eXtra Youthquake Zone | ナノ





暦の上では秋に突入したものの、まだまだ残暑は厳しい。照りつける陽射しは殺人的で、昨今あちこちで騒がれている地球温暖化問題の深刻さを否応なしに意識させられる。まだ赤くなる兆しすら見せていない校庭の木々が、生温い風に吹かれて、ざわざわと鬱陶しそうに鳴いていた。

そんな猛暑の昼休み、シキミは人通りの少ない階段の踊り場で弁当をぱくついている。右にはツルコ、左にはヒメノ──要するにいつものメンバーで集まって、だらだらと昼食を摂っているのだ。

「あたしも行く」
「だーめ。学校どうすんのよ」
「休めばいいじゃん」
「進級ギリギリのくせにバカ言わないで。あたしのせいであんたが留年するなんてことになっても、あたし責任取れないわよ」
「豪華客船のパーティーに行けるってんなら、わりとマジで高校に四年通うくらいやぶさかじゃないんだけど」
「あたしがやぶさかよ。学生の本分に励みなさい」

来週に迫った入水式典の話をしてみたら、案の定このざまである。家柄の関係で大規模な“食事会”に参加した経験の少なくないヒメノはともかく、普通の中流家庭に育ったツルコには、有名人や大富豪が集まるパーティーなどというのはまるでおとぎ話の世界なのだろう。購買のメロンパンを悔しそうに齧っている。

「きーっ、あと一週間くらい早ければなー」
「八月のうちに開催する予定だったみたいなんだけどね。いろいろあって延びたみたい」
「なによいろいろって……乙女の夢を奪うに値する事情なの? それは」
「……さあ、どうだろうね」

まさか「会場の警備を依頼していた派遣会社の人たちが違法改造された化け物に食われて揉めた」などと素直に喋るわけにもいかず、シキミは複雑な気持ちで南瓜のコロッケを口に放り込むのだった。

「ヒメノもなんとか言いなさいよー」
「私は別に……そういうところ好きじゃないから。気を遣うし、人が多くて疲れるし」
「毎年コミケ始発で全通してる女がそれ言っちゃう?」
「ビッグサイトは私の還るべき聖地だから」
「きもい! 超きもい! お前もう二次元から帰ってくんな」
「うるさい望むところだよちくしょーばかやろー」

いよいよ迷走してきた雑談にブレーキをもたらしたのは、通りかかった若い男性教師だった。

「お前ら、なんちゅーとこで食ってんだよ、オイ」
「あ、はーちゃん先生。お疲れーっス」
「お疲れーっスじゃないよ。先生に対してなんだその口の利き方は」
「いいじゃん、若い子に構ってもらえて嬉しいっしょ?」
「嬉しいわけあるか。ロリコンじゃないんだから」

ツルコの軽口に笑っている彼は、今年の春から赴任してきた新米の教員である。全体的にひょろっとしていて頼りない風体なのだが、そこそこ顔立ちが整っているので、女性陣からは絶大な人気を誇っているのだった。かといって同性から蛇蝎のごとく嫌われているのかというと、そうでもない。ときどきちょっぴり品のないジョークを飛ばしたりもするので、男子からも面白がられているらしい。

らしい、というのは、彼がそういう一面を女子生徒の前ではまったく見せないからである。そのあたりの線引きをきっちり弁え、仕事もつつがなく熟してくれるので、他の教師たちからも「生徒の気持ちを理解し、常識の範囲内で的確な対応ができる貴重な人員」として重宝されているようだった。

「はーちゃん先生、昼メシは?」
「女の子がメシとか言うんじゃないの。さっき食べたよ」
「愛妻弁当ですかァ?」
「やかましいわ」
「えー? はーちゃん先生まさか彼女いないの?」
「ほっとけ。僕には家族がいるからいいの。かわいい妹がいるんだよ」

