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人生の半分以上を占める長い期間、この広い宇宙空間を旅してきて、スーパーノヴァと称される現象を一度だけこの目で見たことがある。

莫大な質量を持つ恒星が、その寿命を迎えたときに起こす、大規模な爆発のことである。超新星ともいうらしい。筆舌に尽くし難い不思議な色合いに燃え盛る、この世のものとは思えない輝きを窓から眺めながら、あの痕には光さえ呑み込んで逃がさないブラックホールが生まれるのだと教えてくれたのはゲリュガンシュプ様だった。昨日のことのように、シエテはそれを覚えている。

彼女が暗黒盗賊団ダークマターの一員として宇宙船に同乗するに至った紆余曲折は、それなりに複雑である。もとは辺境の、さして特別に豊かでもなければ貧しくもなく、それなりに平和だった惑星で暮らしていたのだが、今その故郷は跡形もない。ある日いきなり略奪と支配のために訪れたダークマターが蹂躙の限りを尽くして破壊してしまったからだ。数多の国々が手を取り合って抵抗の意思を見せ、歴史上において最大規模の戦争が勃発したのだが、力の差は歴然であった。一年と経たないうちに生態系は絶滅させられ、資源は根こそぎ搾取され、空っぽになった星の残骸は銀河に打ち捨てられた。

当時シエテはもっとも高い軍事力を有していた国家の低級市民として政府に買われ、王族の城で奴隷に近い扱いを受けながら生きていた。恨みというには漠然とした、憎しみというには消極的に過ぎる、そんな彼女の黒々とした胸の裡に目をつけたのは他ならぬ頭領のボロスである。彼女を内通者として利用し、情報を盗ませ、戦争を有利に運ぶための道具として扱った。それでもシエテは嬉しかった。誰かに必要とされたのは初めてだった。親を見限り、国を裏切ることへの罪悪感は最後の瞬間まで芽生えなかった。焦土と化した都市を見ても、枯れ果てた海を見ても、泣き叫ぶ子供を見ても、どこにも痛みなど感じなかった。

彼女を船に乗せるとボロスが言い出したときは、反対した者も少なからずあったようだ。謀反の恐れがあるだのなんだのと危険性を主張したそうだが、こんな小娘一匹に俺の寝首を掻けると思うのか、というボロスの鶴の一声で黙らざるを得なかったらしい。最初こそシエテへの風当たりは強かったが、自ら進んで雑用を請け負い献身的に働く彼女の姿に、不満を述べる輩の数は次第に減っていった。幼少のみぎりから召使として朝も夜もなく扱き使われていた頃に比べれば、盗賊団の下っ端の仕事なんて苦痛でもなんでもなかった。友人と呼べるくらい親しくなれた船員もいた。彼女の第二の人生はそうして幕を開けた。

シエテにとってボロスは、もはや絶対的な信仰の対象となっていた。生まれ育った国の官僚たちが決めた宗教など、とうに彼女の頭からは消え失せていた。どこの誰が作り上げたかも定かでないような神に縋るより、現実として目の前に存在する覇王こそが救いであると彼女は疑わなかった。実際シエテが囚われていた抜け道のない過酷な人生のレールを捻じ曲げたのは他でもない彼であった。

この薄汚い心身を惜しみなく捧げ、すべての自由を擲って尽くすに値する存在だと崇めるには充分だった。彼が死ねと言えば、金言を賜った幸福に身を震わせながら命を絶つだろう。絶えず降りかかるあらゆる災禍は、神から与えられた試練である。己の足で乗り越えなければならぬ大山である。



その狂信が、盲信こそが、彼女を支えていた。
絶対的王者たる彼の、不文律の導きがあったからこそ──

身を裂くような苦しみにも、彼女は耐えることができていた。



全身が激しく痛みを訴えている。ありとあらゆる感覚が失われつつあった。指先をほんの少し動かすことさえできない。辺りは真っ暗でなにも見えないので、自分が今どうなっているのかわからない。

ただ不明瞭な声だけが、遠く聞こえる。
薄い膜が耳に張りついたみたいに、判然としないが──ボロスが二十年を費やして目指したこの惑星の支配者である種族の言語が、自分の周囲に飛び交っているのがわかる。

