eXtra Youthquake Zone | ナノ





(……妙だな)

平然としたふうを装いながら、ヒズミは内心で訝しんでいた。

てっきり「あの爆破予告はヴァルハラ・カンパニーの自作自演である」ということは、既にバレているものだと思い込んでいたのだ。監視カメラなどを統括していたセキュリティ・システムのログが物理で破壊されてしまい、記録がなにも残っていないというのは聞いていたが、それでも状況証拠はいくらでもある。この国の警察とヒーロー協会の捜査能力は世界的にも高水準だ。原型を留めてはいないものの、ゴースト・シップになることなく『セント・クラシカル・ネプチューン』号が手元に戻ってきた以上、少し調べれば真相に辿り着くのは容易なはずなのだ。

ヴァルハラ・カンパニーの目論見を乗船前の作戦会議で聞かされたあと、ヒズミは“お師匠さん”と相談して「そんな馬鹿げた意趣返しのために一般市民を危険な目に遭わせてたまるか」という結論を出し、彼らの一世一代のマッチポンプを妨害して台無しにする道を選んだのだが──そして実際それは成功したのだが、どうにも腑に落ちない点がある。

あの極悪ロボット──“トール・ツインズ”の件。

作戦会議の段階で自分たちにあれらの存在を知らせなかったのは──船を沈めるつもりなんて更々ないと騙ったのは、妥当な判断だとヒズミは思っている。部外者に最終兵器の詳細をべらべら喋って漏らすのは得策とはいえない。ヴァルハラ・カンパニーにしてみれば、ヒズミも“掃除屋”もただの捨て駒に過ぎなかったのだ。船と一緒に海の藻屑になっても構わない、むしろ口封じになって都合がいい、くらいの扱いだっただろう。その程度は覚悟の上だったし、今になって文句を言う気はない。

トールと交戦したオープン・デッキで、ヒズミは己の能力による“尋問”を行っている。最初に目をつけた、チームの下っ端だったらしい男──コードネーム“トーテムポール”は、彼女の「今の揺れについて説明しろ」という“命令”に正解を返さなかった──否、返せなかった。いくら脳神経をダイレクトに電流で支配され、拒否権を強奪されたところで“知らないことには答えようがない“のだ。だからこそ彼女はあのとき、恐らく最も事情を把握しているであろうチームの頭に矛先を移した──小隊のリーダーだった“トリコロール”にも同じく電流による洗脳まがいの自白強要を行使した。

(あの隊長さんは自分たちのリーサル・ウェポンのことを知っていた。私の「あのロボットはなんですか」っていう質問に『ガーディアン・トール』と『ヴィング・トール』の名前を答えた。きっとビビった末端構成員の敵前逃亡と内部告発を防ぐために、限られた人間……組織に忠誠を固く誓っている、信頼に足るメンバーだけに真実を伝えてたんだ。あのとき隊長さん気絶してたから、実際にトールが動き出してもリアクションの取りようがなかったんだな)

──しかし。
船に致命傷を与えた──とどめを刺した爆発の件については、彼はなにも喋れなかった。

(あんなバケモノじみたロボットが一緒に乗ってることは教えられてたのに、証拠隠滅用に本物のダイナマイトが積んであるのは隠されてたなんて、ちょっと考えづらい……多分あれは、あの爆発はヴァルハラ・カンパニーの仕業じゃないんだ。第三者の横槍だったんだろうな。瓢箪から駒っていうか、嘘から出た実っていうか……)

拘束具に縛られながら、ヒズミはさらに思案を巡らせる。

(もしそうだとしたら誰がなんのために、そんなヴァルハラ・カンパニーを貶めるような真似を……まあ非合法なアレにも絡んでたみたいだから、いろんなところで恨み買ってただろうし、背水の陣に挑んでた彼らを滝壺に叩き込んでやろうって連中がいても不思議じゃないっちゃあ不思議じゃないんだけど……どうにも怪しいな。なんか嫌な感じだ)

