eXtra Youthquake Zone | ナノ





かくして銀行強盗グループは揃って仲良く御縄につき、逮捕される運びと相成った。聞いた話によれば、彼らは各地で金品の略奪を繰り返していた犯罪集団だそうだ。しかしこれまでに襲撃してきたのはフランチャイズのコンビニエンスストアや個人経営の商店や富裕層の邸宅など、さして被害総額の高くないローリスク・ローリターンな標的ばかりで、ここまで大規模な事件に発展したのは今回が初めてだったという。

「恐らく銃火器や逃走車両などの装備を横流しして、更に彼らに入れ知恵をして唆したブローカーがいるのではないかと我々は踏んでいます。今後の事情聴取で厳しく追及していくつもりですが、口を割るかどうかはわかりませんね」

警察とマスコミで騒々しくごった返す銀行の駐車場の片隅に停められた、協会の所有する黒塗りのセダンの後部座席で、トキノは疲れた様子でそう述べた。その隣には、つい先ほど独力で数人の凶悪犯を無力化し、人質を無傷のまま保護するという功績を納めたA級ヒーロー、兼、現役女子高生でもあるシキミが座っている。甘ったるい缶コーヒーで唇を湿らせながら、トキノの話を深刻な面持ちで聞いていた。

「多分ですけど、有力な証言は得られないでしょうね」
「? それは彼らが権力に屈さず黙秘する、という見解ですか?」
「そうではありません。むしろ逆です。彼らにそんな強い意思なんてないと思います。意地もありません。自分たちの知っていることは簡単に喋るでしょうが、それは大した価値のある情報ではないでしょう」
「それは……」
「ただの勘ですよ。実際やりあってみて、あのひとたちの杜撰さというか、粗雑さは目に余りましたから。きっといいように踊らされていただけです。協会の睨んだ通り黒幕がいて、その存在が明るみに出たとしても、尻尾までは掴めないんじゃないでしょうか──恐らくは」

それは経験則に基づいた、ほとんど確信に近い憶測だった。とても十代半ばの、まだ幼さすら残す女の子の口から出る台詞ではない。トキノは改めて、若干の畏怖とともに、その非凡さに舌を巻く。

「……そうですか」
「あ、いえ、本当ただの勘ですから。鵜呑みにしないでください。あとのことは、任せます。よろしくお願いします」
「承りました」

恭しくトキノが頭を下げたそのとき、シキミ側の窓がノックされた。顔を上げてみると、そこには黄色いオールインワンの繋ぎに、いかにもらしいマントを備えたヒーロースーツをはためかせる禿頭の若い男が立っていた。途端にぱあっと表情を明るくし、シキミはトキノを振り返る。

「迎えが来ましたので、あたしはここで失礼します」
「あ、はい、わかりました。今日は突然の招集にも関わらず来ていただいて、ありがとうございました」
「お礼を言われることじゃないですよ。ヒーローですからね」
「それでも、です。ありがとうございました」
「……えへへ、なんだか照れますね。トキノさんも、お疲れ様です」
「はい。お気をつけて、お帰りください」

可憐な微笑を湛えて車を下り、迎えだという男と連れ立って去っていったシキミの後ろ姿をトキノは見送る。その子犬のようにかわいらしい一挙一動は、どこにでもいる普通の女子高生にしか見えない──だけれど彼女は正真正銘、悪を滅ぼし秩序を守り平和のために戦う、誰もが認める正義の味方なのだった。

「……………………」

どうしてなのだろうか──と、思う。
まだ若く美しく、他にいくらでも生き方を選べるはずの彼女がこの過酷な世界に身を置いているのは、一体全体どういう理由なのだろうか。

どういう信念──なのだろうか。

その根底にあるものを聞いてみたいような気もするし、聞いてはいけないような気もする。覗き込んではならない深淵が、そこにあるように感じられた。

そんな雑念を振り払って、トキノは運転手に車を出すよう指示を出した。これから協会に戻って、今回の後始末に奔走しなければならない。ヒーロー“毒殺天使”は己の使命を完遂した。次はサポート役である自分が腕を振るう番だ──そう心中で言い聞かせながら、トキノは早送りで流れていく車窓の外の街並みを眺めていた。



