eXtra Youthquake Zone | ナノ





「はあ!? 巨大ロボットぉお!?」

その頃──操舵室に駆け込んで、メリッサから事情を聞いたサイタマは、彼女の言葉を鸚鵡返しで素っ頓狂に叫んでいた。シキミは愕然とするあまり声も出ないようだった。

「なんだそれ!? そいつが暴れてんのか!? さっきの揺れはそいつのせいなのか!?」
「ちょっ、あの、冗談ですよね……?」
「わ、わかりません……あなたがたのお連れ様の、銀髪の男性から聞いただけなので……実際に確認したわけでは……」
「銀髪……ああ、ハイジだな」

いくら彼が人生経験に乏しい“子供”とはいえ、こんな非常時につまらない嘘をつくような阿呆ではないのはサイタマも知っている。ということは、つまり真実なのだ──巨大ロボットが船上で暴れている、というのは。

「そんで、ハイジはどこ行ったんだ?」
「え、えっと……ジェノス様から預かっていた武器を持って、彼に届けると言って出て行かれました。そこの金庫に、緊急時用に確保しておいた他の武器と一緒にしまっておいたので……」
「……っていうことは」
「もうそのロボットとジェノスさんが戦ってるかも知れませんね」

サイタマとシキミは顔を見合わせて、互いに目配せをする。

「あたしたちも行きましょう」
「そうだな。早くそのロボット止めねーと、爆弾どうこうの前に船まっぷたつになって沈んじまう」
「メリッサさん、金庫の中を見せていただけませんか。使えそうなものがあったら、お借りさせてください」

シキミの申し出に、メリッサは壊れた人形のように首を縦に振るしかなかった。この窮地を脱せるならもうなんでもいい、ピストルでもマシンガンでも勝手に持って行ってくれ──そんな気持ちでいっぱいだった。

「先生は先に向かってください。あたしも後から合流します」
「わかった。お前が着く前に終わってても怒るなよ」
「怒るもなにも、それが一番いいですよ……」

冗談なんだか本気なんだかわからない口振りのサイタマを苦笑混じりに見送って、シキミは金庫に詰められた銃火器類の物色に入った。煌びやかなパーティー・ドレスで拳銃のグリップの握りを確かめたり、強化改造されたライフルを肩に載せて構えたり、そうして戦闘態勢を着々と固めていく姿はとても画になっている。

「……あの、毒殺天使様」
「なんですか?」
「一枚お写真を撮らせていただいてもいいでしょうか」
「ええっ? 写真ですか?」
「次期ヒーロー試験の募集ポスターに使えるかと思いまして……」
「……………………」

そういえばメリッサは広報部の所属なのだった。

混乱の極地にあっても己の職務を忘れないプロ根性の持ち主なのか、はたまた単純に緊張の糸が切れて開き直っているだけなのか──どちらにせよ、この場で宣材写真の撮影を依頼するなんて普通の神経ではない。不慣れな最前線での活動に四苦八苦している印象しかなかったが、彼女もなかなかどうして大した人間のようだ。そうでなくてはヒーロー協会員なんて勤まらないのかも知れないけれど。

はてさて──なにはともあれ。
激動の豪華客船『セント・クラシカル・ネプチューン』号の航海が終わりを迎える瞬間が、いよいよ近い。



シンデレラが突き出した左腕から、光線が迸った。

空を裂いて奔った極太のレーザービームが、ジェノスを締め上げていた第三の腕を紙切れのように焼き切った。圧迫から解き放たれたことで、ジェノスの体内に巡らされた擬似神経による駆動システムが徐々に正常な機能を取り戻していく。しかし彼のボディを制御する回路が完全に回復する前に、トールの右手が中空に投げ出されたジェノスの体躯を羽虫のごとく払い飛ばしていた。

抗う術はない──軽々と吹っ飛ばされて、ジェノスは船の外へ叩き出されてしまう。

海面へと弧を描きながら、ジェノスの義眼は目まぐるしく変わりゆく光景を映していた。またもやなにかを喚いているらしい必死の形相のハイジと、なぜかニヤニヤ笑っているトゥイーニィと、満天の星空の向こうにはまっすぐこちらへやってくる飛行物体──どうやらヘリコプターらしい。空路を照らすためのライトが皓々と灯っている。そしてシンデレラは──甲板を横切って、躊躇いなくジェノスを追って跳んだ。

