eXtra Youthquake Zone | ナノ





かつてニーナがシキミに零した「アンネマリーと戦闘任務に就くのは罰ゲームだ」という言に、果たして嘘偽りは一欠片たりとも混じっていなかった。純粋な本音だった。

もともと気性が穏やかな方でなく、感情に任せて熱くなりやすいアンネマリーを、ニーナはテオドール率いる対怪人対策チームに所属していた頃からたびたび叱って諭してきた。年齢が若く、まだ充分に経験を積んでいないせいもあるのだろうが、精神的に未熟なのだ。任務を終える都度いつもチーム・メンバーからくどくどこってり絞られながら、しかしアンネマリーは“こうやって先輩や上司の人たちに怒ってもらえるのは、期待の表れなんだ”──と、どこまでも現状をポジティブに捉えていた。

その前向きさこそが、彼女の成長に一役も二役も買っていた。地獄のようなトレーニングを毎日こなし、心身ともに苛め抜いて鍛え上げて、かくして立派な傭兵になったわけである。疑うことを知らず、義憤と勇気と“隊長”へのひそやかな憧れを胸に秘め、目標に向かって邁進しつづけた彼女に、いつしか誰も歯が立たなくなっていた。入隊して約わずか一年のことであった。

かつて“噂の生存者”を捕縛すべく、テオドール自らZ市のゴースト・タウンへ出動したとき──彼は数いた子飼いの部下の中から、目的を達成するに充分な実力を持ち、己の命令に忠実で、不測の事態に巻き込まれても頭を使って回避できる者としてまずニーナを抜擢し──そして。

イレギュラーな状況に陥った際の立ち回りに不安はあるが、それを補って余りある機動力と攻撃力と瞬発力を有し──

当時チーム内で“核弾頭”と称されるまでの地位を確立していたアンネマリーを呼んだ。

その綽名が表わす通り、使いどころを間違えれば味方にまで被害を及ぼす、圧倒的な火力──破壊力。
発射されたら最後、委細を問わず形振り構わず標的を殲滅する。

彼女こそが最終兵器であることに、誰も異を唱えない。
彼女の戦場には、塵ひとつさえ残らない。

そんなヒーロー協会きっての問題児、アンネマリーに──

たかだかヤクザの鉄砲玉ごときが、敵う道理もないのだった。



雄叫びを上げながら木刀を振りかざして躍りかかってきた男の側頭部に、アンネマリーの一撃がクリーンヒットした。横に凪いだ大鋏の峰が、がつっ、と嫌な音を立ててこめかみにめり込んで、男はその場に崩れ落ちた。コンマ数秒の出来事だった。

次いで襲ってきた者たちを、アンネマリーはものともせずに伸していく。ぶんぶんと闇雲に大鋏を振り回しているだけのように見えるが、的確に敵を倒している──なにがどうなっているのか、シキミには理解できなかった。

正面から突撃してきたリーゼント野郎の顎を、刃面で下からアッパーカットの要領で殴打してふっ飛ばし、背後から迫っていた鼻ピアスの男には一瞥もくれず回し蹴りを叩き込む。怒りと暴力的な衝動とで勢いづいていた荒くれ者どもが、徐々に気概を削がれ、戦意を喪失していくのが目に見えるようだった。各々の手に短刀や警棒を握りながら、その挙動には迷いが出つつあった──その隙を見逃すアンネマリーではない。

敵の数が半分になったところで、アンネマリーは二対の刃を綴じる要の部分──中心のネジを掴んで、がちん、と捻った。ロックが解除されて、それぞれが離れる──動刃と静刃とが別たれて、二刀流になる。

「──よいしょおおおおっ!」

気合い一閃、アンネマリーが裏手に構えていた静刃を、アンダースローのフォームで投げ放った。地面すれすれを滑って、呆然とアンネマリーの大立ち回りに見入っていたホスト風の金髪の足首に突き刺さった。傷の部位が部位なので、致命傷にはならなかろうが──もちろん、相応には──痛い。

「ぎゃああああああああああああああああ!」

激痛にもんどりうっている同胞の姿を目の当たりにして、いよいよヤクザたちは自分たちの早計を悟ったらしかった。喧嘩を売る相手を間違えたことに気がついたらしかった。しかし──ごめんなさいで済むのなら、ヒーロー協会はいらないのである。

動刃と静刃とを、極細のワイヤーが繋いでいるのを目視できたのは、恐らく人並み以上の視力を持つシキミだけだっただろう。外された番の内側に小型のリールがくっついていて、刃元同士を接続している──どういう仕組みなのかはわからないが、それが巻き戻って、アンネマリーの手元に投擲した静刃が収まった。貫通した刃が引き抜かれたことで、金髪の足から鮮血が噴き出して、再び耳を塞ぎたくなるような悲鳴が和室に響き渡った。

「ちょっ──とォ、聞いて、聞いてないッスよ、ジンロウさん、こんな化け物が出てくるなんて!」
「うるせえ! ビビるんじゃねえぞ、テメエそれでも呼続派かァ!」

明らかにもう怯えきってしまっている下っ端に、最初にアンネマリーへナイフを投げつけたリーダー格の男が怒鳴り返した。しかし彼の強面も完全に引き攣っている。それでも撤退しようとしないのは、相手が桁外れに強いからといって逃げるわけにはいかない、という──もはや意地だけのようだった。

