eXtra Youthquake Zone | ナノ





鼓膜がおかしくなりそうな爆発音が背後から聞こえてきたと思ったら、閉ざされていたはずの分厚いシャッターが破壊されていた。いきなり外から空けられた大穴の断面は、どうやら熔けているらしい。鋼鉄が焦げつく嫌な匂いがダイキの鼻孔を突いた。

「……大当たりみたいですね」

そこに立っていたのは、なんとも言い難い、おかしな格好をした集団だった。

先陣を切って倉庫の内部へ踏み込んできた、巨大な鋏を担いだ金髪の若い女に続いて、マスクで顔を隠した背の低い少女と、和服に狐の面を被った“いかにも”な風体の男と──金属の部品によって構成された右の掌から白煙を立ち上らせている、なぜか間抜けに口を窄めたひょっとこを装着した青年がずかずかと押し入ってくる。怯んでいる様子はまったくない。

「ジェノス様の生体センサーとやら、あんまり信用していませんでしたけど、馬鹿にはできないようですね」
「貴様はいちいち鼻につく言い方をするな。わざとか? わざとやっているのか?」
「でも、ヒメノはいねーみてえだな。やっぱり第三倉庫の方か」
「さっさとここを片付けて、そっちに向かいましょうか」

じゃきん、と大鋏の刃を鳴らしながら、アンネマリーが男たちを一瞥する。這い蹲って悶えているダイキが“被害者”側であるのは、火を見るよりも明らかだった──駆逐すべきは、こちらを敵意に満ちた眼差しで睥睨している二人組のちんぴらだ。突然やってきた奇矯で奇怪な一団に、警戒心を剥き出しにしている。

そのうちのひとり──半袖の黒いシャツからいかつい刺青の入った両腕を威嚇のように覗かせていた者の右手には、鍔のない短刀が光っている。それもれっきとした殺傷のための恐ろしい武器だったが、もう片方の、和柄のジャケットを羽織った小太りの中年が構えている日本刀に比べると、いくらかかわいらしく見えてしまう。鞘に収まってはいるものの、その筆舌に尽くしがたい威圧感は紛い物ではない。

「……やる気満々みたいですよ、アンネマリーさん」
「交渉の余地なし、ですか。手っ取り早くて助かります」
「なんだ、テメエら? 何者だ? どっからここ嗅ぎつけてき──」

品のない刃をぎらつかせながら、先頭に立っていたアンネマリーにじりじりと歩み寄ってきた刺青男を、彼女はただの峰打ち一発のもとに沈めてしまった。目にも留まらぬ鋭い一閃にこめかみを殴打され、彼は「ふぐっ」という情けない呻き声を漏らして気絶した。残された男は一体なにが起こったのかも理解できぬまま、刹那の隙に一足飛びで距離を詰めてきたひょっとこ野郎のアッパーカットを顎に受けて吹っ飛ばされた。

丸々と不健康に太った体躯がきりきりと宙を舞い、積み上げられていたドラム缶の山に頭から墜落して、晴れて生き埋めの身となった。殴られた衝撃で彼の掌中から離れた日本刀は、空中に投げ出されて──高々と放物線を描いたあと、サイタマにキャッチされた。

「おお、結構これ重いのな」
「危ないですよ、先生」
「抜かなきゃ平気なんじゃねーか? よっ、ほっ、どう? カッコいい?」

チャンバラごっこに手頃な木の枝を拾った小学生のように次々ポーズを決めながら、サイタマはいたくご機嫌らしかった。楽しそうでなによりだが、遊んでいる場合ではない。一刻も早く第三倉庫へ、囚われたヒメノを助けに行かなければならないのだ。初めて手にした日本刀に浮かれているサイタマに適当な相槌をして、シキミはとりあえず縛られて転がされている青年を解放すべく駆け寄ろうとしたが──

「──なァにやってやがんだテメエらァア!!」

入口から飛び込んできた怒号と、数えきれない足音の多重奏によって、それは阻止された。

大勢の男たちが、ジェノスがブチ開けたシャッターの大穴を潜ってわらわらと侵入してきて、四人をぐるりと取り囲んだ。全員がバールやら鉄パイプやら、十二分に凶器となりうる得物を握っている。

「好き勝手してくれよったのォ、オイ、どういうつもりじゃ? なんなんじゃテメエら? どこの組のモンじゃ? ワシらが誰だか知っとって、こないなササラモサラしくさっとるんかいの?」
「また一から私たちの素性を説明しなきゃならないんですか? 面倒くさいなあ」
「説明する義理はないだろう」
「そうですね」
「黙らせればいい」
「仰る通りでございやす」

ジェノスの進言に、茶化すように口を斜めにするアンネマリー。その余裕綽々といった態度が、殊更に彼らの──騒ぎを聞きつけて応援に来た呼続派の連中の神経を逆撫でしたのはいうまでもない。目を血走らせ、謎の闖入者たちを袋叩きにしてしまおうと息巻いている。しかしアンネマリーは怯むどころか、どこまでもマイペースに、緊張感のない欠伸まで零していた。くぁあ、と目尻に涙を滲ませて、退屈そうに溜め息をつく。

