Pretty Poison Pandemic | ナノ





「ヒズミッ!!」

ノックもなしに思いっきりドアが開けられる激しい音と、空気を震わす怒号がいきなり飛び込んできた。

「──っ!?」

シキミはびくりと飛び上がって、声のした方を振り向いた。そこに立っていたのは、どう見ても平和的でない機械類のパーツによって構成された両腕を持つ、短い金髪の、異形の青年であった。
その顔にはシキミも見覚えがあった。
期待の新星ヒーロー、若きサイボーグ──ジェノスである。

「ジェノスくん? どうしたの、血相変えて」

のんびりとヒズミが尋ねた。突然の闖入者にもまったく動ずることなく、いっそ頼もしいくらいの態度で煙草をふかしている。

「外出から戻ったら、この部屋から高エネルギー生体反応を探知した……お前か」
「えっ!? えっ!? あたしですか!?」
「お前は何者だ? なぜヒズミの部屋にいる?」

掌から不穏な高熱を伴う光を発しながら、ジェノスはシキミにずかずかと詰め寄った。目を白黒させながらあたふたしているシキミと、完全に戦闘態勢に入ってしまっているジェノスの間に、見かねたヒズミが割って入った。

「落ち着けよジェノスくん。お客さんに対して失礼な」
「客……? まさか、ご友人ですか?」
「いや、そういうんじゃねーけど。初対面だけど。サイタマ先生に用事があったんだって」
「先生に?」

じろりとジェノスはシキミを睨めつけた。シキミはすっかり萎縮しきってしまって、ハムスターのようにぷるぷると震えている。

「お前、先生になんの用だ」
「えっ……えっと……そのっ……」
「おいおい、そんな威嚇するんじゃねーよ。繁殖期の野生動物かよ。かわいそうだろ」

ヒズミが叱責するように言うと、ジェノスは納得いかない様子ではあったけれど、素直に肩の力を抜いたようだった。

「先生は? どこ行ってんの?」
「外回りに出られている」
「はあん。そりゃまあ熱心なこった」
「今日はタイムセールだそうで、寄ってから帰ると仰っていた。そろそろ戻られるのではないかと思うが……」

ジェノスの台詞が終わるより先に、外で物音がした。がちゃがちゃと、それは施錠を解く音だった。なんというか──あまりにも出来すぎたタイミングだった。

「お、ちょうど帰ってきたんじゃねーの」
「……そのようだな」
「呼んでくる。ちょっと待ってて」

煙草を唇に挟んだままヒズミは立ち上がり、サンダルをつっかけて外へ出て行った。ジェノスと二人っきりで取り残され、シキミは居心地の悪さをひしひしと感じながら、おそるおそる口を開いた。

「……あ、あの」
「なんだ?」
「えと、わたくし、A級ヒーローのシキミと申します。ヒーローネームは“毒殺天使”といいます。一応ヒーロー名簿にも顔と名前が載っておりますので、その、確認していただければわかると思います」
「……確かにその名前はリストで見た記憶がある。写真と顔も…………ああ、一致するな。苦し紛れの嘘ではないようだ」

どうやら懐疑は(やや)晴れたようだ。シキミは内心でほっと胸を撫で下ろした。

ヒズミはすぐに戻ってきた。玄関先の方から、なにやら話しているのが聞こえる。その相手こそが──“彼”なのだろう。

「……の件で、サイタマ先生に会いたいんだって」
「それは別にいいんだけどよ……なに? どんなヤツ?」
「かわいい女子高生」
「はあ?」

“彼”の素っ頓狂な声が、シキミの耳にも届いた。今頃になって緊張がぶり返してきて、シキミの掌に汗が滲んだ。しかしここまで来たら、もう後戻りなどできない。なるようになれ、と腹を括って、シキミは毅然と顔を上げた。

そこには、三日前──都市ひとつ壊滅せしめんとする巨大隕石を一撃で打ち砕き、打ち壊し、大勢の人間を脅威から守り抜いた“彼”が立っていた。
特徴的なヒーロースーツ、毛髪のない頭。
見間違えるわけがない。
なにせ──かなり目はいい方なのだ。

「……サイタマ様、ですね」
「え? あ、そうだけど」

シキミはよいしょと腰を下ろしたサイタマに向かって居住まいを正し、床に軽く握った両拳をついた。

「わたくし、A級ヒーローのシキミと申します」
「はあ……はじめまして」
「突然のご訪問、どうかお許しください。先日の巨大隕石事件において、あなたの収められた功績に敬意を表します。あなたほど優れた、強靭な肉体および鋼鉄の正義感を持った人物を、わたくしは他に知りません」
「……なんかめっちゃ褒められてるな。世間じゃインチキ扱いされて、さっきも他のC級のヤツに因縁つけられたんだけど」

サイタマは苦虫を噛み潰したような顔で、後頭部をぽりぽりと掻いた。

「わたくしは当時あの現場におりましたので、この目でしかとあなたの活躍を見ています。はっきりと見ています。あなたの実力が本物であると──人類にとっての代えようのない財産であると証言できます。神にも誓えます」
「いや、そんな大袈裟な……」
「大袈裟などではありません。あなたには、それだけの強さがあるのです。わたくしは胸を打たれました。衝撃を受けました。あなたのようなお方が存在することに、感動したのです!」
「あ、うん……どうもありがとう……?」

いよいよ熱が入ってきたシキミに、サイタマはいくらか困惑気味のようだった。
ジェノスはそんな彼女を無表情で値踏みするように観察し、ヒズミはジェノスの隣に胡坐をかいて一体なにを考えているのかわからないぼけっとした面持ちでまた煙草を吸っている。

「そんなあなたに──折り入って、頼みがあるのです」
「え? 俺に?」
「はい。無理を承知で、お願いさせてください」

シキミが──がばっ、と頭を下げた。
それはとても女子高生が、思春期の女の子がするような行為ではなかった。
目を瞠るほどに立派な土下座だった。

「わたくしを、あなたの弟子にしてくださいっ!」