eXtra Youthquake Zone | ナノ





「──ぐああっ!」

ドロワットの腕から繰り出されたラリアットによって、百キロ近い筋骨隆々たる肉体を誇る“パーラメント”は中空に綺麗な放物線を描く羽目になった。遠巻きにカラシニコフを構えて、棒立ちでその現実離れした光景に釘付けになっていた部下の“エクセル”と“サイプレス”を巻き込んで下敷きにして、まるでボウリングみたいに廊下を滑って転がっていく──文句なしのストライクだった。

少し先にある階段では、他のチームと双子の片割れ──ゴーシュが交戦しているはずだ。タイプ・ライターを滅茶苦茶に乱打するのに似た銃声が連続して聞こえてくる。それに混じって、耳を塞ぎたくなるような呻き声もパーラメントのもとに届いていた。今やられたのは“ソバージュ”だろうか──せめて命だけは落とさずに済んでいることを願うしかない。

「……くっ、そ……なんなんだよ……!」

這ってそちらへ向かいながら、パーラメントは憎々しげに吐き捨てる。非戦闘員のサーズデイがあっという間に伸されてしまったのは仕方ないとしても、自分たちは業界トップ・クラスの警備派遣会社──とは名ばかりの合法傭兵集団“ヴァルハラ・カンパニー”の中でも選りすぐりの精鋭である。こんな山奥で、あんな幼い子供ふたりに手も足も出ないなど、組織の面汚しもいいところだ。なんらかのペナルティは避けられないだろう。

銃声が止んだ。パーラメントが辿り着いたときには、既に戦闘は終わっていた。段差から踊り場まで、倒れ伏した兵士たちで埋まっている。壁には銃痕が無数に散らばり、立ち上る硝煙で一帯は白く霞んでいる。騒がしい足音が上から響いてくるので、双子は昇っていったのだろう──隣の棟へ繋がる渡り廊下がある、三階へ。

その棟はグレーヴィチが実験に使用している、研究所の中枢を担う場所である。重要な設備のほとんどが集中していて、捕縛した怪人や改造を施した動物も収容されている──そんな場所にあの双子を進ませてしまったら、なにがどうなるかわからない。想像するだけで背筋に冷たいものが走る。

すると──歯噛みしていたパーラメントの無線機が、呼びかける声を受信した。骨が折れたせいで激しく痛む腕をなんとか持ち上げてスイッチを押し、応答を試みる。

「メーデー、メーデー、応答せよ」
「……こちら“パーラメント”」
「やあ。こちらイサハヤ。その様子だと、どうやら──」
「申し訳ありません……突破されました」
「そうかい。まあ、そうなるだろうとは思ってたよ。彼らはかのベルティーユ教授の番犬……いや、番アンドロイドだからね。一筋縄ではいかないだろうさ」
「アンドロイド……?」

あの双子の常軌を逸脱した大立ち回りの真相は、そういうだったことか──パーラメントは今更ながらに理解して、絶望に項垂れた。

「双子がどっちに行ったか、わかる?」
「全隊壊滅状態で、追跡が困難です……しかし、恐らく実験棟に向かっているものと……思われます」

いよいよ喋るのも苦しくなってきた。満身創痍のパーラメントに対して、イサハヤの口調は飄々としている──空前絶後の、絶体絶命のエマージェンシーに狼狽えている気配が微塵もない。

「あ、やっぱり? 教授をそっちに捕まえてあるから、その反応を追ってきてるんだろうね。いやあ、優秀な探索機能だなあ。是非ともシステムを詳しく知りたいね」
「お逃げください……あいつらは、普通ではありません……このままでは、あなたも……グレーヴィチ所長の身も危ない……」
「僕は大丈夫だよ。もう避難してる。たぶん所長も心配いらないだろう──“用心棒”が動き出したみたいだから」
「“用心棒”……?」
「ああ、現代の闇に生きる忍者なんだってさ──笑っちゃうよね。科学が日進月歩の発展を続けてる今時の文明社会の只中で、役職が忍者ってさ。いつの時代だよって思うよね」
「………………………………」
「あれ? ……おーい? オチちゃった? もうちょっと笑い話にしてやりたかったんだけどなあ……まあいいや。あんまり言うと僕まで叩き斬られそうだからね……剣呑剣呑」

ふざけた口振りを崩さないイサハヤの台詞を、聞く者はいない。

「……あ、双子ちゃんだ。見えてきた見えてきた……遠いなあ……反対側の棟まで逃げてきたのは失敗だったかな……巻き添えを食うよりはいいか。とりあえずは、お手並み拝見だね」

イサハヤの独白を、聞く者はいない。

「まあ──でも、あの時代錯誤も甚だしいオモシロ忍者くんが仮にやられたとしたって、あの子が頑張ってくれるだろうからいいんだけどね」

イサハヤの嘲笑を。
聞く者は、いない。

「博士の、かわいいかわいい、クローディアちゃんが」



虎と力士が合体したような二足歩行の怪物が振り下ろした剛腕を、ジェノスは体を翻して躱し、後ろ向きに抱え込む。そのまま身を捻るように回転させて、前のめりになる勢いを利用して──背負い投げの要領で、巨体を床に叩きつける。その衝撃で建物全体が大きく揺れた。

