eXtra Youthquake Zone | ナノ





とっぷりと日が暮れて、既に空には夜の帳が下りていた。物言わず輝く星々よりも眩しい色とりどりのネオンの群れが犇めく都会の一画──政治家や著名人が多く訪れる高級料亭のVIPルームに集結していたのは、協会が誇るS級ヒーローの面々だった。

正装した使用人に連れられてジェノスがそこに足を踏み入れると、音もなく視線が集中して──真っ先に声をかけてきたのはシルバーファングこと、老雄バングだった。豊かに蓄えた口髭を揺らして快活に笑いつつ椅子から立ち上がり、歩み寄ってくる。

「これはこれは、意外な男が来なさったな」
「お前も来ていたのか、バング」
「バングさんと呼ばんか。相変わらずでなによりじゃ」

内装は一貫して和風テイストで、値の張りそうな骨董の壺やら掛け軸やらが飾られており、派手さはないが風雅な品があった。喧しい俗世と隔絶され、あらゆる雑音を削ぎ落した、静かな侘び寂びの空間──なるほど金持ち連中が好みそうだ、とジェノスは思った。

「よう、久し振りだな」

割って入ってきた男の姿に、ジェノスは不快感を隠そうともせず眉間に深い皺を刻んだ。それを見ても彼は──ゾンビマンは気分を害するどころか、むしろ嬉々として口角を上げている。

「おいおい、随分な挨拶じゃねーか」
「お前と話すことなどない」
「食事会に参加しといて“話すことなどない”ってお前なにしに来たんだよ」

おかしそうに肩を震わせているゾンビマンに、ますますジェノスは表情を険しくする。バングが執り成すように、まあまあ、と苦笑しているが、いまいち功を奏していなかった。

「あんまり邪険にすんなよ。ちょうどお前の話してたんだ」
「なんだと?」
「あそこに座ってるお嬢さんとな」

ゾンビマンが親指で指した先を見遣ると、そこにふんぞり返っていたのは、芽吹いたばかりの若葉に似た緑色の髪が鮮やかな少女──のように見える二十代後半、タツマキだった。

彼女はジェノスと視線が交錯するなり、つん、と顎を上げて、小馬鹿にしたような態度を取った。

「別にそんなヤツの話してたわけじゃないわよ。たまたま名前が出てきただけでしょ。妙なこと言わないでよ」
「なんだ、嫌われてんな、お前。なにしたんだよ」
「……………………」

まさか“さっさと失せろ、くそがき”などと吐き捨てて逆鱗に触れてしまい、超能力で吹っ飛ばされてスクラップにされたなどと、この男に正直に言えるわけもない。ジェノスは押し黙って目を逸らすしかなかった。

「大体アンタみたいな情けないヤツが、私は嫌いなのよ。男のくせにうだうだしてるんでしょ。ぜんぶ知ってんのよ」
「……なんだと?」
「あの“噂の生存者”のこと探してるんでしょ?」

予想だにしなかった名前が出てきたので、ジェノスはつい反応してしまった。驚きのあまりきょとん、としてしまう──歳相応などこか幼いリアクションだったが、タツマキは別にそれを揶揄するでもなくひたすら攻撃的な姿勢を崩さない。

「あの変人教授と協力して、いろいろやってるって聞いてるわよ。まだ手掛かり掴めてないんでしょ? こんなところにのこのこ遊びに来る暇があったら、もっと足を使ったらどうなのよ」
「……お前にそんなことを言われる筋合いは」
「そんなことしてるから、見つかるものも見つからないのよ。大体アンタ“噂の生存者”が失踪する直前まで一緒にいたんでしょ? それなのにグースカ寝てるあいだに逃げられたっていうじゃない。アンタなにやってんの? 恥ずかしくないの?」
「うっ……そ、それは」

ずばずばと突き立てられる言葉の刃に、ぐうの音も出なかった。見るに見かねたバングが「それくらいにしてやらんか」と助け舟を出してくれなかったら店内にいる他の一般客たちも巻き込んで自爆していたかも知れない。

