eXtra Youthquake Zone | ナノ





「な──何者かの襲撃を受けたですって!?」

メリッサの金切り声が響き渡ったのは、船舶の核のひとつともいうべき操舵室だった。文字通りこの絶体絶命の窮地に立たされた『セント・クラシカル・ネプチューン』号の運命を左右するその部屋は、ヴァルハラ・カンパニーの社員であるパルメザンの持ってきた報告によって、にわかに騒がしくなっていた。

「ええ。我々の担当区域であったゲームセンターの一角で、武装したゲリラ集団と交戦しました。爆弾やそれに準ずる危険物が隠されていないことを確認したあとでしたので、全員で取り押さえようとしたのですが──」
「逃がしたの? 捕えられなかったのね?」

つい責めるような口調になってしまったメリッサに、パルチザンは顔色ひとつ変えず、

「その通りでございます。申し訳ございません。しかし不本意ながら、お言葉を返す形になってしまいますが……あなたがたヒーロー協会から派遣されてきた男性ふたりが、先に昏倒させられてしまいまして」
「え──」
「おまけに拉致されてしまいました。敵は有害なガスのようなものを散布し、それによって彼らは意識を失ったようでした。素性のわからない相手と戦うのはどうしても分が悪かったですし、人数もあちらの方が多かった。残った戦力をできるだけ維持するためにも、同胞の安全を確保するのが第一と判断し、撤退しました」
「そ……そんな」

よろめいて、崩れ落ちるように椅子へ腰を落としたメリッサに、パルメザンたちヴァルハラ・カンパニーの面々は内心ほくそ笑んでいた。自分たちを虐げて見下していたヒーロー協会ご自慢の兵隊が、役目を果たせなかったどころか足を引っ張ったというのだから、もう体裁は保てないだろう。

「あなたがたとチームを組んでいたヒーローは──ええと──」
「C級の喪服サスペンダーと、十字キーだ」

デスクに広げた船内の見取図に印をつけながら、メリッサとともに対策に当たっていたクレーシヴァルが答えた。問題のゲームセンターに大きく×を打って、表情の変化に乏しい鉄面皮をより険しいものに変える。

「あの二人──それぞれ単独での戦闘力こそ低いが、連携攻撃は怪人にも通用する程度には強かったはずだ。不意打ちを食らったのだろう。状況を詳しく教えろ。他のヒーローたちにも警戒を呼びかけねばならない──パルメザン、とかいったな。お前の部下を、他の持ち場についているヒーロー及び警備員のもとに手分けして向かわせてほしい。可能か?」
「勿論です、サー。ただちに命令を実行できます」
「喫水している船底貨物室、動力の一部を供給しているボイラー室あたりは、爆破されると厄介だ。船舶としての正常な機能を維持できなくなる。金銭を要求してくるでもなく、ただこの『セント・クラシカル・ネプチューン』号を沈没させようなんていう連中だ。乗客に直接的な危害を加えようとしていないとは限らない──セレモニー・ホールは今どうなっている?」
「パーティーの招待客の方々には、まだ騒動を伏せたまま、引き続きお食事していただいています。救命ボートの用意が完了次第、デッキまで誘導して乗り移っていただく手筈が整っております。その点は乗組員一同が、責任を持って遂行いたします。避難誘導訓練は全員が受けておりますので」

船長の言葉に、クレーシヴァルは微笑みもせず、一度だけ頷いた。

「なるべく急いでくれ。一刻も早く船から招待客を降ろさねばならない。我々には彼らを、トラブルが起きたことを悟られる前に安全圏へ送り届ける義務がある。ヴァルハラ・カンパニーの諸君にも助力を仰ぎたい──文字通り、乗りかかった船だ。気を引き締めて掛かってくれ」
「はっ!」

勇ましく敬礼をして、仲間の応援に駆けつけるべく踵を返しかけたパルメザンを、クレーシヴァルが呼び止めた。睥睨といっても過言でない鋭い視線が突き刺さって、歴戦の猛者であるパルメザンですら思わず竦みあがりそうになった──が、すぐに持ち直して「なんでありましょう?」と返した。

「お前たちが外部から雇った者も同乗しているんだったな」
「……イエス、サー。恥ずかしながら人手不足でしたので、確かな実績を持つ腕利きの輩を三名ほど」
「そいつらは今どこにいる?」
「はっ──“シンデレラ”には第一等宿泊デッキ二階の通路を、“トゥイーニィ”にはショッピング・モールを担当させておりますが、奴らはどうにも気紛れで、手綱が引けません。誠に遺憾ではありますが、責任者のスコーピオも頭を抱えております。そんな暴れ馬ですから、素直に命令を聞いているとは思えません。今頃どこをほっつき歩いているやら……両名には、あまり期待しない方がよろしいかと」
「そうか。──もう一人は?」
「“アドバイザー”は頭脳労働役ですので、現場には向かわせず、楽屋として開放された客室のひとつでスコーピオと作戦を練っていたようです。爆破予告を受けてヒーローと共同戦線を張ることになったということで、じきに合流すると言っていたそうなのですが……おいでになっていないようですね」
「どこまで信用していいんだか、わかったものじゃないな──まあいい。俺は“アドバイザー”を探す。メリッサ、お前は引き続きここで爆弾の探査に出た者たちの報告を待ってくれ。異常があったら、すぐ俺に無線を入れろ。いいな?」

