eXtra Youthquake Zone | ナノ





「なあ、十字キー」
「どうした、喪服サスペンダー」
「この事件でもし俺らが活躍できたら、B級も夢じゃねーよな」
「そうだな。間違いなくランク上がるだろうな」

ゲームセンターの方角へと通路をひた走りながらそんな会話を交わしているのは、C級ヒーローの喪服サスペンダーと十字キーの二名であった。

「きっと給料も上がるぜ」
「そりゃ楽しみだな」
「これで彼女に指輪とか買ってやれる」
「あれ? お前、彼女いたの?」
「……これから作るんだよ」
「あっ、そう」

その他愛ないやりとりが小声なのは、重大任務に気圧されているからでも、毛足の長い値の張りそうな絨毯を土足で踏みしめている罪悪感のせいでもなく、ただ単に、彼らの後ろから同じくゲームセンターの調査を命じられたヴァルハラ・カンパニーの警備員が四人ついてきているからである。こんな状況で俗っぽい話題に花を咲かせているなどとバレようものなら、ヒーローの面子は丸潰れだ。

(……それにしても、こいつら不気味なんだよなあ。ヘルメットなんか被りやがって。さっきから一言も口利かねーしよ。……顔が見えねーと、なんか信頼しづらいんだよなァ)

そんな喪服サスペンダーの些細な警戒心は、人として致し方のないものだといえよう。最下級の身とはいえ、日頃からそれなりに脅威と相対している彼である──得体の知れない、正体の悟れないものに潜む危険への嗅覚は、常人のそれよりは遥かに鋭い。

隣の十字キーとて、それは同じだろう。彼とはタッグを組んで久しい知己の仲である。仮面で表情は窺えずとも、この即席の共同戦線に似たような感想を抱いているのは、手に取るようにわかるのだ。

その意思疎通の精密さこそが──彼らを救った。

乗り込んだゲームセンターの奥、ビリヤード台の上に、管理室のスライドショーで見せられたのと瓜二つの形状をした爆弾が堂々と鎮座しているのを発見した直後、ヴァルハラ・カンパニーの男が掌を返したように襲い掛かってきたのを、二人ともども躱すことができたのだから。

「──────ッ、」

大振りのナイフが喪服サスペンダーの金髪をかすめ、十字キーのマントにわずかな切れ目を入れ、しかしそれだけだった──体に傷をつけるには至らなかった。すかさず飛び退って距離を取り、臨戦態勢に入る。

「やっぱりな、なんか怪しいと思ってたぜ、お前ら」
「…………………………」
「願ってもない面目躍如のチャンスだ」

ぱっしいいいん──と高らかにサスペンダーを弾いて鳴らした相棒に倣い、十字キーも構えを取る。息の合ったコンビ・プレイこそが、彼らの強みである──サスペンダーの発条を最大限に利用して、縦横無尽に吶喊する、彼らの必殺技。それが炸裂すれば、素人に毛が生えた程度の傭兵くずれなどひとたまりもないはずだ。

そう──それが炸裂すれば、の話だ。

「……………………」

ヴァルハラ・カンパニーの男がナイフを鞘に戻し、代わりに懐から取り出したのは、掌に収まってしまうサイズのスプレー缶だった。鈍い銀色に光るそれを見て、喪服サスペンダーは眼鏡の奥の双眸を、げっ、と瞠った。

声を出す間もなく──辺り一帯がスプレー缶の口から勢いよく放出された乳白色の煙に包まれた。彼も十字キーも、思いっきりそれを吸い込んでしまった──途端に猛烈な眠気に苛まれ、立っていられなくなった。

「さ、……催眠ガスか……?」
「残念だったな」
「……………………」
「そんなだから、お前らC級なんだよ」

さっきまで黙りこくっていた男が勝ち誇ったふうに吐き捨てた罵倒に、立腹することもできなかった──なぜならそのとき既に喪服サスペンダーも十字キーも、どっぷりと深い泥のような眠りに落ちていたのだから。

ヘルメットの下に簡易式のガスマスクを装着している彼らはガスの影響を受けることなく、平常通りぴんぴんしている。二人が完全に寝入ったことを確認してから、リーダー格の男がインカムのマイクを入れて、直属の上司に繋げた。

「……こちら“パルメザン”。目標の無力化に成功しました。……了解。指令を繰り返します。“対象を速やかに拘束したのち、爆弾を回収、ホーム・ベースへ帰還せよ”。よろしいですか? ……了解。至急、そちらへ戻ります」

通信を切断してから、パルメザンはビリヤード台の上に転がされていた爆弾を、慎重さなど微塵もない気軽さでひょいっと持ち上げた。それを見て、部下の一人がぴゃっと飛び上がった。

「どうした、“ブラックキャップ”? 小便でも漏らしたのか」
「い、いえその、……爆弾をそのように扱ってもよろしいのですか?」
「ああ、いいんだよ。これはダミーだからな」
「だ……ダミーですか?」
「そうだ。というか、全部が撹乱用のダミーだぜ。最初にヒーロー協会のヤツらに“見つけさせた”ダイナマイト以外は、薬包紙に濡らした綿を詰めただけのニセモノだ。お前は下っ端だから、聞かされてなかったかも知れんがな」
「どうしてそのようなことを……?」
「馬鹿野郎、まさか本当に船を沈めるわきゃあねーだろうが。そんなことしたら、俺らだっておっ死んじまう。こんなところで平和ボケした金持ちどもと心中なんて真っ平ごめんだぜ」