ハイジの話によれば、彼が確認した監視カメラの映像に死角はほとんどなく、第三者が外部から侵入できるような穴は見られなかったそうだ。だからこそ内部関係者による犯行だと断定して、それを念頭に置いて動いていたらしい。それはヒズミも理解している。仮にも警備を任されていたのだから、セキュリティの事情を把握しているのは当然だ。

ヴァルハラ・カンパニーに敵の斥候が紛れていたのか、それとも招待客としてパーティーに潜伏していたのか──現時点では定かでないが、これから徹底的に洗う必要がありそうだ。

(……だけど)

わずかに唇を噛んで、ヒズミは項垂れる。

(私には、もう、それができない……)

ヒズミの表情の変化に、ヴァルゴはひそりと眉根を寄せた。彼女がなにを考えているのか読めないゆえの苛立ちから来る反応だったが、ごほん、と咳払いをしてごまかした。

「とにかく──“これから大変なことになる”のは、我々とて百も承知だ。貴殿には持てる情報のすべてを搾り出してもらう。覚悟しておけ」
「はあ……それはいいんですけど、でもそろそろ時間ですよね?」

ジェノスが幹部たちへ強引に取りつけたタイム・リミットが迫ってきている。しかしヴァルゴは動じることなく、

「そうだな。彼とは“協会での取り調べはなにがあっても三十分で打ち切る”という話で折り合いをつけている──“協会での取り調べは”な」

無慈悲にそう言い放った。

「……なるほど、そう来ましたか」

ははあ、と苦笑いで頷きながら、しかしヒズミには最初から予想がついていた。口約束の揚げ足を取って、端から自分を解放する気がないのはわかっていた。

「例の監獄にでも連れていくんですか?」
「察しがいいな。既に裏口に護送車を回してある。彼には申し訳ないが、事件の早期解決のためだ。貴殿を野放しにするわけにはいかない」
「抜け目ないですね。さすがヒーロー協会」

ここまで窮地に陥っても焦燥を見せないヒズミに、ヴァルゴの方が脂汗を滲ませていた。威圧的でもなく、高圧的でもないのに、それが逆に得体の知れない迫力を醸し出しているような──

「それなら、早くしないといけないんじゃないです? 時間になったら飛んできますよ、あの子」
「貴殿に心配されなくとも、そのつもりだ。トリスタン、隠し通路のシャッターを開けろ。大至急──」

椅子から立ち上がって毅然と指示を飛ばしかけたヴァルゴの口が、開いたまま硬直した。
その目線は、まっすぐ会議室の入口の方へ固定されている。
そこに立っていた人物に──釘付けになっている。

「──随分とみっともないわね」

扉にもたれかかり、腕を組んで、冷めた眼差しでこちらを睨んでいる、背丈の小さい華奢な女性。
黒いロングドレスのスリットから覗く細い左脚を軽く曲げて、壁に踵をつけている。

「せ……戦慄のタツマキ……!」
「そんな小悪党みたいな狡賢いことして、恥ずかしいと思わないわけ?」

真正面から投げつけられた冷罵に、幹部たちは揃って青褪めていた。事実上S級のトップであり、最強ヒーローの肩書きを担う彼女の登場は完全に予想外だったらしい。面白いくらいに狼狽えている。

「な、なぜあなたがここに……」
「事件の解決に大きく貢献した人物が不当に虐げられてる、って聞いたから来てみたのよ。そしたらこのザマ。いい加減にしなさいよ、あんたたち。投獄する相手を間違ってるんじゃない?」

どうやらタツマキがひどく立腹の様子なのは、その場にいる全員が察していた。ヒズミだけが平然と──多少ばかり驚きはしているようだが、取り乱しているふうではない。

「タツマキさん。どうも」
「あんたもなに黙って大人しくしてんのよ。怒るわよ」
「はあ……なんだか、すいません」
「すぐに謝る癖を直しなさいって言ったでしょ?」

意味もなくへこへこしているヒズミを鋭く叱責して、タツマキは絶対零度の目をヴァルゴに移した。気性の激しいエスパーの怒りに満ちた視線に射抜かれて、びくりと肩を震わせてしまった彼を咎めることは誰もできないだろう。

