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ヒーローといえば、今のご時世、もっとも社会に貢献している職業だという見解に誰もが諸手を挙げて賛同するところであろう。このあいだもニュースで「全国の小学校で実施された将来の夢アンケートで堂々ぶっちぎりのナンバーワンに輝いた」と取り上げられていた。確かに怪人による暴動や知的生命体の侵略という未曽有の災害が頻発する昨今、この国の平和を守るために身を粉にして活躍する人々は崇められて然るべきだとわたしも思う。

一昔前まではアニメの中にしか存在しえなかったヒーローという肩書きに、わたしも少なからず憧れていた。だからこそヒーロー協会本部がアルバイトを募集していると聞いたときは、ろくに仕事の内容すら確認せず応募を決めたのだ。

その日のうちに証明写真を撮り、コンビニまで履歴書を買いに走った。いっちょ根性を見せてやろうと、転職用だの就活用だのと数ある種類の中からいちばん値段の高いものを選んだのを覚えている。今となってはよく意味のわからない、無駄な気合いだったように感じるけれど──甘っちょろい考え方だったと反省しているけれど、なにはともあれわたしは書類審査と面接に晴れて合格した。ものすごい倍率の激戦を潜り抜けたのだ。

なにが採用基準だったのかはわからないが、人事担当の上司いわく、なにより重視したのは「口が堅そうか否か」だったという。国家レヴェルの機密を扱う民事機関である以上、それは妥当な判断材料だったといえよう。つまりわたしは「他人にトップシークレットを漏洩するような身の程知らずでないマジメな若者」だと太鼓判を押してもらえたということだ。言い換えてしまえば「無口で地味で内緒話をするような友達も少なそう」だという印象を与えたというアレかも知れないが、まあ、わたし自身の精神衛生のために深くは突っ込まないでいただきたいところだ。

わたしに与えられた業務は、平たく言うと“配達”だった。大型ショッピング・モールばりに広い本部内には届いた郵便物を集めて保管するためのスペースがあり、そこから各部署へと我々アルバイトが足を使って移送するのである。噂によれば内閣府に対しても発言力を持つという巨大組織となれば、まいにち膨大な量の書簡や荷物が送られてくる。それらを的確に、ミスのないよう運ぶのは大変だったけれど、やり甲斐もあった。初めの頃は相当しんどかったこの仕事にもだんだん慣れてきた。かといって手を抜けるわけもない。わたしのような一介の凡人にも、ヒーロー協会の一員であるというプライドみたいなものが芽生えはじめていた。そんなこんなで、わたしは今日も、汗水を垂らして迷路のような本部を走り回っている。



「……ふう」

よく晴れた昼下がりの午後、わたしはひとり休憩所で一息ついていた。黄ばんだ壁と自動販売機に囲まれた備えつけのベンチでミネラルウォーターを飲みながら、壁に填め込まれた液晶テレビで放送されているワイドショーをだらだらと眺める。女癖が悪いと評判のタレントが再びスキャンダルを起こした件について、コメンテーターが冗談交じりに囃しながら観衆の笑いを誘っていた。しかし芸能界にあまり詳しくないわたしはいまいち興味が持てず、チャンネルを変えてしまおうと椅子から腰を浮かした。そこへタイミングよく表れたのは、いつも仲良くしてくれているひとつ年上の先輩だった。

「ああ、シエテちゃん、お疲れ様」
「お疲れ様です」
「いま休憩?」
「はい。先輩もですか?」
「そうなんだけど……ちょっとね」

妙に歯切れの悪い先輩に、わたしは首を傾げた。

「なにかあったんですか?」
「一件まだ宅配してない小包があるんだけど……」

そう言って先輩がわたしにも見えるよう差し出してきたのは、なんの変哲もない(ように見える)ダンボール箱だった。横に伸びた長方形で、片手でも充分に持てるくらい平たい。さして重そうなわけでもなさそうなのだけれど、なにかトラブルがあったのだろうか。

