eXtra Youthquake Zone | ナノ





「……お前は……」
「あァ?」

いそいそとスカートの裾を直していたトゥイーニィが、ジェノスの呆けたような視線を受けて、怪訝そうな顔をした。なんだ強すぎてビビったのか、とでも茶々を入れてやろうと思ったが、どうやらそうではなく、なにやらただごとではなさそうだったのでやめておいた──それくらいの空気を読む能力は、豪放磊落を限界まで突き詰めた彼女にも備わっている。

「ンだよ、言いたいことがあンなら言えよ」
「……………………」

急かされても、言葉が出なかった。訊きたいことは山程あるのに、喉に痞えて、呼吸まで苦しい。

「……お前が“掃除屋”なのか?」

やっとのことで声を絞り出したジェノスに、トゥイーニィはあっさり頷いて、

「あァ。こっちの業界じゃア、その名で通ってンよ。なんだ? 知ってたのか? まったく有名人はツラいぜ」

おどけて肩をすくめたトゥイーニィに、ジェノスは弾かれたように詰め寄っていた。なんのいわれもないのに胸倉を掴まれて、普段のトゥイーニィならば即行でブチ切れて容赦なくハリネズミにしているところだったが、ジェノスが縋りつくような、攻撃性の欠片もない悲壮感に溢れた表情をしていたので、それもできなかった。あたふたと両手を振り回し、らしくもなく焦ったふうに落ち着け落ち着けと連呼するしかなかった。

「オイどうしたッてんだ、いきなり! なんかオレに恨みでもあッたのか? あァ? なんなんだテメエは一体!」
「お前が……お前が掃除屋だっていうんなら、あいつは……あいつはどうした!」
「アイツぅ? なんの話──」
「とぼけるな! ヒズミを逃がしたのはお前なんだろう!」

ジェノスが恥も外聞もなく叫んだ名前に──
トゥイーニィの顔色が変わった。
狼狽が瞬時に冷えて、ジェノスに対する警戒に染まる。

「……テメエ、どこまで知ってる? さてはアイツの懸賞金が目当てだな? オレにアイツの護衛を極秘に依頼してきたのァ、オレのダチだぜ。そう易々と漏洩させるような輩じゃねェんだがな」
「ベルティーユ教授だろう」
「……知ってッか。そりゃそうだよなァ……ンで、その教授からどうやッてアイツのことを聞き出した? 脅したのか? 痛めつけたのか?」
「本人から直接聞いた」
「答えによっちゃア……え?」
「教授にはいつも世話になっている。恩を感じている」

ジェノスの言葉に、トゥイーニィは口をあんぐりと開けて、思いっきり面食らったようだった。ジェノスが嘘をついていないのは、長年に亘っていろんな人間を相手にしてきた経験則でわかる。

「……あのアマ、こんな男前のサイボーグまで囲い出したのか……双子の教育に悪いンじゃねェのか? まァ、俺も他人のこたァ言えねェけどな……」
「そんなことはどうでもいい!」

至近距離からものすごい剣幕で食ってかかってくるジェノスに、さすがのトゥイーニィもやや怯んでいた。

「あいつは今どこにいるんだ!」
「お、オイ、ちょっと落ち着きやがれってバカ! てゆーか、お前なンでそうも必死なわけ?」
「……あいつは……ヒズミは、俺の……大事なひとだ」
「あァ?」
「命を懸けて、俺が一生、守ると決めたひとだ」

歯の浮きそうな台詞を真顔で述べたジェノスを、トゥイーニィは茶化すでも揶揄うでもなく、ただ「そういうことかよー!」とでも言いたげに、面倒くさそうに眉を顰めている。

「……あァ、だからアイツ、あんな大人しかったのか……なるほどな……クソ、なんですぐ言わねェんだ……そしたらオレだって……もうちッとくらい、こう、演出を考えてだなァ……」

ごちゃごちゃとわけのわからないことを苦々しげに喋っているトゥイーニィに、ジェノスはますます我を忘れてヒートアップしていく。

「ふざけるのも大概にしろ! だいたい、お前ひとりでこんな船に乗り込んで──ヒズミを置いて! こうしている間にヒズミが危険な目に遭っていたらどうするんだ!」
「……あー、うん、確かに危険な目には遭ってるかもなァ。でも大丈夫だろ」
「なん、っ──だと──」

投げやりなトゥイーニィの口振りに、ジェノスは怒りで目の前が真っ暗になりかけた。やっと辿り着いたヒズミの手掛かりが、こんな有様では話にならない。一発ぶん殴ってやろうかとジェノスが強く握った拳は、



──真下から突き上げてきた大揺れによって解かれた。



「………………──っ!?」
「おォおおおッ!? なんだなんだなんだァア!?」

トゥイーニィから手を離して、ジェノスは不測の事態に身構える──めきめきと、ばきばきと、不穏な音がどこからともなく聞こえてくる──聴覚センサーの感度を最高まで上げて、発信源を探る──までもなかった。

