eXtra Youthquake Zone | ナノ





夜闇を割って炸裂した灼熱の眩い白光が、ロボットの中央、どてっ腹に直撃した──が。
無傷だった。
ノーダメージだった。
装甲から薄く煙を立ち上らせているだけで、まるで堪えた様子がない。

「──なッ……!」

ぐるん、と、巨人型機械兵器の──“ガーディアン・トール”の赤い双眸がジェノスを見下ろした。今の衝撃が攻撃によるものだと──自身への妨害行為だと認識したらしい。騒々しいモーター音を撒き散らしながら、蛇腹状の腕を振り上げて、平手を繰り出す。間一髪で躱したジェノスの視線の先で、落下防止の柵が粉微塵になって海に落ちていった。

「オイ、効いてねェじゃん! しッかりしろよ!」

どこからともなくトゥイーニィが檄を飛ばしてきた。その影を探してみれば、なんと彼女は瓦礫のバリケードに身を隠して、堂々と保身に走っているではないか──船と乗客の命を守るために危険を顧みず謎のロボットと戦おうという気はさらさらないようだった。

「こそこそ隠れてないで、お前も攻撃したらどうだ!」
「冗談こくな! ナイフがサクサク刺さるようなタマかよ、このデカブツが!」
「他になにか通用しそうな武器はないのか! ヴァルハラ・カンパニーから支給された装備とか、なにか持ってないのか!」
「銃なンて野暮ッたいモンで戦うくらいなら逃げた方がマシだ! 美しくねェ!」
「なにを馬鹿なこと──をッ!」

次々と飛んでくる殴打の嵐を避けるだけで精一杯だった。関節のない柔軟な腕による打撃のラッシュは不規則で、どうしても次の手が読めない──反撃できる隙がない。ジェノスはなるべく船体が巻き添えを食って壊されないよう細心の注意を払いながら飛び回って、勝算を見出すべく、敵を隅々まで観察する。

(こいつは恐らく、内臓バッテリーのエネルギーによって稼働しているタイプのマシンだ。周囲に民間人のいない地上での戦闘なら充電切れを待つ手もあるが、ここは船上だ。悠長に構えてはいられない……しかし装甲が硬い。俺の焼却砲が通用しなかったんだ、並大抵の火力じゃ足止めさえできないだろう)

二発、三発と立て続けに焼却砲を叩き込んでみたが、やはり効果はなかった。頑丈な鉄鋼の鎧に、罅ひとつ入れられていない。まるで歯が立たない──今の威力では。

ガーディアン・トールの注意がセレモニー・ホールのある前方の棟へ逸れないよう、できるだけ後ろへ回避行動を続けるジェノスは、ジレンマを抱えていた。こんなこともあろうかと持ってきておいた、あの“強化パーツ”──あれを起動して換装することができれば、焼却砲の威力は数倍以上にも跳ね上がる。かつてZ市を襲った隕石に対してしたように、その状態で一撃に全エネルギーを集中すれば、あんなロボットなどただの鉄屑に等しい。水平線の彼方まで吹っ飛ばせるだろう。

しかしその強化パーツは、現在メリッサに預けてある。操舵室の金庫に保管してあるはずだ。連絡する手段を持たない以上、回収するためにはジェノスが自ら操舵室へ向かわなければならない──が、ジェノスは敵に標的と認識されてしまっている。ジェノスが走ったら、脇目も振らずに追ってくるだろう。そうなれば、操舵室と同じ棟にあるセレモニー・ホールに危害が及ばないとは限らない。機体にヴァルハラ・カンパニーの関係者が搭乗して操縦して制御しているのなら話は別だが──相手がマニュアルなのかオートマティックなのか確証が持てない以上、賭けに出るのは危険すぎた。

トゥイーニィに任せようにも、いまいち期待できない。囮役なんて死んでもごめんだと一刀両断されるのは目に見えていた。いっそ彼女に操舵室まで強化パーツを取りに行ってもらうか──しかしメリッサは彼女の素性を知らない。メイド服の女に「本人から預けておいたものを返してもらってくるよう代理を頼まれた」なんて言われたって、信用してくれるかどうか怪しいものだ。譲渡を渋られかねない。一刻の猶予もない現在の戦況で、そのタイムロスは痛い。重要な武器だから丁重に扱え、と伝えておいたのが仇になってしまった形だった。

(過ぎたことを言っても、仕方がない──それしか道はない。勝算は低いが……最悪メリッサには少し“寝て”もらって、強奪すればいいだけの話だ)

