Pretty Poison Pandemic | ナノ





トークショーはイケメン仮面のターンに突入していた。

というのも、司会者が新曲の話題を振って、そこから宣伝に流れ込んだという形なのだけれど、正しくアマイマスクの独壇場になっていた。申し訳程度に他のヒーローたちが相槌を打ったりしているが、主役は完全にアマイマスクだった──台本通りの展開だった。

(所詮あたしたちは引き立て役だもんね……その方が気が楽だけど。あたしの仕事はこれで終わりかな……)

あとはもうアマイマスクに任せておけばいい。
スーパースターに委ねておけばいい。
彼の話に適当に頷きながら、トークが途切れないよう、空気が壊れないようにこにこしていればいいだけだ。

そんなことを考えていたシキミだったが──

「……そういう意味では、僕は彼女を評価しているんですよ──毒殺天使さん」

急に自分の名前が出てきて我に返らされた。

「えっ!? はい!? なんですか」
「え? なに? キミひょっとして寝とったん?」
「寝てません寝てません」

客席が笑ってくれたのが救いだったが、しかしまさかここにきて自分が的になるとは想定外だったので、シキミは危うくマイクを落としかけた。

「ヒーローというのは常になによりも強く、そしてタフで、美しくなければならない。僕がいつも言っていることですが……、そういう意味では、そういう観点では、君はほとんど条件を満たしている。深海王の卑劣な攻撃を受けながら、それでも致命傷を負わせたと聞いているよ」
「……ちょっと脚色が入ってますよ。深海王を倒すことができたのは、ここにいる皆さんが協力したからです」
「君は謙虚だ。慢心せず、精進を怠らない心構え。それも素晴らしい……深刻なダメージを押して、こうしてステージに立とうという気概もね」
「それはあたしだけに限った話じゃないですよ」
「しかし君は、他のヒーローたちより回復が早いようだ」

どきっ、とした。
痛いところを突かれた気がしたのだ。

「それは……」
「揺るぎない正義感は肉体の限界を凌駕するものだ。君はヒーローとして資質がある──資格がある。もっと強くなりたいという向上心も伝わってくるしね」
「あ……ありがとうございます」
「君をそうまで駆り立てているものは、一体なんなんだい? 興味があるね」

アマイマスクが美しい微笑を湛えながら、シキミに訊ねる。

……なにやら勘違いをされているようだった。
しかしその方が都合がいい──シキミは少しだけどう答えるべきか逡巡して、

「……守りたいんです」
「ほう?」
「ここにいる市民の皆さんや、それだけじゃなくて……あたしは、あたしの大事なものを、自分の手で守りたいんです。理不尽な暴力なんかに屈したくないんです。そのために、あたしは戦ってます。誰にも負けないくらい、強くなりたい。学校の友達や、家族や、ここにいる皆さんのことも、全部あたしが守れるように、強くなりたいんですよ」

それはシキミの偽らざる本心だった。
いささか真面目すぎる、優等生すぎる回答だったかと思わなくもなかったけれど──観客たちは温かい拍手で受け入れてくれた。ちょっとだけ気恥ずかしかった。深々と頭を下げてごまかした。

トークショーが終盤に近づいて、手筈の通りアマイマスクが新曲を披露する運びになって、他のヒーローたちは舞台から降りることになった。各々が専属のスタッフからタオルや水の入ったペットボトルを受け取って、軽く世間話もして、銘々我々に楽屋へ帰っていった。シキミのもとへやってきたのは先程も世話になったミクリヤだった。

「お疲れ様でした、シキミさん」
「あ、どうも。ありがとうございました」
「どうでした? 感触は」
「いやあ、頭の中が真っ白で……なに喋ったか自分でもよく覚えてませんね」
「そんなふうには見えませんでしたよ。とても堂々としてらっしゃって」

アマイマスクの熱唱する歌声をバック・グラウンド・ミュージックに、ミクリヤが笑いながら言った。

「私よりずっと若いのに、すごいですよね。守るために強くなりたい、っていうあの台詞、とても感動しました」
「ネットとかで“いい子ぶってる”とか叩かれなきゃいいんですけれど」
「そんなことありませんよ! 全部うまくいってるんですから、そんなこと書き立てる人なんていませんよ、絶対」

自信ありげなミクリヤの宣言になんとなく気圧されて、ついつい「そうですね」と肯定してしまう。運営スタッフである彼女も、フェスの高揚感で相当ハイになっているらしかった。