「その子は私が預かるわ」
「! そ、それは──なりません!」
「どうして?」
「彼女は……“ホワイト・アウト・サイダー”は複数の凶悪事件に関わった重要参考人です。監視を外すわけには」
「私が責任を持って監視するわよ。それなら文句ないでしょ?」

タツマキの進言に、ヴァルゴも他の重役も二の句を継げずに口を噤まざるを得なかった。弦を引き絞るような息苦しい沈黙に支配されかかった室内へ、新たにジェノスが参入してきたことによって、さらに緊張の密度が増した。

「……なにをしている?」
「遅いのよ、あんた。なんなの? また寝てたの?」
「なにをしていると訊いているんだ」

タツマキの小言は、もはやジェノスの耳には入っていなかった。視界にさえ収めていなかった。彼が見据えていたのは──人権も尊厳もすべからく無視され、芋虫のように雁字搦めに拘束された、痛々しいヒズミの姿だけだった。

「ヒズミの体に負荷を与えるようなやり方はするなと、言わなかったか、俺は」

静かに燃える純度の高い怒気が、じりじりと空気を焦がしていく。

「あ、えっと、ジェノスくん、私は別に大丈夫だから……」
「お前は黙っていろ」

短く遮って、ジェノスは前に出た。ヒズミの隣まで歩み寄って、腕を振り上げたかと思うと──握った拳の底で、分厚いテーブルの板を一撃のもとに叩き割った。

恐慌の悲鳴もない。轟音に全員が竦み上がって、声すら失っていた。卓上に並べられていた書類が紙吹雪のように舞って、ひらひらと床に散らばった。

「──次はないと思え」
「…………っ」

歯噛みするヴァルゴに背を向けて、ジェノスはヒズミの傍らに屈み込んだ。一切の自由を封じるためにきつく締められた幾本ものベルトに、悲愴な表情を浮かべる。

「すまなかった。俺のせいだ」
「え、いや、ジェノスくんが悪いわけじゃ」
「お前を守ると言ったのに」
「……そのお言葉だけで光栄ですよ、ビリビリ女は」

ジェノスを安心させようと飛ばしたジョークが、却って罪悪感を煽ってしまったようだった。ヒズミはやれやれと息を漏らす。

「もう気は済んだでしょ。さっさと行くわよ」
「待て。これを解かなければ──」
「必要ないでしょ」

さらりと吐き捨てたタツマキにジェノスが目くじら立てる隙もなく。
ヒズミが勢いよく腰を上げたかと思うと──

「よいしょーっ!」

ひとりでにベルトが弾け飛んだ──否。
ヒズミが己の腕力のみで、頑丈な拘束具を内側から引き千切った。

「…………………………」

タツマキを除いた一同が唖然としているのを尻目に、ヒズミは凝り固まった筋肉を解すようにぐっと伸びをしている。

「あー、窮屈だった。しんどい」
「ヒズミ、お前……」
「ごめんね。従順な振りしといた方がいいと思ったから……さて」

腰を抜かしている幹部たちをぐるりと見渡して、ヒズミは頭を下げる。

「それじゃあ私はお暇します。もう逃げたりはしませんので、どうぞご安心ください。明日にでもまたお伺いして、全部お話しますよ。今日は疲れちゃったんで、寝かしてやってください。ではでは、おやすみなさいませ」

そんな台詞を残して、一足先に踵を返していたタツマキに続いてヒズミは会議室を去っていった。ジェノスもその背中についていった。誰も振り返らなかった。残された幹部たちは一様に恐慌と疲弊の綯い交ぜになった複雑な面持ちでそれを見送って、そのうちの一人が零した激昂の叫びに、無言の賛同を示していた。

「……化け物どもめ!」