顔色ひとつ変えずに物騒な判断を下して、相変わらず瓦礫の山に身を潜めて激闘を見守っていたトゥイーニィへ救援を要請しようと、ジェノスが息を大きく吸った──そのとき。

「ジェノス氏いいいいいいっっっ!!」

デッキに響き渡ったのは──ハイジの大音声だった。

ガーディアン・トールの巨体越しに、彼の姿が見えた──巻き添えを食らわすまいと距離を開いていた建物の、その最上階の窓から身を乗り出していた。その両手が掲げているのは、黒いアタッシュケース型をした、勝利への布石──

「どうも! お待たせしましたああああっ!」
「……あいつ……!」

信じられない、というふうに目を瞠りながら、しかしジェノスの口の端は緩んでいる。ジェノスがここで既に戦闘に入っていることを見越して、先回りしてメリッサからパーツを回収してきたのだ──全知全能のプロトタイプ、アカシック・レコード・イミテーションの本領発揮といったところか。

唸りを上げて迫る掌底を転がって避け、ジェノスはハイジに向けて叫ぶ。

「電源を起動して、そのまま落とせ! 投げろ!」
「そんなこと言ったってー! こっからじゃ届かないよー!」
「いいから! あとは俺がなんとかする!」

なんとかする──とは言ったものの、具体的に策があったわけではなかった。イチかバチかの出たとこ勝負──だったのだが。

「坊主! こっちだ! 落とせッ!!」

いつの間にかトゥイーニィが陰から飛び出していた。重心を低くして、滑るように駆ける──足場の悪さを感じさせない疾走で、ほんのコンマ数秒で壁際まで到着して、なんとそのまま白い壁面を駆け上がっていった。

己の脚力のみを頼りに、重力法則を完璧に無視して、地面に対して垂直に聳えるビルディングを登っていく。

「ハイジ! そいつに向かって落とせ!」
「……ええーい! どうなっても知らないからね!」

歯を食いしばって、ぱっ──と、ハイジは手を離した。
支えを失い空中へ放り出された黒い箱めがけて、トゥイーニィは壁を蹴って宙を舞い、パニエで膨らんだメイド服のスカートから伸びる脚を振り上げて──華麗なオーバーヘッドキックを決めてのけた。

芸術的なシュートが炸裂して、狙い違わずジェノスのもとへと飛んだアタッシュケースがひとりでに開いて、複雑なギミックで変形して──ジェノスの体を覆い、攻撃力を底上げする鎧となる。

トールが警戒のためか、殴打の嵐を停止させた。じっと無機質な双眸を光らせて、ジェノスを観察している。この好機を逃すわけにはいかない。ジェノスは砲口に全神経を集中させて、フルパワーの焼却砲を放つためのチャージを始める。所要時間は約五秒程度──その間どうにか凌がなければならない。

ジェノスの右掌へ急激にエネルギーが集まっていくのを感知したのか、トールが素早く動いた。残り四秒。目にも留まらぬ速さで撓って叩きつけられた両腕のプレスを、ジェノスは思いっきり跳躍して回避する。残り三秒。足場のない地上およそ十数メートルで体勢を整え、トールの胴体へ砲口を翳す。残り二秒。

きゅいいいいん──と、パーツの鳴く甲高い声。
砲口にじわじわと高熱の光が灯る。
残り一秒。

トールの背中が割れて、そこから現れた三本目の腕が──ジェノスを掴んだ。

「──なっ……!」

ぎちりと拘束されて、自由を封じられる。
文字通り“奥の手”だった──迂闊だった。

握り潰そうと食い込む太い指を振り解こうにも、空中ではろくに身動きが取れない。みしみしみしっ、と嫌な音がして、許容を超えた圧力のせいで知覚器官に影響が生じたのか、視界にノイズが入る。電波環境の劣悪な場所に置かれたテレビみたいに画面がブレて、色彩さえも正確に捉えられなくなった。それでもハイジが窓枠から転げ落ちるんじゃないかというほど前のめりになって、なにかを叫んでいるのは逆さに見えた。

そしてその背後から──何者かがこちらへ疾風のように走ってくるのも。
そいつの左腕を頑強そうに包んでいる籠手も。
しっかりと見えた。視認できた。

(あれは……“シンデレラ”か……!)

そのシンデレラがハイジの横をすり抜けて、窓の縁に足を掛けたかと思うと、次の瞬間には紐なしバンジーを決行していたのも把握できた。トールの頭が半回転して、いきなり躍り出てきたシンデレラを捕捉する。それと同時に──否が応にも目立つ存在感をひけらかしていたあの籠手が、音もなく消滅した。

強化繊維製の防護服を纏った細腕が剥き出しになる。
鉤のように曲げた、その指先から──火花が弾けて散ったのも。

ジェノスには、しっかりと見えていた。