小馬鹿にしたふうに笑いながら、パルメザンは続ける。

「なんとかっつー学者の研究所で、俺らの同胞がヒーロー協会のせいでヒデェ目に遭ったらしいからな。スコーピオ隊長も、えらく絞られたらしい。その復讐なんだろ? 要するに腹いせなんだよ。架空の爆破予告をでっち上げて、ヒーロー協会に醜態を晒させて、更にそれを俺らが解決したことにして汚名返上しようって計画だ」
「そ……それだけのために、こんな……」
「それだけ、だと? お前わかってねえらしいな」

ブラックキャップの胸倉を掴み、パルメザンは声を低くして凄んだ。

「いいか? 俺らが生きてる世界ってのァな、舐められたら終いなんだよ。指差して笑われてよ、死ぬほど虚仮にされて、挙句いいように持ってるモン毟られるんだ。このままじゃ破滅だ。それがどういう意味だか、説明しなきゃ飲み込めねえほどアホか? お前は」

ぶんぶんと激しく首を横に振るブラックキャップから手を離し、パルメザンは「それならいい」と満足げな様子だった。持っていた軍用ロープで喪服サスペンダーと十字キーをきつく縛り、口にガムテープまで貼ってから、肩で風を切りながら部下を引き連れて、数時間前の賑わいが夢だったかのように静まり返っているゲームセンターを颯爽と後にした。



──なにか、様子がおかしい。

船員に頼んでパーティー会場からもってきてもらったゼリーを咀嚼しつつ、モニターとノートパソコンの液晶とを凝視していたハイジが違和感に気づいた直後、まるでそれを見計らったかのように、異変が起こった。再生されていた画面が大きく一瞬ぶれたかと思うと、

ばつんっ!

と──すべての映像が、一斉に途切れたのだ。放送休止の時間帯に入ったテレビみたいな、砂嵐になってしまった。

「……………………」

しかしハイジは眉ひとつ動かさず、ゼリーの載った皿を持って立ち上がり、席を移動した。別のコンピュータの前に座って、スプーンをくわえたまま、素早くキーボードを叩いていく。なんとも行儀の悪い所作ではあったが、現在この管理室にいるのはハイジのみである。咎める者は誰もいなかった。

エンターキーを押すと同時、黒一色のディスプレイに、複雑なプログラミング言語が羅列されていく──すさまじい速度で文字が流れていく。常人ならば目でも追えないそれらを余すところなく完璧に把握しながら、ハイジは思わず「あちゃあ」と漏らして頭を掻いた。

「こりゃ駄目だ。マシンごと死んでるね」

セキュリティ・ソフトを起動させてみたが、無駄足だった。外部から攻撃用のプログラム、いわゆるウイルス・データが送り込まれてきたのはわかったが──ネットワーク回線そのものを汚染して、そこに接続している機器をまるごと使い物にならなくしてしまったのは解析できたが、それだけだった。ジャミングどころの話ではない。徹底した不可視の暴力による破壊行為──クラッキングだ。マシンそのものが殺されて、正常な機能を奪われてしまった以上、復元は絶望的だった。

「ひどいことするなあ、まったく」

肩をすくめながら大袈裟に嘆息してみせて、ハイジはあっさり白旗を振った。一切の悪あがきをしなかった。いっそ潔いほどの諦めの早さで──すぐさま脱兎のごとく、逃げるように管理室をあとにした。

否──逃げるように、という表現は、適切ではない。
なぜならハイジのその行動は比喩でなく──
実際、逃避するための撤退であり。
回避するための離脱だったからだ。

画面が足並みを揃えてクラッシュした時点で既に、彼には予測がついていたのだ。これが敵からのれっきとした“攻撃”であることを──そして、その“攻撃”がそれで終わりではないことを。

追撃がここまでやってくることを。

「………………?」

ハイジが去ってからちょうど一分が経過したあと、武装集団が室内に飛び込んできた。彼らに与えられていた指令は“管理室で調査を行っている協会関係者および船員を制圧せよ”という内容だったのだが、どこを探しても人っ子ひとり、鼠一匹さえ見当たらない。蛻の殻だった。

「誰もいないようですが」
「ふん、先に仕掛けたサイバー・テロで襲撃に勘づいて逃げたんだろう。どうやら相手も馬鹿ではないらしい」
「どうしますか? まだ遠くまでは行っていないと思われます。追いますか?」
「いいや、深追いは禁物だ。俺たちの任務の最終目的とするところは、監視カメラの映像解析を阻止することに過ぎない。人気がないなら、むしろ僥倖だろう。俺たちヴァルハラ・カンパニーが爆弾のダミーを設置した証拠を掴まれる前に、記録ごとブッ壊すのが先決だ」

グループの隊長である“コルクボード”が、背負っていた長物を担ぎ上げた。柄が長く、形状は農作業に使用される鍬に似ているが、その先端にくっついているのは鉄の塊である──それは建設現場などで壁や床を壊すために拵えられた、巨大なハンマーだった。

「この機材、いくらくらいするんだろうな? “ブックカバー”」
「さあ──自分は、そういった方面に明るくありません」
「そうだな。難しいことは、俺にもわからん。あとで“アドバイザー”の兄ちゃんにでも訊いてみるとするか」

軽い調子で言って、コルクボードはハンマーを振り上げる。
まるで親の仇であるかのように、思いっきり渾身の力を込めて──テーブルごと、貴重な証拠映像が詰まったノートパソコンを、たった一撃のもとに叩き潰した。