「……経過はどうだ?」
「変わりない。いろいろと試してみたが、まだ生きている。よほど強靱な肉体と、優秀な再生能力を持っているようだ」
「さすが宇宙人といったところだな。ヒトに近い形状をしているが、我々の常識を超えている」
「眼球だけは、抉った時点から変化がない」
「ふうむ……繊細な感覚器官は、再生に時間を要するのか? しかし耳は削いでもすぐに生えてきたはずだが」
「ああ。もっとデータが必要だな……もっと検体が手に入ればよかったのだが」
「仕方ないだろう。残党はアマイマスク様が狩ってしまったんだ。瓦礫に埋もれていた乗組員どもの死骸の山から、どうにか息のあるのを探し当てられただけで大手柄だ」
「そうだな。まあ、こいつだって充分に価値はある。この再生能力の仕組みを分析できれば……生体構造の謎を解明できれば、難航している対怪人兵器の新開発も捗るだろう。医療機関にも研究結果を売れるかもな」
「まさに金のなる木だな」
「おい、下品な発言は控えろ」

内容の半分くらいは、シエテにも理解できた。彼らが自分を解剖し、虐待の限りを尽くして、すべてを暴こうとしていることは把握できた。格好の実験動物と見做され、死ぬまで痛めつけられ続ける事実はあまりにも恐ろしく、悍ましく、発狂しそうになる──のに、肉体は死んだように黙している。

「お堅いヤツだな。……そういえば“教授”にも協力を仰ぐという話を聞いたが」
「彼女は例の“生存者”のケアにかかりっきりだ。地下研究所爆発事故で崩壊した街の記憶がフラッシュ・バックしたとかで錯乱がひどくて、かなり深刻な状態にあるらしい」
「かわいそうにな。まだ二十歳そこそこなんだろ? あの白髪頭の子」
「俺の娘と同じくらいだ」
「なんだって、そんなことになっちまったんだろうな。そういう話を聞くとよ、俺ァこの世に神様なんていねえんだって心底から思うぜ」

しゃがれた声で発せられた台詞に、その場にいた全員が同意したようだった。しかしシエテは知っている──それが正しくないことを、知っている。

神は確かに存在するのだ。

その御力で以て、逃れられぬ隷属の運命から助けてくれたのだ!

「……? なんだ? 急に脳波が活発になったぞ」
「俺らの話に同情したんじゃねえか?」
「馬鹿を言うなよ。こいつらのせいで死にかけた被害者なんだぞ」

不愉快そうに眉を顰める気配がした。そうだ、蔑むがいい。侮るがいい。軽んじるがいい。シエテの臓腑に憎しみの炎が灯る。

いつか必ず、神が鉄槌を下すであろう。
滅びの裁きを与えるであろう。
かつて彼女の、狂った故郷にそうしたように。
そうしてまた果てなき宇宙へと旅に出るのだ。

そのときまで、呪い続けよう。
己と同じく激痛に悶え、心障に喘いでいるという者に、更なる災厄の到来を祈ろう。孤独に刻まれ、恐怖に壊され、絶望に狂って息絶える終焉を望もう。

不平等を許すな。
不公平を弾劾せよ。
不条理を逃すな。
不作法を弾圧せよ。

畏れ多き神の名のもとに平伏し、地に額を擦りつけ、一介の下等生物ごときが身の程知らずにも全宇宙の君主へ楯突いたことを悔いて泣き叫ぶがいい。

審判の日が訪れる瞬間を待とう。

そのときまで、いつまでも──呪い続けよう。

「まったく、お前、いつか罰が当たるぜ」

ああ──神よ。
星々の瞬く無限の闇をも制覇した、我が王よ。

あなたは今、どこに御座せられますか?








(貪り勝る王の微笑み)
(返り血を浴びても瞬きもせずに)

(戦士が失った足の針と)
(戦士がひきずる臓物の糸で)
(ひとつの大地に 国境を縫ってゆく)

万物のすべてを そっとそっと忘れて



死の王国 - COCK ROACH



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