eXtra Youthquake Zone | ナノ





埠頭に集まったヒーロー協会の護送車に呼続一派が連行されていくのを遠巻きに見守りながら、サイタマ一向はニーナに整列させられ、事情聴取を受けていた。だが事件の次第をすべて正直に話したところ、説教にすり替わってしまった。それも無理はない。一般市民が危険に晒されているのに、敵の戦力も充分にわからないままほとんど無策で乗り込んでいったというのだから、褒められたものではない。これが正義感テストにおける状況判断の例題だったならば、完膚なきまでに落第である。

「幸い犠牲者が出なかったからよかったようなものの、拳銃まで持ち出すような箍の外れた連中を相手に、大した装備もなく飛び込んでいくとはどういう了見ですか。あなたたちには最低限の常識も備わっていないんですか?」
「装備ならちゃんと整ってましたよう、先輩」

口を尖らせながらじゃきんじゃきんと大鋏の刃を開閉するアンネマリーを、ニーナは鬼の形相で睨む。

「そういう問題じゃありません!! いいからもうそれをしまいなさい、危ないでしょう」
「ああっ、しまった、妙興寺組の家にケース置いてきちゃった」
「…………………………」
「て、てへぺろ」

アンネマリーの脳天に思いっきり拳骨を炸裂させ、ニーナはふざけたコスプレみたいな格好をしたサイタマと、すっかり縮こまっているシキミを順番に一瞥して──最後に、なぜかひょっとこのお面で顔を隠した、見覚えのあるS級ヒーローを、困惑の隠しきれない面持ちでまじまじと凝視した。

「それで、あなたはどうしてそんなものつけてるんですか、……ジェノス様」
「………………!?」

ジェノスの肩が驚愕に跳ね上がった。顔は隠しているし、一言も発していないのに、なぜ正体がバレてしまったのか──というリアクションだったのだが、ニーナにその意図は伝わっていない。

「いや、ヤクザのドンパチにヒーローが乗り込んでいったなんてバレたらまずいと思ってよ、できるだけ人相を見せないようにしようっつってお面つけたんだよ。なあ、ジェノス」
「……はあ……しかし、ジェノス様、それなら腕も隠さないと意味がないのでは……? 戦闘に長けた金髪のサイボーグなんて、このご時世でもそうそういないですし……まずサイボーグであることを隠蔽するのが第一だったのではないかと……」
「────!!」

ががーん、と背後に稲妻のエフェクトが入るほどの衝撃を受けて硬直しているジェノスに、アンネマリーは腹を抱えて爆笑した。

「あっはっはっはっは、やべ、ちょーウケるんですけど! やべー! ジェノス様やべー! やべー! ひょっとこサイボーグ! あっはっはっはっはっはっはゲホッゲホッ、ひーっ、やべーマジでやべー」
「黙れ!! 本当に燃やすぞお前!!」

小一時間ほど連れ添ったパートナーであるひょっとこを引き千切るように剥がして地面に叩きつけ、ジェノスはいっそ悲痛な声音で怒鳴る。

「その辺にしておきなさい、アンネマリー。……まあ、あなたがたが事件に関わったことは、極力マスメディアなどに出ないよう私が根回ししておきます。心配はいりません。その代わり、今回の正義活動の功績によるランキングの上昇はなくなります。報奨金も出ませんから、そのつもりで」
「え、ちょ、それじゃいよいよマジでジェノス様の変装が無意味じゃないですか、あっはっはっはっは、やべー! 無駄ひょっとこ! やべー! マジでウケる!」
「いい加減にしなさい。あんた絞めるわよ」

手術前の外科医のように手の甲を外に向けたポーズでウェルテルステンを構えるニーナの台詞には冗談の色が微塵もなく、アンネマリーはそこでようやく黙った。かといってジェノスが負った精神的ダメージが消えるわけでもない。彼が慕ってやまないヒズミがこの場にいたら、アンネマリーを道連れに夜の海へダイブして自爆していたことだろう。その顛末を想像して、ニーナは何度目になるかわからない溜め息をついた。

「……はあ、まったくもう……」

後先を考えない無茶苦茶なヒーローと、フリーダムすぎる豪放磊落な後輩と、煩雑きわまりない後始末とに翻弄され──ずきずきと痛む頭を支えるように、額に手を当てて項垂れるニーナであった。