「これ、宛名のとこ見てよ」
「? ……えっと……」

届け先の欄に記されていたのは、とある女性の名前であった。確かヒーロー協会の方から頼み込んで籍を置いてもらったともっぱら噂の、絶世の天才研究員と称されているひとだ。ときには医療スタッフ、ときには技術開発チームのトップ、ときには怪人の生態調査グループのリーダーとしてその辣腕を揮っているという。数々の武勇伝が一介のアルバイトであるわたしの小耳にも挟まるくらいなのだから、さぞかし飛び抜けて有能であらせられるのだろう。

伝票をよくよく観察してみると、どうやら本人に直接渡してサインをもらわねばならない種類の大事な荷物らしい。時間帯指定は特にされていないので急ぎではないようだが、なんにせよ重要なお届け物であるのは確実だった。

「知ってますよ、この方。どっかのフロアまるまる貸し切ってるんですよね」
「そうそう。だから届けるのに迷ったりはしないんだけど」
「問題でも起きたんですか?」
「違うの。……あそこ、出るって評判なのよ」
「出る? なにがですか?」
「ユーレイよ」
「へっ?」

わたしは思わず間の抜けた声を上げてしまった。

「若い女の啜り泣く声が聞こえたと思ったら真っ白な人影がスーッと横切っていったとか、そっくりな顔した生気のない双子が夜な夜な歩いてるとか、そういう話が絶えないのよ。あたしもう怖くて」
「はあ……」
「シエテちゃん、一緒に来てくれない?」

涙目になっているのを見るに、どうやら先輩は本気のようだった。普段はちゃきちゃきしていて頼れるベテランの風格を醸し出しているのに、こういう一面もあったのか。わたしはどこか感慨深い思いだった。

「いいですよ」
「本当?」
「なんだったらわたしが代わりに行きますから、先輩このまま休憩入っちゃってくださいよ」
「いや、さすがにそこまでは申し訳ないよ」
「いつもお世話になってますから。後輩の恩返しだと思って」
「な……なんていい子なの……!」

ベルばらっぽく口元に手の甲を当てて大袈裟に驚いてみせる先輩に、わたしは笑った。少なくとも下世話なワイドショーなんかよりはずっと面白い。そんなこんなでわたしは先輩から小包みを受け取り、単身オバケ屋敷に乗り込む運びと相成ったのであった。



小脇にダンボールを抱えてエレベーター・フロアに降り立ったわたしを出迎えたのは、ひんやりとした空気だった。コンピュータ類を多用しているので、機械が熱暴走しないよう、室温には気を遣っているのだろう。人工的な冷気がわたしの全身を包み込む。少し肌寒いくらいだった。

かの天才研究員さま専用フロアなだけあって、本当に誰もいない。人の足音どころか生物の気配もない。静まり返っている。日頃からきわめて非科学的でばかばかしい心霊現象を白眼視しているわたしでも、さっきの先輩の怯えた話しぶりを思い出して、ちょっと身震いする程度にはなかなかどうして不気味だった。

「……さっさと済ませて帰ろう」

己を奮い立たせるため誰にともなく呟いて、わたしは壁に記された案内表示に従って件の天才研究員さまがいると思しき部屋を目指して進んでいく。突き当たった角を左に折れて曲がって、

「────っ!!」

廊下の先に立っていた、瓜二つの幼い少年と少女の姿に心臓が止まりそうになった。

悲鳴を上げなかった自分を褒めてやりたい気持ちだった。内臓が謀反を起こして口から逆噴射しそうなくらい鼓動が高鳴っている。まさか先輩の言っていたことは本当だったのか──と、正常な判断能力を失って硬直してしまったわたしに、彼らはなんと普通に話しかけてきた。

「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」

同時に発声された歓迎の挨拶は、美しく澄んだ輪唱のようだった。ふたりとも城に住まう王族の子供みたいな、中世の貴族を描いた絵画から飛び出してきたみたいな、いたく瀟洒な衣装を着ている。下々の貧民を思わず平伏させるにはあまりある上品さに、わたしはなんとなくこないだ同僚の女の子から借りて読んだ黒執事を連想していた。

