eXtra Youthquake Zone | ナノ





「なんか慌てて出てったと思ったら、こんなことになってたんだね」

爆破予告があったという話を聞いたハイジのリアクションは、この程度だった。一緒についてきたサイタマも、びっくりしたふうではあったものの、取り乱した様子はない。それどころか管理室に処狭しと設置された、先鋭テクノロジーが駆使された最新機器の数々に、年甲斐もなく興奮しているようだった。航路の安全を確認するためのソナーが拾った情報を表示している巨大なスクリーンを見て、目を輝かせている。

「すげーな、この部屋。宇宙戦艦ヤマトみてえ。波動砲とか撃てんの?」
「いえ、これは客船ですので……そういった攻撃機能は……」
「そうなの? なんだ、がっかりだな」
「……すみません」

謝る必要はなかったのだが──爪の先ほどもなかったのだが、『セント・クラシカル・ネプチューン』号の若い乗組員はサイタマに頭を下げた。異常事態に遭遇して、理不尽なことを言われていると認識することさえままならないのだろう。

「というわけだ。監視カメラの映像を見て、容疑者候補を見つけてほしい。できるか?」
「うーん、やったことないからわかんないけど、やってみるよ」

困惑しつつもハイジは腰を下ろした。彼の着いたデスクには、ノートパソコンが五つほど立ち上がっている。画面が細かく分割されていて、それぞれに各カメラの録画が流れている。すべて同時進行で、しかも所要時間の短縮のために三倍速で再生されているので、傍から見ているメリッサには、一体どのフレームが船内のどこを撮った映像なのか──なにがなんだかまるでわからなかった。

「あ、あの……これを一度に見るのは無理なのでは……」
「これくらいなら大丈夫だよ」
「えっ?」
「ちゃんと見えてるから」
「……はあ……」

パーティー会場からそのまま持ってきたらしいフルーツのタルトをぱくつきながら、ハイジはこともなげに応える。その目線はまっすぐ画面に突き刺さってはいるが、耐えずもぐもぐと口が動いているので、いまいち信憑性がない。メリッサは胡散臭そうに、大粒の苺を咀嚼するハイジの横顔を眺めていた。

しかしジェノスたちには、まったく不安そうな気配がない。ハイジに任せておけば安泰、とでもいうように、自分たちの執るべき作戦を練っていた。それもそうだろう──彼は全知全能のプロトタイプたるべく生み出された、神のデータベースともいうべく無類の頭脳を誇る存在である。世界にいまだ数例しか確認されていない完全記憶能力に加え──“トランプの表面についた細かな傷さえも見逃さない”ほどの、鋭敏で繊細な知覚を保持しているのだ。

心配など、するだけ無駄である──この七歳児には。

「デスノートにこんな感じの天才いたなあ」
「Lのこと?」
「あー、そうそれ。途中で読むのやめちまったから、あんまり知らんけど」
「やめちゃったの? なかなか面白かったけど」
「台詞が多くて疲れたんだよ」
「なるほどね。サイタマ氏そういうの苦手そうだもんね」
「それはお前アレか? 遠回しに俺のことを馬鹿にしてんのか?」

カジノでの豪遊からハイジにいいところを持っていかれっぱなしのサイタマが額に青筋を立てる横で、ジェノスはシキミと船内の見取図を改めながら、思索を巡らせていた。

「大打撃を与えるのに──船を沈めるのに効果的なのは、やはり船底の破損でしょうか」
「そうだな。喫水部分に穴が開けば一発だ。浸水して、一気に傾くだろう。……船底に貨物室があるな」
「積荷に紛れさせて、爆弾を設置した可能性は……」
「無視できないな。ここにもヒーローと警備員を向かわせてはいるから、そいつらの報告待ちだが──俺たちも出向いた方がいいかも知れない。しかし派手さを求めるなら、船楼を破壊するのが一番だ。充実したアミューズメント施設がこの豪華客船の目玉なんだろう? 乗客にも目視できる箇所を爆破して、恐怖を煽る算段がないとも言えない」
「……要するに、どこもかしこも危ないってことですね」
「そういうことだな」
「まったく、どこの誰がこんなことを……」

いくら理屈を捏ね回したところで、足を使って隅から隅まで洗わなければならない状況には変わりない。こんな馬鹿げた悪事をしでかす狂人の思考回路なんて、どうしたってわかりっこないのだ──危機感を募らせつつ気合いを入れなおしたシキミの出鼻を挫いたのは、ハイジだった。