クレーシヴァルの指示に、メリッサはごくりと唾を飲み下して首を縦に振った。クレーシヴァルとパルメザンが各々の役割を果たすべく出ていって、操舵室に重苦しい沈黙が落ちた。この耳が痛いほどの静寂は、俗にいう“嵐の前の静けさ”というヤツなのだろうか──そんなことを現実逃避のように考えつつ、メリッサは溜め息混じりに指先で眉間を揉んだ。



他のチームと同じく船内の捜索にあたっていた“クロックポケット”たちも、無事に課せられた任務を果たしていた。彼らが命じられたのは、寄港した際に物資の搬入を行うための通路の調査であった。照明は最低限しか点いていないので、いささか薄暗い。足元が見えないほどではないが、見通しは悪かった。

ともに作戦行動に就いていたヒーローは、既に気絶させて、クリーニングの終わったシーツやタオルなどを保管しておくためのリネン室に放り込んである。もう顔も覚えていない。誇らしげにB級だと名乗っていたので、そこそこ腕には覚えがあったのだろうが、それはクロックポケットたちヴァルハラ・カンパニーの社員にしたって同じである。潜ってきた修羅場の数ならば、むしろ彼らの方が多いだろう。

「協会のヤツらが、いよいよ浮き足立ってきたらしいな」

同僚“リーフレット”の下卑た呟きに、クロックポケットもヘルメットの下で口の端を吊り上げた。どうにも愉快でたまらなかった。乗船前の会議で『架空のテロリスト集団による爆破予告をマッチポンプして、共同歩調を取る振りをしながらヒーローを狩り、手柄を独占すると同時にヒーロー協会の信用を失墜させる』と聞かされたときは「そんな馬鹿げた企みなんてバレるに決まっている」と舌打ちのひとつでも零したい気持ちだったのだが、蓋を開けてみれば、なんのことはない──拍子抜けするほど順調に運んでいた。

協会サイドが稀に見る阿呆なのか、それとも代表であるスコーピオが連れてきた“アドバイザー”の遣り口が狡猾なのか──きっと後者なのだろうが、そんな些末な違いなどクロックポケットにとってはどうでもいいことだった。

これから操舵室に向かって、さっきのヒーローが大した活躍もできぬまま叩きのめされたと嘘の報告をしたあと、別働隊と合流する。C級だのB級だの底辺に近いランクにいるヒーローならまだしも、A級となるとそう簡単に倒すことはできない。人海戦術で袋叩きにするしかないのだ。ひどく原始的で乱暴な方法だが、それ以外に手段はなかった。

「あと片付いてねえのは、どこだ?」
「船員の居住区と、ショッピング・モールのA地区と……他にもまだ、いくつかあったはずだ。船が広すぎて覚えられやしない」
「ははは、同感だぜ。さっさとホーム・ベースに帰還して、次の指示を……」

自分たちの勝利を確信しきって、余裕綽々といったふうに廊下を走っていた彼らだったが──突然その足を止めた。
止めざるを得なかった。

数メートル前方。
彼らの行く手を遮るかのように、人影が立っていた。

「……テメエ、そこでなにしてる?」

リーフレットが敵愾心を剥き出しにして、そいつに問いを投げかける。彼らと同じ装備を着ているのにも関わらず、同じ穴の貉に対する温情のようなものは感じられなかった──それも当然だった。なぜならそいつは“アドバイザー”と同じく、スコーピオが引き抜いてきた部外者なのだから。

「……………………」

そいつは押し黙ったまま、微動だにしない。重厚感に溢れる黒一色の籠手を填めた左手を、だらりと下げたまま、ただ直立しているのみだ。

「テメエの持ち場は、ここじゃねえだろ? 仕事はどうした? まさか投げ出してダラダラほっつき歩いてるんじゃねえだろうな?」
「……………………」
「今回のヤマがどんだけヤバいか、他所モンのテメエにもわかってんだろ? ちゃんと報酬だって用意されてんだ。きっちりやることやってもらわねーと、困るんだがな」
「……………………」
「なんとか言いやがれよッ、おい!」

痺れを切らしたリーフレットが張り上げた怒声に、ようやくそいつは反応を見せた──半歩ばかり身を引いて、右手を伸ばし、胸の高さまで持ち上げた。そして手の甲をリーフレットたちに向けた状態で、ちょいちょい、と指を動かしてみせる。

かかってこいよ──とでも。
嘲笑うかのような。
それは、あからさまな挑発だった。

「────────、」

ぶちぶちぶちっ、と逆上によって全員の血管の切れる音が聞こえてきそうだった。各々がライフルを構え、はっきりと謀反の意思を示したそいつに銃口を向ける。

──かくして。
名誉挽回を目論む崖っぷちの兵士たちと、物言わぬ謎の戦士との、弾丸の暴風雨が降り注ぐ激戦が幕を開けたのだった。