背後の建造物が、突如として倒壊した。

内側から弾け飛んだかのように、鉄筋の瓦礫を砕け散らして、一瞬で崩れ去った。

ヴァルハラ・カンパニーが持ち込んできたダイナマイトが爆発したのかとジェノスが全身を緊張させた刹那──高層ビルディングの残骸を押し退けて“床下から這い出て”きたものに、その推測が見込み違いであることを彼は悟った。

「うッおおおおおおおおッ、なんじゃこりゃァア!?」

トゥイーニィが素頓狂な悲鳴を上げてしまったのも、無理はない。

思わず息を呑まされる、鋼鉄の巨躯。重機からクレーンを取っ払ったのに似た形をした胴体の左右から生えた腕の先には、それぞれ五指まで付随していた。それらが鞭のように撓って自らが割った床の縁を掴み、オープン・デッキの上によじ登ってくる。最上部にちょこんと載った小振りな頭部には、不穏に赤く光るランプが横にふたつ並んで灯っていた──目があった。

それは紛れもなく、意思を持つ生物ではない──
サイエンス・フィクション作品から飛び出してきたみたいな、巨大ロボットだった。

これがスクリーン越しの出来事であったなら、その迫力に拍手喝采が沸き起こったことだろう。しかしこれは現実である。海上を漂う船という逃げ場のないステージにおいては脅威でしかなく、恐怖でしかない──ただ登場しただけで船楼ひとつブチ壊すような規格外の馬力を持て余したマシンに暴れられたら、いくら数十万トン級の大型客船といえどひとたまりもないだろう。

「オイオイ勘弁してくれよ、トランスフォーマーじゃねェんだから」
「これもヴァルハラ・カンパニーの兵器なのか!?」
「そうなンじゃねェの? オレは初めて見たけど」

雇われ者であるトゥイーニィに知らされていなかっただけ──というわけでもなさそうだった。こてんぱんにしてやられたトリコロール隊のうち、どうにか意識だけは保っていた数人が、明らかに戦慄して震えあがっている。身内にさえ秘密裏にして投入されたリーサル・ウェポン──掛け値なしの、最終兵器──

(恐らく、こいつがヴァルハラ・カンパニーの奥の手だ。誰かが搭乗して操縦しているのか? 胴体の幅から見て、人ひとりくらいなら難なく乗り込めそうだしな……内側がコクピットになっているのかも知れない。それとも遠隔操作で動かしているのか……どちらにせよ、破壊して止めるしかなさそうだ)

目には目を、歯には歯を。
暴力には──暴力で対抗するしかない。

僥倖なことに、チャージは完了している。掌の砲口をロボットに向ける──至近距離で、これだけでかい的ならば、どう手元が狂ったって外しようがない。

ジェノスは腕を伸ばして──渾身の焼却砲を放った。



轟音とともに船全体を襲った大きな揺れに、操舵室は大騒ぎになっていた。メリッサは今にも卒倒しそうなほど真っ青になって、尻餅をついたまま硬直している。完全に腰を抜かしてしまっていた。船員たちも床に引っ繰り返っていたり、機材にしがみついて震えていたり、頭を押さえてテーブルの下に潜り込んでいる者もあった。スコーピオだけはなんとか自分の足で立っていたが、その顔には驚愕と焦燥が綯い交ぜになった脂汗がびっしりと浮いている。

「な──なんですかっ、今のは──」

メリッサの悲鳴に、スコーピオは「それはこっちの台詞だ」と叫びたい衝動を必死で抑えた。まさか最終段階で起動する予定だった時限爆弾が、なんらかのトラブルで爆発してしまったのか──しかし船内の全施設の状況を表示している統御コンピュータのスクリーン画面に、浸水を示すマークは灯っていない。エンジンも正常に稼働している。これらを管理しているのは先程クラックされたセキュリティ回線とは別の、独立した堅固な安全システムのはずなので、誤作動ということは考えづらい──証拠隠滅用のダイナマイトは、まだ船底貨物室で己の出番を待ちながら眠っている。

一体、この船になにが起きているのか。

「ま……まさか……」

スコーピオの脳裏に過ぎったのは、ひとつの可能性──
セキュリティ・システムをリーダーの許可も取らず勝手に操作し、セレモニー・ホールに乗客を閉じ込めるなどというスタンド・プレーに走った彼が、またしても自らの独断に頼って、倉庫の奥に積んでおいたあの“最終兵器”を叩き起こしたのだという、最悪の展開だった。

(アドバイザーだ! あいつが──“トール”を動かしたんだ!)

その予感に思い至った瞬間、スコーピオの全身から汗が血の気とともにさあっと引いた。最新技術の粋を結集して錬成した超合金の装甲に、極めて高度な自動戦闘AIを搭載したキリング・マシン──殺戮のための機械、その名も“トール”。

(なにを考えているんだ、あの男は! まだトールを投下するような状況じゃない! ホールの出入口が強制ロックされている状態で船を損壊させたら、乗客たちは勿論、逃げようとする……外に出ようとする! そして自分たちが閉じ込められていることを知って、大パニックを起こすぞ……!)

