eXtra Youthquake Zone | ナノ





ギンスケの話によれば、入手できた写真のうち、ヒズミが写ったこれが最も日付の新しいもので、それ以降の確実な情報は得られなかったとのことだった。組織が壊滅状態に追い込まれ、構成員たちが軒並み逮捕されたのがこの数日後なのだという。なにかあったのは間違いないのだが、詳細はまるでわからない──真実は闇の中だった。

「どうも頑なに隠蔽されてるようでねェ。なんにも取っ掛かりがない──収集車が来たあとのゴミ捨て場を漁ってるみてェな気分で」
「……そうか」
「お力になれなくて、申し訳ねェ。不甲斐ない限りだ」
「いや、……協力、感謝する」

ジェノスの口からそんな殊勝な単語が出たことに内心で驚きつつ、サイタマも彼なりに思案を巡らせる。なぜヒズミがあの場にいて、あまつさえ拘束され、虐げられていたのか──不測の事態に巻き込まれたのだとしても、彼女の放電能力をもってすれば、あれくらいの窮地など簡単に脱せるはずだ。不自然すぎる。

そしてなにより重要なのは──その彼女が今、どこにいるのかということだ。

(売り飛ばされたあと……とは、思いたくねーなあ……)

腐ってもヒーロー協会に喧嘩を売った女である。易々とそんじょそこらの有象無象に屈服するとは考えづらい。ひょっとしたら、彼女が組織の連中を叩きのめしたのではなかろうか。そんな思いつきで、サイタマは口を開いた。

「逮捕された悪党たちは、なんか言ってんの?」
「支離滅裂な供述してるらしいです。なんだったか──メイド服の女がどうとか」
「メイド服ぅ? なんだそれ?」
「いや、ワシにもとんと……あとは子供がどうとか、嵐が来たみてェでどうとか……少なくとも“ホワイト・アウト・サイダー”に関連するようなことは、誰も口にしておらんようです。いっそ不思議なくれェに。まるで彼女を捕縛していたことなんて、誰も知らなかったとでもいうふうな」
「……謎が謎を呼ぶな……」

いよいよ意味がわからない。頭の後ろで手を組んで、サイタマは壁にもたれかかった。ジェノスは思いつめた様子でじっとテーブルを見つめながら、まんじりともしない。

「どうする? ジェノス。教授に報告するか?」
「……そうですね。教授には、伝えておくべきでしょう。あの人のネットワークなら、もう少し深いところまで調査できるかも知れませんし」

ジェノスがいくらか落ち着きを取り戻したらしいのを察して、サイタマは「よっしゃ」と短く気合いを入れた。ぱしん、と景気づけに膝を叩いて、重たそうに腰を上げる。

「そんじゃ、俺らは行くわ。世話んなったな」
「ワシらにゃア、これくらいしかできませんで。すぐにタクシーを」
「いや、いいよいいよ。駅も近いし」
「……左様ですか。そいじゃ、道中お気をつけて」
「ああ。お宅らもな」

そこで──席を立った二人を、下座で黙りこくっていたリュウヘイがいきなり呼び止めた。

「あ、あの、ご両人!」
「んあ?」
「……この度は、本当に、ありがとうございやした」
「そんなのいいって。照れくせーよ」
「俺、サイタマの兄貴も、ジェノスの兄貴も、尊敬してやす」
「兄貴はやめてくれよ、兄貴は」

口先では嫌がっているものの、サイタマは満更でもなさそうだった。よっぽど着流しヤクザでの大立ち回りが刺激的だったのだろう。

「また近いうちに、シキミと遊びに行くわ」
「そりゃ光栄だ。いつでも、お待ちしておりやす」

そんな約束もそこそこに、サイタマとジェノスは店を出た。大通りを行き交う、かけがえない平和のもとに日常生活を営む市民の人混みに、二人の偉大なるヒーローの背中はあっという間に溶け込んでいった。



「今日の夕食はハッシュドポテト入りチーズオムレツと、グリルチキンのマスタードクリーム掛けですっ! どうぞお召し上がりくださいっ!」

エプロン姿のシキミが運んできた大皿を前に、サイタマはご満悦だった。食欲をそそられる香りに頬を緩ませつつ、いただきまーす、と行儀よく手を合わせ、もりもりと掻き込んでいく。

「んー、うまい。やっぱりお前のメシが一番いいな」
「あ、えっと……ありがとうございます……」

ストレートな褒め言葉に恥ずかしがりながら、シキミも食卓に着いた。今夜のディナーは二人きりである。ジェノスは昼間ベルティーユ教授のもとを訪れてから、休みも取らずにヒズミの足取りを洗っているのだった。ある程度の収穫が得られるまで設備の整った本部に泊まると言っていたので、しばらく帰ってこないだろう。

「……なんだか、心配ですね」
「それはジェノスが? ヒズミが?」
「両方です。まさか人身売買組織に関わってたなんて」
「ひとまず一件落着はしてるみてーだけどな。それにしてもヒズミのヤツ、一体なにしてやがんだ? 逃走の旅なんだろ? ヒーロー協会どころか、そんなくだらん悪者に捕まってちゃ世話ねーぜ」
「なにか事情があったんだと、思いますけれど……」

