Pretty Poison Pandemic | ナノ





五分ほどの小休止を挟んだのち、ステージに取りつけられた巨大な液晶に、目に痛い原色で構成されたアイキャッチとともに次の演目が表示された。

──“HERO'S TALK SHOW”と。

地鳴りのような拍手と大歓声が巻き起こる。

「お、遂にシキミの出番だな」
「そのようですね」
「お前も断らなきゃステージ立てたのによ」
「そういうのに俺は関わりたくないですから。人気商売をしているつもりはありません」

サイタマの揶揄にも、ジェノスは至って冷静である──というより、額から汗をだくだく流している様を見るに、ただ暑くて参っているだけなのかも知れない。首に下げている、フェスのロゴが印刷されたマフラータオルでしきりに汗を拭っている。

「はあん。ご高尚なこったな」
「ジェノスくんは頭が固くておいでだ」

少し温くなったスポーツドリンクを胃に流し込みつつ、ヒズミが言った。麦わら帽子の下にジェノスが使用しているのと同じ柄のタオルをマチコ巻きにして、そこに帽子の顎紐を伸ばして強引に抑えて留めている。どうにも野暮ったくて、農作業に勤しむおばちゃんみたいなスタイルだった。

「そんなことはない」
「せっかくイケメンなんだから、女の子たちに散々キャーキャー言われてくればいいのに」
「見てくれを褒められたところで嬉しくもない」
「さいですか」
「お前以外の異性にさして興味もないしな」
「ぷっ」

ヒズミの鼻からアクエリアスが逆噴射した。

「……またそういうこと言う……」
「嘘はついていない」
「暑さで脳味噌やられてんじゃねーの」
「ちゃんと正常だ。失礼なことを言うな」
「あーもー先生この色惚けサイボーグどうにかして」
「うるせえノロケてんじゃねえよ。殴るぞ」

そんなコントを展開している間に、壇上には司会進行役らしき男性と、そのアシスタントの女性ふたりが現れていた。ゴールデン・タイムのバラエティで何度か見たことのある顔だった。確か冠番組をひとつふたつ持っている人気お笑い芸人だったはずだ。陽気で気の利いたジョークで観客たちの笑いを誘い、会場の空気を温めているようだった。

「……さて、前振りはこのくらいでいいですかね!」
「ちょっと長すぎじゃないですか?」
「張り切りすぎですよ」
「自分が主役だと勘違いしてません?」
「やかましいわ! こっちだって今日ウケ取れるかどうかに今後の人生が懸かっとるんや!」
「うわあ、生々しいこと言いますねえ」
「仕事ごっそり減ればいいのに」
「彼女にも振られたらいいのに」
「えー、アシスタントの精神攻撃が怖いんで先に進みますねー」

また笑いが起こった。
お膳立てはどうやら万端のようだ。



「それでは早速ヒーローの皆さんに登場していただきましょう! どうぞー!」



(うわああああああ呼ばれたあああ)

シキミの心臓は果たしてもう破裂寸前であった。
がたがたと震えながら、しかし出て行かないわけにはいかない。他のヒーローの後ろについて舞台袖をあとにした。日陰で暗かった視界が明るく開けると──そこには。

視界いっぱいを埋め尽くすオーディエンス。
鼓膜が破れそうな黄色い声の大合唱。

気絶しそうだった。

順番に簡単な自己紹介をして、端にいたシキミは最後だった。
緊張のあまり声が引っ繰り返ってしまったが、客席の人々は「かわいいー!」と肯定的だった。それが殊更にシキミの羞恥を掻き立てて、チークの上からでもわかるほど顔が真っ赤になっていた。

彼女は今回集まったメンバーのなかでも頭ひとつ飛び抜けて見目がよく、人気も高いヒーローであるので、こういう順番になったわけなのだが、それを彼女自身が知る由もない。

まあ──しかし。
これから出てくる大スターと比べてしまえば、その知名度など天と地の差ではあるのだけれど。

「さて今日はもうおひとり、スペシャルゲストとしてお越しいただいてます! A級ランキングのトップ! 俳優に歌手にモデルにと大活躍中のアマイマスクさんです! どうぞー!」

その名前が出ただけで、これまでとは段違いに大きな歓声が──もはや悲鳴に近い叫び声が会場全体を包んだ。本人が舞台袖から優雅に歩いてステージへ出てきて、絶叫のボルテージは最高潮に達した。広場を囲む海を超えて、市街地にまで届くんじゃないかというような大音量だった。

イケメン仮面の名前は伊達ではなかった。
端正に整った顔立ちは魅惑的で、蠱惑的ですらあって、なんだかこの世の生き物とは思えないような、別次元のオーラさえ漂っている。背筋正しく姿勢よく、スタイルも文句なしで、毅然としていながらしかしどこかアンニュイでミステリアスな雰囲気も併せ持っていて、一般的な感性を持つ女性なら確かに一発でころっと落とされてしまいそうだ。

「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「はー、すごい歓声でしたねえ」
「照れてしまいますね」
「皆さん、興奮して倒れたりしたらダメですよー。本番はここからですからねー」

司会者がそんな台詞でまた笑いを誘っていた。本人は冗談のつもりで口にしたのだろうが、常人よりも遥かに視力の優れたシキミには、客席に立っていた何人かの若い女性がその場に座り込んでしまったのが見えている。意識を失って倒れた──というわけではないので緊急性は薄く、そういった事態のために配備されているスタッフがなんとかしてくれるのだろうが、それでも心配だった。同時にアマイマスクの影響力とカリスマ性を思い知って、なんとなく引いてしまう。