自慢げにそう言って、ニヤニヤと笑う。

「お前と歳は同じだけどな、清楚で可憐でな、本当かわいいんだ」
「うっわ、先生シスコンだったの? ショックなんだけど」
「黙らっしゃい。妹の爪の垢を煎じて飲ますぞ」
「げー。遠慮しときまーす」
「そうだな、ツルコごときに与えるには勿体ないな」
「ねえヒメノ、こういうのってPTAに訴えればいいの? 校長?」
「いや知らないよ私、そんなの」

膝の上に載せた漆塗りの重箱をつつきながら(毎朝リュウヘイが五時に起きて作っているらしい)ヒメノは面倒くさそうに切り捨てた。この場において、ツルコに味方はいないという状況が浮き彫りになった。

「うん、訴えられるのは怖いな。逃げよう」
「はーちゃん先生のバーカ。アホー」
「悪口はやることやってから言ってもらおうか。お前だけだぞ、数学の課題まだ提出してないの」
「うぇえ……嫌なこと思い出させないでよ。明日には終わりそうなんだから」
「それならいいけど。担任のクロダ先生にはとりあえず俺が預かって確認してる途中ってことにしてあるから、明日ちゃんと出せよ」
「マジっすか! はーちゃん先生すげー! 天使!」
「調子のいいヤツだな……。まーいいや、そんじゃーな。ゆっくり噛んで食えよ」

そう言い残し、彼は鼻唄混じりに階段を下りていった。しかしそのあとややあってから、段差に躓きでもしたのか「いてっ!」という情けない悲鳴が上の階まで響いてきて、箸が転がるだけでもおかしい年頃の三人は揃って腹を抱えて爆笑したのだった。



「──え? お前、式典の出演依頼、断ったの?」

行きつけのうどん屋のカウンター席で、サイタマは隣のジェノスに信じられないといったふうな顔を向けた。当のジェノスは別になんでもなさそうに「はい」と短く肯定して、月見うどんを啜っている。

「なんでだよ?」
「警備の依頼ならともかく、ヒーロー協会からのゲストとして客に愛想を振る舞うだけなんて、馬鹿馬鹿しいです。そんなギャルソンみたいな扱い、屈辱です」
「ああ、そう……確かに、お前にゃ酷かもな……」

ジェノスの主張に納得せざるを得ず、サイタマは苦々しい思いで海老天を頬張った。三口で尻尾まで完食して、既に残り少なくなってスープの底に沈んでいる麺を割り箸の先で集める。

「俺、それシキミと一緒に行ってくるから」
「えっ?」
「教授にも声かけたんだけどよ。残念だが私は都合がつきそうもない、代わりにハイジを連れていってやってくれ、って言われて。三人でパーティー参加すんだよ」
「……そ、う、なん、ですか……ハイジも……」
「留守番よろしく頼むなー」
「………………はい」

返事までに妙な間があったので、不思議に思いジェノスの方を窺ってみれば、完全に食事の手が止まっていた。がっくりと項垂れて、意気消沈している。まさに「(´・ω・`)」という顔文字がしっくりくる落胆ぶりであった。シキミはともかく、まさかサイタマやハイジまでついていくとは思っていなかったのだろう。

(……こういうとこは、普通のガキなんだよなあ……)

ここは大人がしっかりフォローしてやらねばなるまい。
サイタマはやれやれと苦笑して、まあアレだ、と切り出した。

「お前しばらく、あの写真の解析……ヒズミの捜索で協会に缶詰だったろ」
「……はい」
「なんか進展はあったのか?」
「……これといっては」
「そうか。あんまり気を落とすなよ」
「……はい」
「お前は実際よくやってると思うぜ」
「……ありがとうございます」
「だからさ」
「……はい」
「面倒なパーティーでもよ、気分転換にはなるんじゃねーか?」
「……はい」
「お前も来るか?」

サイタマの問いかけに──たっぷり間を置いて。
せめて意地でも通そうとしたのか、ジェノスは無言のまま、頭だけをこくんと小さく縦に振った。