「仕方ない、ここは私が引き受けましょう」
「え? ねーちゃん、大丈夫か? 結構いるけど」
「ドシロートが集まってるだけです。十人でも百人でも、変わりませんよ」
「……ナ、メ、やがってェ……!」

ヤクザどもの歯軋りが、こちらまで聞こえてくるようだった。それほどの怒気が、潮の腐ったような、饐えた臭気が漂う倉庫内を塗りつぶしていく。

「でも、入口が塞がれちまってるぞ」
「そこに窓がありますから、出られるのでは?」
「あ、本当だ。ジェノス、お前、よく見てるもんだなあ。……よし、そんじゃ、お言葉に甘えて俺らは本命おいしくいただかせてもらうぜ」
「はいはい。ご武運を祈りまーす」
「軽いなオイ……あ、そうだ、人質のコイツどうしよう?」

狐の面に色無地の着流しという、フィクション作品からそのまま飛び出してきたようなスキンヘッドに指差され、ダイキは竦み上がる。話の流れからして彼らは拉致されたヒメノと自分を助けに来てくれたのだろうけれど、あまりにも不審すぎて、丸腰のダイキにはビビるなという方が難しかった。

「あー、そうですね、安全なところに避難させてあげてください」
「大口を叩いてはいても、民間人を守りながら戦う自信はないのか?」

虚仮にされた仕返しとばかりに頬を嫌な感じに歪めたジェノスに、しかしアンネマリーは気分を害した素振りもない。なぜなら彼女は知っている。誰よりも理解している。他の追随を許さない、殲滅行動のみに特化した、己の性能を──“核弾頭”たる所以を。

「同じことを何回も言うの、嫌いなんですけれど──」

背中まで届く、ゆるくウェーブのかかった金髪を首元から手で払い、一目見たら忘れられないインパクトを持つ大鋏の鋭く尖った先端を肩の高さまで地面と水平に持ち上げて、アンネマリーは気怠そうに続ける。

「手加減が不得意なんですよ、私」



懐刀の部下を引き連れて現れたヨビツギは、この世の汚いものをすべて放り込んで煮詰めたような笑みを強面に貼りつけながら、ヒメノを見下ろしていた。対するヒメノは、嫌悪と軽蔑に染まりきった表情で彼の視線を真っ向から受け止めている。一歩も引く気はない、と鋭い眼光が物語っていた。

「……本当に根性が据わってやがらァ」

ヒメノの真正面、積まれた鉄骨に腰かけて、ヨビツギは煙草に火を点けた。濁った副流煙を吹きかけられて、ますますヒメノの顔つきが険しくなる。しかしヨビツギはさも愉快そうに肩を揺らすだけだった。

「お嬢は煙草がお嫌いですかい?」
「いいえ。あなたの息が臭かっただけです」
「なんだとォ、このガキ……」

ストレートな罵倒に怒りを露わにした部下を手で制して、ヨビツギは紫煙をくゆらせつつ、おどけるように片眉を吊り上げてみせた。

「悪かったなァ。今後、気をつけやすよ。店のオンナノコたちにも嫌われちまわァ」
「よくもいけしゃあしゃあと……騙して威して言いなりにさせてるくせに」
「だったらなんだ? 若頭に言いつけますか?」
「言いつけなくたって、父はあなたの悪行を全部知っています。父が組長の座に就いたら、真っ先にお仕置きされるでしょうね」
「おお、怖い怖い。こりゃアますます、若頭をトップだと認めるわけにゃいかんなァ」
「こんなふうに私を誘拐して父を脅迫したって、どうにもなりませんよ。あなたがた一派以外の皆さんは父を認めています。仮に父が自ら権力争いを降りるといっても、通らないでしょうね」

あくまで強気なヒメノに、初めてヨビツギが笑みを消した。酷薄に目を眇めて、自分より一回り以上も年下である女子高生のヒメノへ、本気で凄んでみせる。

「……あんまりナマ言ってっと、マジで沈めンぞ、クソガキ」
「やれるものならやってみればいいでしょう。腰抜け」
「こ、腰抜け──だと」
「あんまり近寄らないでください。さっきも言いましたよね? 口が臭いんですよ、あなた」

唾でも吐きかけかねない口振りで吐き捨てるヒメノ。いっそふてぶてしいほどの彼女の言動に、ヨビツギは額に青筋を立てて拳を握り──すぐに解いた。くつくつと全身を痙攣させるようにして、不気味に笑い出す。そのまま振り返って、傍に控えていた部下に目を移した。

「おい、セイジよ」
「へいっ! な……なんでやしょう」
「口の減らねえガキに、オトナの怖さァ、教えてやれ」
「と……申しますと?」
「こないだヤク漬けになったバカが使い物にならなくなって、店の人手が足りとらんだろ。──すぐお得意様にケツ振れるように調教してやれ」
「……ああ!」