次いで襲いかかってきた大鷲の嘴を右手一本で受け止めて、掌に力を込める──ばぎんっ、という鈍い音を立てて、角砂糖のように割れて砕けた。咆哮を迸らせてのた打ち回るそいつの翼を引き千切って、頭部を踏み潰す。脳漿と体液をぶち撒けながらひしゃげた肉塊から脚を引き抜いて、ジェノスは全身を返り血で汚しながら最後の一体と向かい合う。多くの女性を虜にしている精悍に整った顔も、こうもグロテスクに彩られてしまっては形無しだ──そういうのが好きだという趣味の者も、少なからずいるのだろうけれど。

(新手は来ないのか。さすがに弾切れか?)

超速駆動によって熱を持った肩部パーツの接合部から薄い煙を噴きながら、異形の死骸の山の中、ジェノスは再び構えを取る。天才科学者が己の持てるすべての技術と頭脳を投入して造り上げたこのボディが、これしきの戦闘でオーバーヒートを迎える心配はない。大混戦はもうじき終わるだろう。化け物どもの息の根を止めたら、三階へ戻る階段を探して、取り残されてしまったサイタマのところへ駆けつけねば。そう逸る心のまま、ジェノスは荒々しく大猿──のように見える毛深い怪物──の腹に正拳を叩き込む。分厚い肉の壁に大砲でも撃ち込まれたかのような穴が空いて、断面から錆びた臭気を放つ赤色が弾けた。

さっき投げ飛ばした虎が、起き上がって吶喊してきた。鋭い爪をぎらりと光らせながら、ジェノスの背中を切り裂こうとする──咄嗟に左脚を振り上げて、回し蹴りの体勢でそれを止める。黒いデニム地のボトムスに三本、等間隔の切れ目が綺麗に入った。

(破れた……ヒズミに選んでもらったのに)

そもそも既にクリーニングではどうにもならないくらいに血液を浴びてしまっているので、破れようがなかろうが大した問題ではない気がするのだが、ジェノスは落胆していた。まだ履く気だったのだろうか。べっとりと付着した赤黒い斑模様は、そういう柄だと言い張るには、いささかアバンギャルドすぎる感が否めないのだけれど。

仕返しだとでもいうように虎の顔面をローリング・ソバットで粉砕して、再起不能になったのを視野の隅に収めた瞬間──びしっ、という不穏な音を、確かにジェノスは聞いた。

──足元から。
放射線状に断裂が走っているのを見た。

「……加減を間違えたか」

諦観の混じった舌打ちをひとつ零して。
ジェノスは──激闘の負荷に耐え切れなくなって罅割れ、瓦解した床に飲み込まれて──めでたく本日二度目のフリー・フォールを果たした。

鉄筋コンクリートの破片に視界を遮られながらも着地には難なく成功し、すかさず索敵のために生体探知センサーを作動させる。二階とさして変わらない、飾り気のない殺風景な通路に、異常な高エネルギーを保有する怪人は潜んでいないようだった。しかし、代わりに微かな熱反応を感知した──ジェノスは神経を集中して、その座標を追う。

追って、追って、辿り着いたのは。
更に数十メートル下方に存在する空間だった。

「地下があるのか……」

警戒しながらその方向へ移動していくと、広いスペースに出た。正円形に湾曲した灰色の壁から、六本の分かれ道が延びている。しかしそちらには目もくれず、ジェノスは床を爪先で叩く。少し位置をずれて、また叩く。それを繰り返して、ジェノスはようやく発見した──音の反響がわずかに異なるポイントを。

それを確認して、ジェノスは数歩下がった。やや離れた場所から、掌を翳す。そしてぎりぎりまで出力を抑えた焼却砲を放った。高熱の衝撃波が炸裂して、爆音を迸らせて、土煙を巻き上がらせて──隠されていた空洞を覗かせた。

縁まで歩み寄って、底を覗き込む。

そこには水族館を思わせる巨大な水槽に揺蕩う少女と、頭上から顔を出した闖入者に目を見開いているグレーヴィチと──同じように驚愕の表情でこちらを見上げる、ケージに軟禁されたベルティーユとハイジがいた。

「うわあああああん! ジェノス氏ぃい!」

ハイジが叫ぶ。眦に涙をいっぱいに溜めて、ぐしゃぐしゃに表情を歪めて、唇を震わせている──よほど怖い思いをしたのだろう。

「こんなところにいたのか、お前」
「ちちち違うってば! 好きで来たんじゃないよぉ! 俺たち誘拐されたんだよ! 助けてー!」
「わかってる。そのつもりだ」

きんきん金切り声で喚き立てるハイジを、うんざりしたように見下ろして──ジェノスは、ふっ、と短く息を吐く。掌に拳を打ちつけて、指を鳴らすような仕種をして、そして言う。

「さっさと帰って、十六回戦を始めるぞ」