eXtra Youthquake Zone | ナノ
立て続けに追加で発射されたミサイルは、今度はシキミに照準が合わせられていた。煙の尾を引きながら飛んでくる焼夷弾が空を裂いて吠える声に、ハイジの「ぎゃーっ!」というかわいげのない悲鳴が掻き消される。しかしシキミは顔色ひとつ変えず、左手に握っていた銃を──グリップ部分に対してバレルがやけに太くて長い、望遠レンズを取りつけたカメラみたいにアンバランスな形状をしたそれを明後日の方角に向けて、躊躇なくトリガーを引いた。
ぱきゅんっ! という、独特の発砲音──そこから射出された弾丸もまた、特殊な構造をしていた。携行に適した小型の水筒に似た、鈍い銀色に光る円柱状の塊が、天高く打ち上げられる。底にくっついたプラスチックのカバーの内側で、なにやらランプが緑色に点滅していた。
ミサイルが再びぐるんと方向転換して、さっきの一発と同じように、遠い彼方で花火になった。シキミが放った弾丸を追うような──“追わせられた”ような動きだった。
(……信号弾か!)
ジェノスの憶測は的を得ていた。恐らくヴィング・トールが自ら解析した生体反応をパターン化し、ミサイルに内臓された追尾装置にリアルタイムで送信することで、精密に標的を狙う仕組みになっているのだ──その電波を撹乱して上書きしてしまえるだけの強力な信号弾で妨害すれば、連携を無効化できる。
油断することなく次弾の装填を完了させたシキミの横で、ハイジは真っ青になってへたりこんでいた。フルマラソンを終えたランナーのように息を切らしながら、びっしょり汗をかいている。
「し、死ぬかと思った……!」
「大丈夫ですよ。ていうかハイジさんじゃないですか、信号弾を撃てばミサイルを逸らせるって言ったの」
「いや、確証があったわけじゃなかったし……賭けだったし。あの手の追尾式兵器を信号弾で落とすっていうのはテンプレートだしね……あんなバケモノじみた機動力のロボットに通用するかどうかは、やってみなきゃわからなかったよ」
「結果として賭けには勝ちました。ハイジさんのお陰ですよ。胸を張ってください」
ハイジを安心させようとしているのか、シキミは穏やかな微笑を浮かべている。しかしその温和な表情とは裏腹に、彼女が次の手として打った行動は無遠慮で無慈悲で猟奇的だった──丈夫な革のベルトで背負っていたフルオートのガトリング砲を、窓から突き出すようにして、ヴィング・トールに向けたのだ。
「──さて」
シキミの顔から、すっ、と笑みが消えた。
体を安定させるために窓枠へ片足を掛け、ぞっとするほど酷薄に目を細める。
「反撃といきましょう」
底冷えのする声音でぼそっと囁いて、シキミは安全装置のレバーを引いて解除した。そして間髪入れずに引鉄を絞る──掘削機が岩盤を穿って掘り進むような騒音が、一帯を蹂躙する。
かなり離れた位置にいたトゥイーニィとジェノスですら、思わず耳を塞いでその場に伏せるほどの衝撃だった。空気の振動そのものが鼓膜を刺激する攻撃となっていた。道路工事現場のド真ん中だって、もう少し慎みがあるだろう。乱射魔と化したシキミのすぐ傍に居合わせたハイジは言わずもがな、目を白黒させて卒倒しそうになっている。サイタマは平然として、ヴィング・トールに降り注ぐ弾雨を眺めていた。
性能を落とした普及版のガーディアン・トールでさえ、ジェノスの焼却砲をものともしなかったのだ。完全体ともいうべきヴィング・トールにただの鉛弾をいくつブチ込んだところで、ダメージを与えられる道理はなかった──ただの鉛弾なら。
サイタマは彼女の二つ名を思い出す。
すなわち──“毒殺天使”。
試験管を模した形をした銀の矢が乱れ飛んで、ヴィング・トールの装甲に着弾して、割れて砕ける──そこから零れた薄紫の粘性を含んだ液体が、少しずつ鋼鉄の鎧を溶かしていた。強い振動などの外的要因が加わることで分子の結合が乱れ、化学変化を起こし、強酸性の劇物に変化するタイプの猛毒だった。
“こんなこともあろうかと”万全を期していたのは、ジェノスだけではなかった。
シキミもまた、人知れず己の最善策を整えていたのだった。
まさか必要になるとは思っていなかったけれど──ぶっちゃけ壇上でのスピーチに緊張しすぎて、操舵室の金庫の底を漁って見覚えのある木箱を発見するときまで、それらの弾薬を持ち込んでいたことすら忘れていたのだけれど。
とにもかくにも、結果オーライである。
じゅうううううううっ──と、ヴィング・トールのボディの表面がたちまち溶解していく。重要な回路にまで影響が及んだのか、無数のスパークが散っていた。一縷の隙もない連射に抵抗らしい抵抗もできず膝をついて、無様にもがいている。
(い、ける、か……っ!?)