ヨビツギの命令の意図を察して、セイジと呼ばれた部下の男は唇を三日月のごとくに吊り上げ、不揃いな歯を剥き出しにした。他の者たちも、似たように下卑た面持ちで、じりじりとヒメノへ距離を詰めてくる。金色の腕時計を巻いたセイジの毛深い腕が伸びて、ヒメノの髪を無遠慮にひっつかんだ。

「いっ、た……! 汚い手で触らないで!」
「うるせえ、暴れんじゃねェ!」

セイジの容赦ない平手が、ヒメノの頬を赤く腫らした。こないだユニクロで買ったばかりの、淡い色合いのサマーカーディガンが無残に引き千切られて、きらびやかなラメの入ったキャミソールがお目見えする。日に焼けていない白く瑞々しい肌が晒されて、セイジの喉がごくりと鳴る。

「や──やめなさいっ、いい加減に──」
「もう観念してくだせェ、お嬢……へへへ、見てくれは野暮ってえが、生娘だと思いやァかわいいもんだ」
「っ……!!」

閉鎖された空間に理性を失った呼続一派の魔の手が、ヒメノに迫る。頭に血が昇って、全身から汗が噴き出して、瞬きさえ忘れてヨビツギを睨みつけるが──それしきのことで、彼らの暴走が止まる道理もなかった。

あわや絶体絶命かと思われた、そのとき。

──がごんっ!

と。
硬いものが無理矢理ひしゃげるような大きな音と、まるで紙粘土のように抉じ開けられたシャッターから差し込んできた夕焼けの赤光と──ともに。

「待てええええい!」

威勢のいい啖呵が響き渡った。

「な──なんだァ?」

突然の出来事に狼狽している呼続一派の眼前に現れたのは。
和装に狐面を装着した禿頭の若い男と、
一世代前の不良めいたマスクの少女と、

「……ひ、ひょっとこォ……?」
「そこに触れるな」

無茶なことを要求してくる異形の金髪サイボーグだった。

まるで統一性のないトリオの登場に、全員が警戒も忘れて唖然とするなか──着流しのハゲが一歩ずいっと前に出て、高らかに口上を張り上げる。

「ひとーつ! 人の世、生き血を啜り!」

携えた日本刀を左手に弄びながら、悋気を滲ませつつ、歩み寄ってくる──

「ふたーつ! 不埒な悪行三昧!」
「……………………」
「みーっつ! 淫らな人妻を……」
「違います先生、それ銀魂です」
「え? あれっ?」

マスク少女からの指摘を受けて足を止め、ハゲはおろおろと後ろを振り返った。

「なに? 本当はなんて言うの?」
「……みっつ醜い浮世の鬼を、退治てくれよう桃太郎、です」
「おお、そうかそうか、すまんジェノス。……えー、ゴホン、みーっつ! 醜い浮世の鬼を──」
「何者だテメエらァ! 今なにしてッかわかってンのか! あァ!?」
「最後まで言わせてくれよ!!」

ハゲの理不尽な抗議を黙殺して、ちんぴらの一人が、懐から抜いたのはピストルだった。断じて玩具などではない、軍事運用もされている、正真正銘ホンモノの銃火器──その照準を迷いなく狐面の中央に合わせ、澱みなくトリガーを引いた。生きているものを撃って殺すのに慣れた、躊躇いのない鮮やかな動作だった。

しかし標的は──それより疾く、動いていた。

親指一本で鍔を弾き、刀身をロケットのごとく射出させる。勢いよく滑り出た柄を右腕で掴み、刃先を顔の位置で縦に固定して──とても目視などできぬ速度で飛来してきた鉛弾を、いとも容易く弾いた。

中央で真っ二つになった、小さな塊がコンクリートの地面に落ちて、ころころと頼りなく転がる。

「………………!?」
「くうーっ、一回こういうのやってみたかったんだよなあ」

なにやらハゲは感動しているらしいが、男たちはそれどころではなかった。なにせ目の前で“弾丸を斬る”という、およそ現実離れした技を見せつけられたのだ──動揺を隠せるわけもない。

そんな彼らに畳みかけるように、狐面の彼は──サイタマは、妖気すら感じさせる立ち姿で、着物の裾を翻しながら、刀を鞘に戻した。そして居合いの姿勢を取る。それ自体は素人丸出しの、基礎もなにもなっていない滅茶苦茶な構えだったが──場末のヤクザ連中に固唾を呑ませるには充分な迫力があった。

「こっからは、俺らのスーパー粛清タイムだぜ──覚悟ァできて、ござんすか」

戦闘態勢に入った彼に倣ってマスクの少女も掌中の小型拳銃の安全装置を外し、ひょっとこサイボーグも不穏な稼働音を立て始めている。武装した集団に対して、相手はたったの三人なのに──その場にいた呼続一派の全員が、このとき既に確かな恐慌と怯懦を覚えていた。

「──お好きなように、抜きなせェ」

サイタマが発した、底冷えのする平坦な最後通牒が、ぞっとするほど静かに倉庫の壁に反響した。