トークショーの内容そのものは無難だった。ヒーロー活動をしてきたなかでの体験談だったり、いつも心がけていることだったり、角の立たないインタビューが大半だった。シキミも訊かれたことに当たり障りのない返事をして、なにごともなく平穏に過ぎていった。

「毒殺天使ちゃんは女子高生なんだよね」
「あ、はい。そうです」
「学校生活はどう?」
「楽しいですよ。ヒーロー学生の両立は大変ですけど、充実してます」
「彼氏とかはいないの?」
「いません。今は忙しくて、そんな暇ないですね」
「えー? 若いのに、寂しくない?」
「寂しい……っていうのはわかりませんが、でも、友達とかが彼氏とデート行ったりするの見て、いいなあ、って思うことはありますよ」
「おい聞いたか野郎どもー! 毒殺天使ちゃんは彼氏募集中だぞー!」

司会者の煽りに、聴衆から野太い歓声が返ってきた。

「どういう人がタイプなの? やっぱりヒーローとしては、強くて頼りになる男がいい! とかなのかな?」
「どうでしょうか……あまり考えたことがないので、よくわかりません。圧倒的な強さを持っていて、心から尊敬している方ならいるんですが」
「え? そうなの?」
「こないだ弟子入りしたんです」
「へえ! それは初耳だなあ。男の人だよね?」
「はい。そうです」
「その人と、こう……どうにか……とかはないわけ?」

にやにやと笑いながらそんなことを問うてくる司会者に、アシスタントふたりが「ちょっと気持ち悪いですよ」「女子高生になんつーこと聞いてんですか」と突っ込みを入れた。それによってまたどっと笑いが起こる。

「ちょっと気になっただけやのに……それで実際、どうなの? そういうアレではないの?」
「とんでもないです。先生は素晴らしい方ですから! あたしなんかがそんな、おこがましすぎますよ」
「えー? 謙虚やねえ」
「憧れなんです。あんなふうに強くなりたい、って……それだけです。先生みたいになりたいんです」
「そんなにすごい人なん?」
「はい! あたし一生ついていきますっ!」



「あんなこと言ってっけど」

横目にヒズミがサイタマを窺うと、彼はハゲた頭を両手で抱えて項垂れていた。

「……あいつ……」
「こんな公衆の面前で人生を捧げます宣言するなんて、シキミちゃん、なかなかやるなあ。かわいい顔して」
「勘弁してくれよ……」
「いいじゃねーか。名前は伏せてくれてんだし」
「そういう問題じゃねーだろ」

呻くサイタマの隣で、ツルコとヒメノも苦笑いしている。
ジェノスは完全にダウンしていて、グロッキーで、会話に参加する気力もないようだった。

「あの子、学校でもいつも先生の話してて……」
「そうなんスよ。もー先生のこと喋るときだけテンション爆超っていうか。どんだけ好きなんだみたいな。ベタ惚れみたいな」
「やったじゃん先生! おめでとう!」
「おめでとう!」
「おめでとう!」
「エヴァ最終回かよ!! やめろ!!」

無邪気に盛り上がっている女子三人衆に悲痛な制止をかけて、サイタマは盛大に溜め息をついた。

「……どうすっかな……マジで……あいつ……」
「そんな悩むことねーじゃん。最近は歳の差カップル流行ってんだろ?」
「だからそういう問題じゃ」
「男らしく生きるのだサイタマ! 責任を取りたまえ!」
「うるせえ!! ヒズミお前マジで殴るぞ!!」

自分はジェノスにちょっかい出される度に狼狽しているくせに、他人のことになると嬉々として突っついてくるこの白髪頭は一体なんなのか。

「あんなかわいい女子高生に慕ってもらえる機会なんて短い人生そうそうねーよ? 据え膳おいしくいただいとけばいいじゃねーか」
「お前ゲスすぎるだろ……他人事だと思いやがって……」
「まあ、他人事だからな」
「この野郎ジェノスけしかけて乳揉みしだかせんぞ」
「……先生のその発想もそこそこゲスいよ」

心底どん引きした面持ちで、サイタマに軽蔑したような視線を向けるヒズミ。お前にだけは言われたくねーよ、とサイタマが反論しなかったのは、彼女の意見がまあまあ正鵠を射ていたからである。

あんなふうに幼気な十代の、しかも花丸満点の愛嬌を振り撒く少女に熱烈なアプローチ(本人は純粋にサイタマの強さを尊敬しているだけなので、厳密にいえば違う気もするが)を受けて──悪い気がしないわけがない。

ぶっちゃけ。
満更でもないと思ってしまっているのだ。

(……しょうがないよ、男だもの……)

良識ある大人としてまさか女子高生に手を出すわけにはいかないけれど、しかし間違いというのはどうしたって起こるものだ。なにかと謎の多い娘であるようだし、のちのち面倒くさそうな事態に発展する可能性は目に見えている。それでも──まあ、シキミが楽しそうなら、それでいいか、と半ば諦観に近い境地に達してしまっているのだった。

一体どうなってしまうことやら。
そんなサイタマの人知れぬ煩悶など置き去りにして、人気ヒーローたちによる夏の祭典は平和に過ぎていくのだった。