たとえ隕石が落ちようが、海の底から侵略者がやってこようが、ロックフェスが大混乱のうちに幕を下ろそうが、宇宙海賊が都市ひとつ壊滅させようが、巨大樹が産声を上げる間もなく枯れようが、銀行強盗が起ころうが、それでも日常は変わらない。

人々の営みは連綿と続いていく。世界は回る。止まることなく、一定の速度を保って、月日はただ静かに経過していく。取り残されないように、乗り遅れないように、汗をかいて息を切らして、必死でついていかなければならない──この文明社会は、そういう仕組みになっている。

というようなわけで、シキミとサイタマは夕飯の買い出しのために行きつけのスーパーを訪れていた。運動量に比例して腹が減るのは人間の習性であり宿命である。明日も明後日も生きていくためには空腹を満たさねばならない。とりわけ今日は忙しかった。なかなか大仕事だった──ヒーローとして事態の収束に一役も二役も買った、偉大なる師であるところのサイタマを労おうと、シキミはいつにも増して奮起しているのだった。

「先生! なにか食べたいものはありませんか! あたしなんでも作りますからっ!」
「いいよ別に、そんな張り切らなくて。いつもと一緒で」
「遠慮はいりませんっ! 先生お疲れでいらっしゃるでしょう! 鋭気を養えるものを……」
「お前だって頑張ったのは同じだろ。無理すんな」

さらっと受け流して、サイタマは野菜やら肉やら魚やら、とにかく値段の安いものをぽいぽいとカゴに放り込んでいく。その手捌きには迷いがない。シキミはサイタマに“頑張った”と褒めてもらえたのが嬉しかったようで、それ以上なにも言わなかった。ほんのりと頬が赤くなっている。

「今日はもう簡単なのにしとこうぜ。炒め物でいいだろ」
「先生がいいと仰るなら、あたしは従いますっ!」
「……従うとかどうとかって話じゃねーんだけどな」

苦虫を噛み潰したような面持ちで呟いて、サイタマは自分よりも低い位置にあるシキミの顔をまじまじと見つめる。シキミはあからさまに動揺しながら、それでも目を逸らそうとはしない。くりっと大きな瞳でサイタマの視線を受け止めながら、しかしやはり相応の気恥ずかしさはあるらしく、前を向いてないと危ないですよ、とかなんとか、適当にお茶を濁そうとしていた。

そんなシキミの無防備な頭部に、サイタマは唐突に右手を置いた。同じ種類の生き物とは信じられないくらいに小さい。ソフトボールくらいしかないのではなかろうか。すっぽり掌に収まってしまいそうだ──そんな感想を抱きつつ、サイタマはそのままわしわしと撫で回す。

「──っせ、せんせ、あの、人目が」
「これくらい別にいいだろ」
「そ……そう、です、か……ねぇえ……」

錆びついたロボットのようにぎこちなく首を傾げるシキミだったが、サイタマの手を振り払うこともなく、甘んじて受け入れている──そんな愛らしい仕種に、サイタマはふっと口元を綻ばせる。

「お前に怪我がなくてよかった」
「えっ……」
「それだけでいいよ、俺は」

まるで独り言のように、そう口にして。
サイタマはへらりと緩く笑う。

一気にシキミが耳まで朱に染める。爆発音がしそうなほどの勢いで、熟れた林檎のように真っ赤になって──遂に耐え切れなくなって俯いてしまう。

「どう、も、あ、りが、とうございます……」

消え入りそうな声で言うシキミに、サイタマはますます満足そうに笑みを深くする。まったくもって甘ったるい。真面目に見ている方が砂を吐きそうだ──しかしどうかご理解をいただきたいところだ。ご協力を仰ぎたいところだ。ご勘弁を願いたいところだ──なにせ彼らとて、ヒーローである前にひとりの男子と女子であるからして。

こうして共に他愛ない時間を過ごす、大切な大切な想い人こそが世界の中心なのだから。
これからも温かい目で、どうか見守ってほしい。