「その根性だけは、賞賛に値しますね」
「じゃかあしィわ! くそっ、なんなんだよ、テメエはァ!」
「さっきも名乗りましたよ。ヒーロー協会の者です」
「うるッッッせえええええええええ!」

憤怒と悔恨とでぶるぶる震えながら拳を握りしめ、ジンロウが吶喊してくる──そんな原始的な暴力がアンネマリーに通用しないのは、今更改めて説明するまでもない。スポーツ番組だったらさっくりとダイジェスト編集されるくらい、盛り上がりに欠ける展開だった──特筆する文字数すら惜しい。

裏手に構えた動刃の峰打ちに沈んだジンロウの背中を踏みつけながら、アンネマリーは残り四人となった“呼続派”の連中をじろりと睨めつけた。ひいっ、と全員が面白いくらいに竦みあがる。

「や……やってられっかよォ! こんなのよォ!」
「聞いてねえぞ! ちくしょう!」

そう口々に吐き捨てて、踵を返そうとした彼らにも、アンネマリーは容赦しなかった。手中の剣を再びスローイングして、伸びるワイヤーを鮮やかに操り、逃げ出そうとしていた男たちを雁字搦めにしてしまう──果たして全員が仲良く縛り上げられ、身動きを封じられ、団子状態ですっ転ばされた。

「は、離せやゴラァ! このアマ──」
「離してもいいですけれど、そしたら今度は容赦なく斬りますよ? 達磨にされたいなら、それはそれで私は構いませんが」
「……………………」

この期に及んでも吠えていた男がごくりと唾を飲んで押し黙ったのを見て、アンネマリーは満足げに頷いた。そして周囲を見渡す──もともとドンパチやって荒らされていた和室だったが、さらにひどい有様になっていた。局地的に嵐が来ていたかのような惨状だった。

「いやあ、理解が早くて助かります。──さて……」

仕切り直そうとしたアンネマリーの耳に、騒がしい足音が届いた。こちらへ迫ってくる──まだ反乱分子がいたのか、と右手の動刃を水平に構えかけた彼女の視界に飛び込んできたのは──オールバックの金髪にサングラスを装着した、いかつい風体の若者。

しかし整髪料で撫でつけられていたと思しき髪はぐちゃぐちゃに乱れ、額からは血が流れている。サングラスのレンズにも罅が入っていて、フレーム自体も歪んで傾いている。もう二度と元の形には戻らないだろう。爆発にでも巻き込まれたんじゃないかと心配になるぼろぼろの姿で、彼は呆然と畳に転がる呼続派の手練れたちと、ただ一人そこに立っているアンネマリーとを交互に見比べて、重そうに口を開いた。

「……これ、オマエがやったのか……?」
「ええ。あなたは?」
「俺は……この家のモンだ。こいつらに襲われて……チッ、情けねえ話だが、気絶させられちまって……でもすぐ目が覚めたから、一矢くれえ報いてやろうと思って、こいつらを探してた……」
「あなた以外に、動ける人は?」
「いねえみてえだ……俺ァまだ正式に舎弟になったばっかで、喧嘩も弱えーしよ、舐められたんだろうな……くそっ、情けねえよ……!」
「そうでもありません。単独で複数の敵に立ち向かおうとする勇気は、私は評価しますよ」
「……オマエ、なんなんだ?」
「ヒーロー協会の者です。そこにおわす女子高生シキミ殿が、ここのご令嬢とお友達でいらして。お迎えに来たのですが、なんと誘拐されたというじゃありませんか。これは見過ごせない、と思いまして、要らない手を出させていただきました」

アンネマリーが指した方向に、倒れたギンスケを庇うようにしながら座っていたシキミを見て、金髪の彼は目を瞠った。シキミも彼のことを知っていた──彼が部屋住みとして家の世話をしていた頃からの顔見知りだった。

「ああ──シキミさん」
「リュウヘイさん、お怪我を……」
「これくれえ、大したことねえや。……すんません、妙なことに首を突っ込ませちまって」
「いえ、あたしは……それより、ヒメノは」
「どっか連れていかれちまったみたいなんスけど、どこに行ったのかは、とんとわかりやせん……ヨビツギの野郎は、裏社会にもかなり通じてやすから、いくらでも隠れる場所を持ってやがるんだ」

要するに、手詰まりというわけだ──制圧した呼続派の連中から聞き出すしかない。アンネマリーが、すいっ、と拘束した四人に視線を流す。それだけで彼らは蛇に睨まれた蛙のように縮み上がり、首を横に振りだした。

「し、知らん、俺たちはなにも聞かされてない! です! ただここの見張りと、後始末をしろって命じられただけで……下っ端には、詳しいことは教えてもらえなかったんだよ! あ、じゃなくて、教えてもらえなかったんですよ!」
「……さいですか」

呆れたふうに溜め息をつくアンネマリー。下手な敬語で迎合しようとしているあたり、彼らからは責任感というか、そういったプライドが感じられなかった。本当に知らないのだろう。

「さあて……どうしましょう、か……」

思案するアンネマリーと、焦燥するシキミのもとに、二人の頼れる救世主が威風堂々と到着するのは──それから間もない、ほんの三分後のことであった。