それから間もなく、協会が護送車とは別によこしてきた迎えのリムジンに乗り込んで、彼らは仲良くこんな会話をしたとか──しなかったとか。



「だから、ジェノス様もサイタマ様みたいに和服を着ればよかったんですよ。袖ひらひらしてますし、腕も余裕で隠せたんじゃないですか? イケメンに着流し! 目の保養にもなって一石二鳥」
「誰の目を保養するんだ、あの状況で」
「うわあ! この子イケメンっていうのを否定しない! そこに痺れる憧れるゥ!」
「……二度と喋れないように貴様の唇を溶接してやろうか? ん?」
「やだなあ、冗談ですよう。女の子に手を上げるなんてサイテーですよ? ヒズミさんにも嫌われちゃいますよ?」
「……………………」
「……あの、本当に傷ついた顔するのやめてもらえます?」
「うるさい。もう放っておいてくれ」
「まあ実際問題、ジェノスがあーいういかにもカッコいい服で戦ってたら、喜ぶヤツは多いんじゃねーの? ファンクラブあるくらいだし」
「先生まで……」
「シキミもそう思うだろ?」
「あたしには、よくわかりませんけど……でも、前にあたしも参加した人気ヒーローのコスプレ企画とかは確かにとっても盛り上がりました」
「え? コスプレ企画?」
「そうです。なんか、アニメのキャラクターみたいなフリフリのかわいい衣装で、ちょっとしたパフォーマンス的なことを……ものすごく恥ずかしかったですけど」
「……へえ……」
「先生、そういうのお嫌いですか?」
「いや別に。むしろ好きとかバッチコイとか思ってないし。その記録映像どっかに残ってねーのかなとか全然これっぽっちも思ってないし」
「はあ……、…………?」
「フフフ、どうやらサイタマ様は己に正直な殿方のようですねえ。そんな感じでジェノス様も、さあ、レッツ仮装!」
「しない」
「なんでですかー! しましょうよ! そして撮らせてください。広報部の友達に宣材写真として売りつけるのです。ホームページのトップに飾ればアクセスアップ間違いなしです」
「お前の小遣い稼ぎに協力するなんて真っ平だ」
「でもホームページなら世界中どこからでも閲覧できますから、噂を聞きつけたヒズミさんが見てくれるかも知れないですよ? 惚れ直してくれるかもですよ?」
「……………………………………断る」
「なんですか今の間は」
「気のせいだ。あいつは人の外見に左右されるような女じゃない。ちゃんと俺の本質を見て、汚いところも醜いところも笑って受け入れてくれる慈愛があって、あんなにも優しいひとは他にいない。俺はヒズミがいなければ、もうとっくにまともではいられなくなって……」
「あっ、そういうノロケはいいです。ゲロ以下の臭いがぷんぷんします」
「……貴様ァ……」
「でもヒズミ様、いつか流行った任侠ネタのドラマの話したとき『和服ヤバい。超ヤバい。ときめきノンストップ』って言ってましたよ」
「……ニーナ先輩、結構ぶっこんできますね」
「事実ですから。それに……」
「それに?」
「サイトへのアクセスアップは私も望むべくところですので。協会への広告収入が増えますから」
「何度も言うが、俺が体を張ってまで貴様らの懐を温めてやる義理は──」
「ああ、そういえばそのときヒズミさん、うっとりしながら『一回でいいから着流しヤクザに見初められて抱かれた〜い! あんあん! いやん! 旦那様、そこはっ、そこはあかんぜよ〜!』とも言っ」
「衣装と小道具はそっちで用意しておけ。スタジオはどこだ。撮影はいつだ。今から博士に頼んでメンテナンスのスケジュールを調整する」
「ちょ、ま、ジェノスお前マジか面白すぎるぞ」
「驚異的な変わり身の早さでしたね……」
「こんな欲望をバッキバキに丸出したヒーローがいていいんですか? 先輩」
「いいのですよ、後輩。この世の中、誰も傷つけることなくお金に変わるものは、すべからく正義です」
「世界は荒んでしまったんですね」
「そういうものです。我々は非力なのです」
「涙ちょちょぎれちゃいますね」
「ええ、ですから、せめて──強く逞しく、なるべく笑って生きていく努力をしましょう」