思わないの!? 呼ばれても普通来るかしら!? どういう神経してんの!? S級とお近づきになりたいとか浅い考えでここに来たんでしょ!?」

遠慮も慈悲も取りつく島もない豪速球だった。

「不愉快。消えて」

果たして──そこにいたのは。

「……なにこの生意気な……迷子?」

毛先がくるくるにカーヴした緑色の髪が人目を惹く、小学生のように頭身の低い女性だった。どんな色眼鏡を通しても成人しているようには見えないが、自信に満ち溢れた、女王の風格すら漂うその鋭い眼光はとても子供が湛えられる代物ではない。

「それはS級2位のタツマキですね」

ジェノスが混乱しているサイタマに解説する。

「超自然的な攻撃で怪人を倒す、俗にいうエスパーです」

いわゆる──超能力者。
常識を超越し、常軌を逸脱した、恐るべき存在。

それだけで充分に畏怖の対象たりうるのだけれど──ジェノスもサイタマも、大して気にしていないらしかった。口の悪いガキに絡まれたと、それくらいの認識でしかないようだった。

「もう大体集まっているようです。席につきましょう」
「──! 無視する気? ちょっと……!」

なおも食ってかかろうとするタツマキを鮮やかにスルーして、他のS級ヒーローたちが既に集結しているという部屋へ進もうとしたジェノスの後頭部に──ヒズミのチョップが炸裂した。

「……いきなりなんだ、ヒズミ」
「なんだじゃねーよ。女性に対して“それ”呼ばわりは失礼すぎだろ」
「は?」

面倒くさそうに眉をしかめたジェノスの肩をぐいっと強引に掴んで寄せて、周りに聞こえないよう声をひそめて、ヒズミは強い口調で言う。

「S級2位なんてもう私たちみたいなのと普通に口利いてくれるだけでありがたい立場の人なんだから、もっと遜って接しろって言ってんだよ。ジェノスくんS級つってもまだ新人なんだから」
「それはフリーター時代の教訓か?」
「ふざけてる場合じゃねーっつの。素直に謝っとけって」
「あんなクソ生意気な子供に下げる頭はない」
「馬鹿。確かに体は大きくないけど、あのひとは──」
「悪いが時間がない。説教は帰ってからにしてくれ」

ヒズミを引き剥がして、ジェノスとサイタマはさっさと行ってしまった。かくして取り残されたヒズミは溜め息をついて、憤懣やるかたない様子のタツマキに深々と頭を垂れた。

「すみません。とんだ失礼を……」
「まったくだわ。まだかなり若いみたいだけど、一体どういう教育受けてきたわけ?」
「よく言って聞かせておきますので……」
「まあ──あんたは礼儀を弁えてるようだからいいけど」

ふん、と鼻を鳴らして、タツマキはヒズミと──どうしたらいいのかわからずおろおろしていたシキミを値踏みするように睨んだ。

「……似たような年頃なのに、どうしてこうも差が出るのかしら。あいつら育ちがよくないのね、きっと」
「そうですね……あ、引き止めてしまってすみません。タツマキさんもどうぞ、皆さんのところへ行っていただいて……」
「あんたは来ないの?」
「私は協会の人間ではない部外者ですので。皆さんと機密を共有できる身ではありません。その点は重々、承知してます……あ、ただこのシキミちゃん……毒殺天使ちゃんはA級上位ですから、タツマキさんさえよろしければ同席させてあげてください」
「……本当、どうしてこうも差が出るのかしらね」

腕を組んで呆れたように首を振り、タツマキは「いいわよ」と頷いた。

「あんたの聡明さに免じて今回は許してあげるわ」
「ありがとうございます」
「二度目はないわよ」
「ぶん殴って躾けておきます」
「殴るよりも、もっと効果的な方法があるんじゃないの? あんたなら──“噂の生存者”なら」
「……………………」
「なんで驚いた顔してるのよ」
「あ、いえ、まさか知ってらっしゃるとは」
「私だってニュースくらい見るわよ。協会の上層部でも、あんたは有名人だし。変人教授のお抱え異能力者だってね」
「ええ、確かにベルティーユ女史にはお世話になっています」

変人とは随分な評価だな、と思ったが、かの教授とそこそこ深い付き合いをさせてもらっているヒズミとしては、否定できないのも事実だった。

「あんたの力に興味はあるし、今度ゆっくり話しましょ」
「恐縮です」
「それじゃ私は行くわ。そこのA級、ついてきなさい。案内してあげる」
「! よ、よろしくお願いしますっ! あ、あの、ヒズミさん」
「私のことはいいよ。教授に挨拶でもしてヒマ潰してるから。終わったら話聞かせて」
「わ……わかりました。では行ってきます」

ガチガチに緊張しているらしいシキミを引き連れて、タツマキは毅然とした足取りで去っていった。徐々に小さくなっていく二人の背中を見送って、やっとヒズミはやれやれと肩の力を抜いた。

(ゾンビマンさんと初対面したときもそうだったけど、本当にジェノスくんは目上の人に対する態度がなってなさすぎだな……サイタマ先生も)

というか、ジェノスとサイタマはただ単にタツマキの正体を──実年齢を知らないだけなのだけれど、現時点でその齟齬に気がついている者はいない。

「……さて、教授とドロワットちゃんとゴーシュくんとでUNOでもやろうかな」

そんなことをひとりごちて。

のんびりと欠伸を零し、ヒズミもまた目的地──上階に位置する教授の研究室を目指して歩き出した。