「どこの誰がやったかは、なんとなく予想つくけどね」
「……えっ?」

彼の言葉に驚愕を露わにしたのは、シキミでもジェノスでもサイタマでもなくメリッサだった。しかしすぐに落ち着きを取り戻し、先程ヒーローたちの前で述べた見解を再び口にした。

「ヒーロー協会に対して怨恨を抱いている者の報復行為……ですよね? 現在も本部で警察の協力のもと、爆弾による犯行を重ねてきた凶悪犯の逮捕履歴を調べていますが──」
「いや、そうじゃないと思うよ」

今度こそメリッサは開いた口が塞がらなくなった。

「そうじゃ──ない?」
「うん。監視カメラ見てて思ったけど、こんだけ警備しっかりしてたら、部外者なんて入ってこれないよ。船の内部に死角がなくはないけど、不法侵入できそうな場所に隙はまったくないし。実際、今までカメラに映った二百四十三人、全員が正規のゲートを通ってる。今この船に乗ってるのは全員、お客さんも警備員さんも船乗りさんもシェフさんもオーケストラの演奏者さんも、正式な参加者だよ」

二百四十三人。
と──ハイジは言ってのけた。

それだけの人数の風貌を、すべて把握したというのか──この十数分にも満たない短時間で、しかも三倍速で再生される小さな映像だけを頼りにして──

その場にいた者たちを戦慄させるには充分すぎる所業だった。

「だ……だとしたら、どういう──」
「……そういうことか」

メリッサの悲鳴じみた問いに被ったジェノスの、なにかを閃いたふうな声に、ハイジは振り返って、

「そういうことだ」

と、含みありげに口角を上げてみせた。
まったくついていけていなかったサイタマが、目を丸くしながら「なになに?」と割って入ってきた。

「そういうことってどういうこと? 誰が犯人なの?」
「誰かまではさすがにまだ特定できないけど、でも多分すぐわかるよ」
「ええ? なんだよそれ、どんな理由で?」
「この爆破予告は入水式典の部外者からの干渉によるものではない、ということです、先生」
「……もうちょっとわかりやすく」
「だから、つまりはね──」

タルトの最後の一口をフォークに刺して、顔の横まで持ち上げて、ついっ、と弧を描くように振って──ハイジはさっきまでの人懐っこい笑みを嘘のように消して、鋭い口調で言い放った。

「犯人は内部関係者ってことだよ」



「犯人は内部関係者ってことに、そろそろ誰か気づいているかも知れませんね」

今は開放されていないはずのとある客室で、悠然とアッサムの紅茶が注がれたカップを傾けながらそう言った男に、スコーピオはぎょっと目を剥いた。

「そ、そっ……それは、一体なぜ」
「いえ、根拠などありません。ただの勘です。それくらい頭のキレる人材がヒーロー協会サイドにも一人くらいいるんじゃないかなっていう、ただの期待です」
「き、期待──」

あまりに緊張感が欠けすぎた男の言い種に、スコーピオの蒼白だった顔面が、みるみる赤くなっていく。それは憤怒によるものだった。とん、とん、とん、と男が絶え間なく一定のリズムで己の膝を左手の人差し指で叩いている、それだけの仕種さえもどういうわけだかひどく腹立たしかった。スコーピオは高級そうなアンティーク風のテーブルを拳で叩いて、唾を飛ばしながら大声を張り上げる。

「ふざけるな! 貴様──俺たちが今なにをしているのか、わかっているのか!」

怒鳴り散らすスコーピオにも怯むことなく、男は「落ち着いてください」と嘯いてカップをソーサーに戻した。

「わかっていますよ。わかっていますとも。軽率な発言をして、申し訳ありませんでした。スコーピオ殿」
「……計画は、現時点では順調だ。どこにあるかもわからない危険物を探すために、ヒーロー連中はバラバラになった。戦力を分断することに成功した」
「それは重畳ですね。では、そろそろ第二段階に」
「……………………」
「おや? まさか躊躇なさっているので?」

押し黙ってしまったスコーピオに、男は揶揄するような視線を向けた。スコーピオはぎろりと彼を睨めつけて──重苦しい溜め息を吐き出した。

「……ここまで来たら、もう後には退けん」
「素晴らしい。その心意気です」

茶化す男の白々しい拍手を黙殺して、スコーピオは無線機を取り出し、電源を入れた。ヴァルハラ・カンパニーの傘下に属する者たちのインカムだけに通じる周波数に切り替えてから、次の“命令”を発する。

「諸君、この通信をもって、我々はセカンド・ミッションに入る──“持ち場に到着、周囲に人目のないことを確認次第、総力を挙げてヒーローたちを無力化せよ”」