銃身が触れたら火傷してしまうほどの熱を帯び、蒸気を立ち上らせるまで撃って撃って撃ちまくって、もはや原型すら失いつつあったヴィング・トールはゆっくりと足掻くのをやめた。どうやらようやく機能を停止したらしいと判断したシキミは、ぜいぜいと肩で息をしながらトリガーから指を離した。
──のが、過ちだった。
けたたましいサイレンがヴィング・トールの巨体から鳴り響いた。警告を示す機械音を発しながら、ヴィング・トールの頭部に点灯するふたつの眼が激しく明滅を繰り返している。なんらかの反撃の予兆か──と、一同は身構える。ジェノスはすかさず生体反応を探るセンサーを集中させて、ヴィング・トールの体内の熱量が急激に増幅しはじめていることを察知した。
後先を考えない高密度の力の暴走。
無理矢理に集束されていく途轍もないエネルギーの圧縮。
それが導く結果を、ジェノスは深く知っていた。
自分にも搭載されている最終手段と同じ──
「先生!! 早くそいつを海へ!!」
「は!? なに!? 海!?」
「自爆する気です!!」
ジェノスの叫び声に、サイタマは瞬息で地を蹴った。ぐずぐずに溶けかけたヴィング・トールの胴体に抱きつくようにして持ち上げる。シキミの調合した溶解液によっていくらか体表を削られたとはいえ、それでも中流家庭が住まう一軒家くらいの体積がある巨大ロボットを、ひょいっ、と軽く担いでしまったサイタマに、トゥイーニィは顎が外れるんじゃないかというくらい口を開けて唖然としていた。
「なッ……なン、ちょッ、おま、マジかよッ!」
「危ないから伏せてろよ、メイドさん」
こともなげに言って、サイタマは砲丸投げの選手のように、体幹を傾けて振り被る──片手で難なくヴィング・トールの超重量級のボディを支えながら。
そして思いっきり、黒々と凪いだ海に向けて、自爆寸前のヴィング・トールを放り投げる。ロケットのごとく夜空に射ち出されて、月まで届きそうなほど高く打ち上がって──ぐるん! と、その巨躯が空中で翻った。
「えっ?」
よくよく目を凝らしてみれば、ヴィング・トールの“かつて脚部だった”位置から、車のマフラーに似た噴出口が突き出ている。そこから猛烈な勢いで炎が噴いていた。空中機動用のジェット・エンジンの推進力をフルに使って、強引に向きを変えたのだ。がくがくと揺れながらも滑空して、再び船上に舞い戻ってくる。
「おいおいおいおいおいこっち来んな! バカ!」
サイタマがあたふたと両手を振り回しながら狼狽えるも、なんの功も奏していなかった。その間にもヴィング・トールは喧しい警報とともにぐんぐん降下してくる。
このままでは自爆される前に、落下の衝撃で船が折れてしまう──いよいよ覚悟を決めなければならないか、とジェノスは無意識にヒズミの背中に回した腕へ力を込めていた。
「──先生!」
呼んだのはシキミだった。窓の縁に体を横向きにして座り、さっきとは違う銃を両手で構えている。彼女自身の背丈くらいはありそうな細長いバレルに、プラスチック製のスコープがついた、遠距離射撃に用いられるスナイパー・ライフルだった。持ち運びしやすいよう分解していたのを、今の十数秒のうちに組み立てたのだった──もはや曲芸といっても遜色のない早業だった。
A市を襲った宇宙海賊団ダークマターの幹部を本部のハッチから狙い撃ったときにも使った、大型セミオート式アンチ・マテリアル・ライフル『ドクター・キリコ』を小型化した代物である。いくらか性能は落ちるけれど、破壊力は劣るけれど、射程距離は縮まるけれど──それでもこの程度のレンジならば、問題なく役割を発揮できる。
「お願いしますっ! あいつをもう一度、船から遠ざけてくださいっ!」
「シキミ!?」
「あとはあたしが仕留めます!」
サイタマは迷わなかった。
疑わなかった。
シキミが──誇るべき弟子が、そう言うのなら。
すべて任せておけばいい。
次の瞬間、サイタマが跳躍した。その衝撃で甲板に蜘蛛の巣状の罅が入る。ジェノスとトゥイーニィとハイジが見上げる視線の先で、サイタマはタキシードの上着の裾をはためかせながら、拳を握った。
「ご乗船、どうもありがとうございましたッ!」
快哉と同時にサイタマのストレートが炸裂して、ヴィング・トールの胴体に風穴が空いた。船体から遠ざける前に爆発されてしまってはたまらないので、そこそこ手加減したつもりだったのだけれど──思ったよりシキミの乱射が効いていたらしかった。再び星空の果てへ吹っ飛ばされながら、ヴィング・トールは砕けた装甲の破片と、内部に犇めいていた複雑な機器の残骸を海面に撒き散らしていく。
サイタマの一撃によって破損した箇所からタンクのようなものが覗いているのを、シキミはスコープ越しに捉えた。何本ものチューブがそこから伸びて、全身に行き渡っているらしかった──液体燃料を積んでいるのか、はたまた発電装置でも内臓しているのかはわからないが、あれがヴィング・トールの“心臓”なのは間違いなさそうだった。
「どうぞ今度は、空の旅をお楽しみください」
誰にも聞こえない細い声で呟いて、シキミはトリガーを絞る。
一秒にも満たない間が、やけに長く感じられて──
放たれた弾丸は狙い違わずヴィング・トールの核を貫いて、遥か船上に特大の花火を咲かせた。