ギンスケから得たヒズミの情報は、すべてシキミにも話している。しかし断片的な手掛かりばかりなので、ともども頭を悩ませるばかりだった。

「お前は今日なにしてたの?」
「F市で仕事の依頼を受けてました」
「F市?」
「ヒーロー協会がスポンサーとして開発と製造に携わってた豪華客船の入水式典が開催されるんです。再来週ですね。そちらにゲストとして出演してほしいと、依頼がありまして」
「へえ、豪華客船か。すげーな。ヒーロー協会ってそんなこともしてんの?」

程よく焦げ目のついたチキンを頬張りながら感嘆の声を漏らしたサイタマに、シキミも頷く。

「建設資金を出したというよりは、ヒーロー協会の名前を貸して募金活動に助力したっていう形みたいです。協会も基本的には善意の支援金で運営されてる団体ですからね、他の民間企業においそれと大金を寄付できるような立場じゃありません。でも儲けに繋がる事業には積極的に噛んでいきたいでしょうし、大元の建造主である会社……タラータ重工っていうそうなんですけど、そっちにしても、世間からの支持率が高いヒーロー協会の名前が借りられるとなれば万々歳だったはずです。ウィン・ウィンのおいしい関係ですよ」
「なんか現実的な話だな……」
「式典当日の警備にも、協会からヒーローを派遣するらしいです。もともと別に専門の人員を雇ってたそうなんですが、どうもトラブルがあったようで」
「トラブル?」
「……その依頼先の警備派遣会社が、つい先日、ものすごい失態を晒したそうで。故意でなかったとはいえ凶悪犯罪に加担した挙句に社員が何人も亡くなって、甚大な損害を被ったんです。大人同士のビジネスの話ですし、彼らに非があったわけではありませんから今更キャンセルもできなくて、しかしどうしても不安が残るということで……それでヒーローたちの手を借りたいと」
「なんだそれ。なにがあったの?」
「グレーヴィチ研究所──ですよ、先生」

本日その名を予期せぬところで耳にするのは二度目だった。

「えーっと……確か“ヴァルハラ・カンパニー”っていう、警備派遣会社っていうよりは軍人くずれの傭兵集団ですね。あの研究所に社員の半分近くが長期契約で貸し出されてたんですが、その人たちがほとんど……その……クローディアの餌になってしまわれて……」
「ああ……」

だんだんと食事中に相応しい話題でなくなってきたが、かといって中途半端なところで断ち切っていい空気でもない。互いに気まずさを覚えながら、バラエティ番組の笑い声をバックに、血腥い雑談は続く。

「貴重な手練の大半を持っていかれて、信用も失い、もう絶体絶命のドン底って感じですね。だからこそ死にもの狂いで今回の式典に加わりたがっているみたいです。ワールド・クラスの豪華客船のお披露目式なんて、そうそうない大舞台ですからね。そこで確かな結果を残せれば、名誉挽回できますので」
「なるほど。そんなことになってたのか……世知辛いな」
「そうですねえ」
「それにしても羨ましいな、豪華客船ってか。どうせうまいメシとか酒とか食わしてもらえるんだろ?」
「立食パーティーがあるとは聞いてます。各界の著名人もいらっしゃるそうなので……偉い政治家さんとか、あと海外の女優さんとかも」
「いいなあ……俺もヒーローとして有名になったら、そういうとこに呼んでもらえんのかな」
「興味がおありなら、先生も来ますか?」
「え?」

突然の申し出に、サイタマは危うく箸を落としかけた。

「おいおいマジで? そういうのもアリなの?」
「全然アリですよ。ご家族や友人を是非たくさん連れてきてくださいと、タラータ重工さんの方から言われてます。でも再来週だともう夏休みも終わって学校が始まっちゃってますから、ツルコやヒメノは招待できませんし、……ヨーコさんは相変わらず行方不明ですし、独りで参加するのも寂しいですから、先生さえよろしければ来賓として、一緒に来てください。あ、でも先生はお忙しくていらっしゃいますよね……急な話ですし、都合がつかなければ別にお気遣いは」
「行く」
「えっ」
「ぜッッッッてえ行く」
「そ、そんなに溜めるほどのことですか」
「当たり前だろ! 豪華客船だぞ! そうと決まったらアレだ、準備しとかねーとな。ドレスコードとかあんだろ? ビシッとスーツ決めなきゃなー。きっちりした服なんて着るの就活以来だな。あ、そうだ、そーいうでけー船でも船酔いとかするもんなのかな。酔い止めとか持ってった方がいいのかな。シキミ、どう思う?」
「……どうでしょうね……」

修学旅行に胸を弾ませる中学生のようなハイテンションっぷりではしゃいでいるサイタマを、最初は少し引いたふうに見ていたシキミだったが──だんだん微笑ましくなってきて、やがて彼女も破顔した。

雄大に広がる大海原への期待と高揚が、二人っきりの晩餐を賑やかに彩っていくのだった。