「本当に問題児ばっかりじゃのう」
「なによ。文句あんの? 間違ったこと言ってないわよ」
「お前さんはもう少し言葉を選んだらどうなんじゃ」
「こんな腑抜けに優しくする義理ないわよ」

ぎすぎすしていく空気の中に、支配人と書かれた名札を胸につけた壮年の男性が入ってきた。お部屋の準備が整いましたのでご案内いたします、とのことだった。

「ほれ、行くぞ。喧嘩はそこまでじゃ」
「……ふんっ」

支配人のあとについてVIPルームを出て、一同は照明の絞られた薄暗い廊下を宴会用の大部屋に向かう。最後尾を歩くタツマキにゾンビマンが並んで、ぼそぼそと耳打ちした。

「容赦ねーなあ、お前」
「だって本当のことだもの」
「怒ってんのか?」
「……どうかしらね」

列の先頭、バングの隣で悄然とした背中を晒しているジェノスを睨んで、タツマキは口を尖らせる。

「それにしても──アイツ、なんで訊かないのかしらね?」
「あ? 訊くって……なにをだよ」
「どうして私が“噂の生存者が行方を眩ましたとき、アイツが寝てたことを知ってるのか”って。ちょっと頭を使えばわかるでしょう? アイツ自身と“彼女”しか知らないはずのことを、どうして私が知ってるのか──“誰からそれを聞いたのか”」
「……タツマキ」
「あーあ、ホントかわいそうだわ。あの子」
「まさか──お前、ヒズミと?」

ゾンビマンが赤い双眸をにわかに瞠り、低い位置にあるタツマキの顔を凝視する。彼女はひたすらつまらなさそうで、面白くなさそうで──はあ、と盛大に溜め息を零した。

「あんな男の、どこがいいのかしらね」



S級ヒーローの親睦会とやらに出掛けたジェノスが帰ってきたのは、深夜のことだった。エンジン音が聞こえたので、協会の車で送ってもらったのだろう。あいつなら徒歩でもよかったんじゃないのか、とサイタマは思ったが、ドアを開けて入ってきたジェノスの顔を見て、その理由をすぐに悟ることになった。

「……たらいま戻りました」
「……おう」

レプリカの眼球でもそれとわかるくらい、酩酊によって目が据わっている。瞼が重そうだった。微妙に呂律も回っていない。

「え? なに? 飲んだの?」
「自分の茶と誰かの烏龍ハイを間違えてしまい……このような……その……アレに……」
「……ああ、そう……」

ふらふらと覚束ない足取りで三和土に上がってきたジェノスに、サイタマは困惑するしかない。未成年がハプニングとはいえ飲酒してしまった──のは黙っていれば問題ないとして、酔った人間の介抱など久しくしていない。ましてや相手はサイボーグである。どうすればいいのかいまいち見当がつかなかった。

「えっと……水とか飲むか?」
「……しゅみません」

ふらふらとリビングに辿り着くなり、ジェノスは倒れ込むようにして横になってしまった。そんなにアルコールを摂取したわけでもなかろうに、大した泥酔っぷりだった。特別ジェノスが酒に弱いのか、はたまた体の大部分を機械にしてしまうとそうなるのか──サイタマには推し量りかねるところだったが、とりあえずミネラルウォーターを注いでやることにした。

サイタマが親切に氷まで入れてやったコップを持って台所からリビングに戻ると、果たしてジェノスは既に爆睡していた。

「………………………………」
「…………ふぐっ……」

妙な寝息を立てながらクッションを抱きかかえて眠っているジェノスに、サイタマはがっくりと肩を落とした。口を半開きにして、弛緩しきった顔を恥ずかしげもなく露わにしている。初めて見るだらしない部分だった。表情筋にあたる機能が完全に仕事を放棄していた。今の彼の醜態を写真に撮って、素面のときに見せてやったら世界の終わりのように青褪めることだろう。

(しゃーねーな、布団敷いてやるか……)

まったくもって世話の焼ける弟子である。
どいつも──こいつも。

サイタマはやれやれと眉を寄せながら後頭部を掻いて、やるせない気持ちで掌中のコップを一気に呷った。