スコーピオは舌打ちをして、へたりこんでいるメリッサに叫んだ。

「状況を確認してくる! パーティー会場の乗客たちが異変を察する前に、中にいる警備員たちに口裏を合わせさせろ! 適当に言い訳して、今の揺れをごまかすんだ! 絶対にホールが閉鎖されていることを悟らせるな!」
「て、適当にって……どういう」
「なんでもいい! それくらいの頭は使えるだろう!」

大声で怒鳴りつけられて完全に萎縮してしまっているメリッサをフォローしてやる余裕など、もはやスコーピオにはなかった。形振り構わず弾かれたように走り出して、扉をブチ破らん勢いで操舵室を猛ダッシュで去っていった。乱暴に開けっ放しにされたまま、悲しげにきいきいと番を鳴らしていたドアから、スコーピオと入れ違いに顔を出したのは──

「……大丈夫?」

心配そうに眉尻を下げたハイジだった。
彼がジェノスの連れだと知っていたメリッサには、藁にも縋る思いで泣きつくしかなかった。

「っ、あっ、あの──えっと、緊急事態みたいなんですけど、その」
「うん、なんとなく想像はついてるよ。とんでもないことになっちゃってるみたいだけど、協会の方から応援は来てもらえないの? 外洋まで出られるクルーザーくらい持ってるでしょ?」

このエマージェンシーの最中にあっても平然としているハイジを信用していいのか、はたまた疑ってかかるべきなのか、微妙なところではあったけれど──今のメリッサに、そんなことを考えるだけの気力は残されていない。

「そっ……、それなら、もうじき……」
「あ、来てくれるんだ? 誰? 名前と人数を」

メリッサが答えたのは、ただふたりのヒーローネームだけだった。数百人を乗せて航海する豪華客船の、絶体絶命の危機を救うために駆けつけてくるのがたったの二名とは随分な話だったが──しかしハイジはそれを聞いて、明らかに肩の力を抜いた。

「そっか、よかった。あのひとが向かってきてるなら、もう船の心配はいらないね。となると問題は“彼女”が到着するまでどうやって時間を稼ぐか……ぎりぎりだなあ」
「時間を稼ぐ……?」
「さっき窓から覗いてみたんだけど、でっかいロボットが暴れてるんだ。ここからじゃ角度が悪くて見えないけど、結構なバケモノだったよ。そいつと誰かが戦ってるみたいだった。でも太刀打ちできるかどうか怪しいね。大砲を積んだ戦車でも連れてこなきゃ、止められないんじゃないかな」

顎に手を当てて考え込みながらハイジが口にした台詞に、メリッサはますます青褪めて──そしてふと、なにかを思い出したような顔つきになった。そしてどたばたとみっともない四つん這いで、操舵室の隅に置かれた金庫の前に移動する。

「? なにしてるの?」
「ジェノス様から、預かった荷物があるんです! もしも警備に当たっているヒーローだけでは対処できないようなトラブルが発生したときは俺が出るから、大至急これを持ってきてくれ、と依頼されています……他の乗客の私物と一緒に倉庫や貨物室に収納してしまっては、探して取り出すのに時間がかかるので、ここに保管しておいたのですが……あった!」

そう口早に言って、メリッサが金庫から取り出したのは──アタッシュケースのような形状をした、取っ手のついた長方形の黒い箱だった。表面の光沢から、金属製であることが窺える。その得体の知れない装置に、ハイジは見覚えがあった。ぱちんと指を鳴らして、まるでロール・プレイング・ゲームをプレイしながら、行き詰まったダンジョンの抜け道を見つけた子供のように笑う。

「それだああああああっ! ジェノス氏さすが、抜け目がないや! ……これ、俺が預かってもいいかい?」
「えっ?」
「責任を持って、俺がジェノス氏に届ける」
「で、ですが、現在ジェノス様がどこにいるのか、我々も把握できておりません」
「船尾からロード・ローラー作戦するって言ってたから、どんだけ早くてもまだ最後尾の棟付近……そうでなくとも後方周辺にいるはずだよ。操舵室にリターンしてくる前に、あのロボットとかち合っちゃう計算だ。もしかしたらもう交戦してる可能性だって充分ある。急がないと、ちょっと危ないかも知れない」
「そ──そんな──S級のジェノス様が」

思わぬ展開に目を白黒させているメリッサの返事を待たずして、彼女の腕からひったくるようにアタッシュケースを受け取ると、ハイジは「そんじゃ! アディオス!」と軽く手を挙げて、一目散に部屋を飛び出ていってしまった。またしてもぽつんと留守を任される形になってしまったメリッサには、もう地団駄を踏むだけの余力さえ残っていない。朝も早くから時間をかけて、張り切って丁寧にセットした髪をぐしゃぐしゃと掻きむしる。

「この船で、一体なにが起きてるのよ……!」

非力な彼女への、返答の声はない。
誰からも打開策を教えてはもらえない。

ただ──待つしかない。

頼れるヒーローが颯爽と現れて、すべての悪意と混乱を払拭し、一寸先さえ定かでないこの暗く澱んだ夜の海を明るく照らす灯台と相成ってくれるのを、ただ彼女は祈るしかないのだった。