「ネットの掲示板にたむろしてるような人たちには、もっと他に書くことがたくさんありますよ。なにせ、これだけの“大騒ぎ”なんですから」
「大騒ぎ……」

というか。
乱痴気騒ぎというか。

まさしくお祭り騒ぎ──というか。

「シキミさんが心配するようなことはありませんよ。あとは私たちに任せて、どうぞこのロックフェスを楽しんでください」
「ありがとうございます」

控え室に到着して、そこでミクリヤと別れた。衣装はそのまま置いておいてくれればあとで回収します、忘れ物がないように気をつけてくださいね、と言い残して、彼女は去っていった。小走りに通路を駆けていくその後ろ姿を見送って、休む間もないんだなあ、つくづく大変な仕事だなあ、とシキミは頭の隅でぼんやり感心した。

なにはともあれ、やっとこのド派手な格好から普段着に戻れるのだ。そう思ったら疲れがどっとのしかかってきた。やれやれ、と大きく息をついて、シキミは自分の肩を解すように揉みながら着替えに取り掛かるのだった。



「あーっ! シキミ来た! おーい!」

ツルコが急に大声を上げてぶんぶんと手を振りだしたので、サイタマもそちらを見た。ステージに立っていたときの衣装とは異なる、フェスTシャツにチェック柄のスキニーなボトムス、頭上にはダークグレーのキャスケット帽子というラフな出で立ちでこっちへ向かってくるところだった。もともと着ていた彼女の私服のようだ。

「先生! お疲れ様ですっ!」
「おー、お前もな。なかなかよかったよ」
「ほ、本当ですか!? 嬉しいです」

本当に心底から嬉しそうにはにかんで、シキミは頭を掻いている。そんな彼女を見ていると、さっきステージで“一生ついていきます”宣言されたことを思い出して、サイタマはなんとなく居心地の悪さを感じてしまう。しかし彼女本人はそんなことなど気にしていないらしく、至極あっけらかんとしている。度胸があるのか、はたまた単に鈍感なだけなのか。

「……まあ、後者なんだろーけど」
「え? なんですか、先生」
「なんでもねーよ」
「ていうかシキミあんたマジやばいって! アマイマスク様にちょー褒められてたじゃん! めっちゃやばいじゃん!」
「ツルコ、あれは社交辞令っていうのよ」
「あのアマイマスク様がそんなことするわけないって! あんたマジやばいって」
「やばい以外に語彙ないわけ?」
「だってやばいでしょ! どのくらいやばいかっていうとマジぱないくらいやばいんだって」

もはや暗号である。
最近の若い女子はこれで会話が成立してしまうのか、とサイタマは呆然とせざるを得ない。

「ジェノスさんとヒズミさんはいらっしゃってないんですね」
「あ、いや、あいつらもここで見てたよ。トークショーが終わって移動した。ヒズミが見たいバンドあるからって他のステージ行ったんだ。夜まであちこち回るらしいぞ」
「そうなんですか。ご挨拶したかったんですけれど」
「うち帰ってからでいいだろ。来賓ってわけじゃねーんだし」
「それもそうですね……先生はまだ会場におられますか?」
「うーん、どうすっかなあ。俺はお前のこと見に来ただけだしな……他の連中にさして興味もないし……」
「え、あ、どうもありがとうございます……」

シキミの頬が赤みを増したのに、サイタマは気づいていない。

「あたしはまだ食事を摂っていないので、フリーエリアの屋台でも回ろうかと思うのですが」
「弁当とか出なかったの?」
「……緊張して食べられませんでした」
「なるほど……じゃあ一緒に行くか。俺も小腹ちょっと空いてきたし。お前らはどうする?」

サイタマが気を利かせてツルコとヒメノにも訊ねたが、なぜか彼女たちは意味深にニヤニヤしながら顔を見合わせている。

「いえ、私たちは遠慮しておきます」
「どうぞ二人っきりでゆっくりしてきてくださぁい」
「お邪魔虫はここでライブ見てますから」
「…………お前ら……」

完全に面白がっていた──愉快犯だった。
お前ら年上を揶揄うもんじゃねーぞ、と言ってやりたいのは山々だったが、親友たちの発言の意図を汲めずにきょとんとしているシキミの前では憚られた。なんとも御しがたい。

「……行くか」
「はい! 行きましょう!」

シキミの元気のよい返事が心にちくちくと刺さる。

思わず零れそうになる溜め息を飲み込んで、サイタマはシキミとともに、いまだ興奮の冷めやらぬ会場をあとにするのだった。