放物線の軌跡に乗って落下していくジェノスを掴もうとするかのようにシンデレラはめいっぱい腕を伸ばしているが、既にかなりの距離が開いてしまっている。届くわけがなかった。

このままでは二人ともども海の藻屑と化してしまう。
先にシンデレラの体が傾いて、ゆるやかに下降していく。
それを見ても、助けられない──その手段がない。
身を焦がすような悔恨と無力感に奥歯を噛み締めたジェノスだったが──

「………………!?」

シンデレラの棒切れのように細い足が、なんと黒い水面に着地したのだ。
沈まない。バランスを崩しさえもしない。確かに踏ん張って、そして再び高々と跳び上がった。

その瞬間、シンデレラの足元から黒い粒子が立ち上った。ざらざらと尾を引いて、シンデレラを追尾するように流れて──左腕に巻きついたかと思うとみるみるうちに固着して、元通りの、重厚感ある籠手の形状に戻った。その正体は無数の“砂鉄”──それらが電磁力によって操られ、自由自在にその姿を変えているのだった。

今度こそ、シンデレラはジェノスに追いついた。
ほとんど飛びかかるような勢いで、両腕でホールドする。
がっしりと──強く強く、抱きしめる。

この感触には、覚えがあった。
優しく包み込むような。
柔らかく絆されて、溶かされるような。
そんなかけがえのない温もりを。
いつか、どこかで──

いつの間にかまた、籠手がなくなっていた。それをジェノスが認識する間もなく、シンデレラは彼を抱えた姿勢のまま器用に体を反転させて、縦に構築した足場の壁に立つ。そしてすぐさまシンデレラが足元からスパークを発生させたかと思うと、ふたりの体は磁気浮上式のリニアモーターカーの要領で、すさまじい速度で射出された。海面に飛沫を上げながら、滑るように飛んで──シンデレラはトールの横っ面に強烈なドロップキックをぶちかました。体当たりの高出力レールガンをまともに食らったトールは甲板を無様に転がり、瓦礫の山に頭から突っ込んでいった。

その勢い余って、シンデレラとジェノスも同じくビルディングの残骸に激突する羽目になった。堆く積もった鉄筋の頂上に墜落して、その衝撃でシンデレラが頑なに被っていたヘルメットが粉々に砕けて外れていた。

秘められていた素顔が、月明かりのもとに晒される。
そこで初めて、ジェノスはどうしてそいつが“シンデレラ”などというお高く留まったコードネームで呼ばれていたのか──その理由を知った。

シンデレラというのは、語るに及ばない有名な童話の主人公を指す名称であるが──その語源は“灰被り”という、とても高貴とは言いがたい裏の顔を持っている。朝から晩まで休みなく働いて、灰と埃にまみれて真っ白になりながら生きる女性──そういう由来なのだ。

そういう意味合いによるものなら──
なるほど、確かに“彼女”はシンデレラだろう。
凛と美しい純白の生き様を貫く彼女には、それ以上ないほど似合いの名前だ。

それは燃え尽きた灰の色であり。

透き通るような肌の色であり。
異質を象徴する肌の色であり。
絶えず吐き出す煙の色であり。



それは──曇天を裂く雷の色である。



「……あーあ、バレちゃったなあ」

ずっと聞きたかった、愛しい愛しい声だった。

毛先の跳ねたベリーショートの髪は、自然には有り得ないほど色素が薄い。眉も睫毛も同じであった。切れ長の目に宿ったふたつの瞳だけが、呑み込まれそうなくらい深い蒼に輝いている。

「お、まっ……お前……」
「どーもです」

悪戯っぽく笑って、おどけたふうに小首を傾いで、しかしほのかに頬が赤らんでいる。

ああ、夢でも見ているのだろうか──と思った。
しかし思わず伸ばした掌が触れた彼女の肌は、確かに現実のものだった。はにかんで息を漏らす仕種も、そっと自分の機械仕掛けの手に重ねられた指のぎこちなさも──ずっと求めていた、愛しい愛しい温もりだった。

──ずっと会いたかった、愛しい愛しいひとだった。

「お久し振りちゃん、ダーリン」