その比喩は我ながら的を得ていると思っていたけれど、マンガの世界に現実逃避している場合ではない。わたしはとりあえずコミニュケーションを図ってみることにした。

「おっ、お、お邪魔します……」
「なにか。御用。ですか」
「なにか御用ですか」
「ぼくが。お伺い。します」
「わたくしがお伺いします」

テンパっているわたしの気のせいでなければ、彼らは出会ってから一度も瞬きをしていない。赤毛と同じ色の長い睫毛に縁取られたくりくりと大きな目を見開いたまま、じっとわたしから視線を逸らさない。明らかになにかがおかしかったけれど、いっそ小包みを放り出して逃げ帰ってあったかい布団に入って寝てしまいたかったけれど、ここまで来たら引き下がるわけにはいかない。わたしにもアルバイトながらに意地というものがあるのだ。ぐっと唾を飲み込んで、わたしは一歩ずいっと前に出た。

「ベルティーユ様に宛てたお荷物をお届けに参りました。サインをいただきたいのですが、どちらにいらっしゃるかご存じでないですか」

わたしの言葉に、双子は不思議そうに顔を見合わせたが、すぐに向き直ってきた。

「教授は。大事なお仕事中。です」
「今は手が離せませんの」
「お、お忙しいのは百も承知ですが、サインが必要なので……お時間は取らせませんから……」

教授──というのは、恐らくベルティーユ女史のことだろう。食い下がるわたしに、双子は眉ひとつたりとて動かさない。氷のような無表情のままだった。

「……邪魔。する。輩は。排除。するように。と」
「言いつけられておりますの」
「はっ──!?」

まさか“排除”なんていう物騒な単語が出てくるとは想定していなかった。狼狽えるわたしの前で、双子はファイティング・ポーズを取った。一世代前のカンフー映画みたいに妙ちくりんな構えだったけれど、なんだか妙な威圧感がある。わたしは気圧されたが、こうなったらもうヤケクソである。小包みを丁寧に床に置いて、むかし読んだ小説に出てきた、かの有名な『荒ぶる鷹のポーズ』で応戦の気概を見せてやった。

「あ、あちょーっ!」
「…………………………」
「…………………………」

双子のきょとんとした表情が胸に刺さって、一瞬で闘志は削ぎ落とされてしまった。炎のごとく燃え盛っていた意地はいとも容易く萎むように鎮火し、いよいよ土下座しか手段は残されていないかと覚悟を決めかけていたわたしの前に、そのとき彼が現れた。

通路の奥から──褒め称えるかのように手を打ち鳴らしながら、白衣の裾を揺らして、子供みたいに屈託なく笑っている。

「あっはっはっはっはっは、ははっ、はっはっはっは! ひーっ!」

……爆笑している。

どう見てもわたしの素頓狂な行動が笑いのタネになっているのは明白だったので、いっそ羞恥で死にそうであった。怒りを覚えるなんていう発想はなかった。

「ち、違うんです、今のは違うんです」
「違う? 違うって、なにが?」
「ほんの出来心で……」
「出来心!」

わたしの必死の言い訳すらツボにハマってしまったようで、彼はより一層けたけたと激しく腹を抱えだした。無造作に跳ねたワイルドな銀髪と、彫りの深いセクシーな顔立ちを併せ持ち、一見モデルか俳優のように洗練されたカッコいい男であるのに、他人の醜態を指差して笑うその仕種は幼稚園児ばりに大人げなかった。

「すごいなあ! アポイントメントのない来訪者にはとりあえず脅しを掛けて反応を見ろ──ってのは俺じゃなくて教授のスタイルだけど、君みたいなリアクションするひとには初めて遭遇したよ」
「はあ……?」
「今までの統計だと、双子ちゃんの威嚇にビビって引き返したっていうケースが一番多かったんだよね。十六人だ。教授が得体の知れない子供ふたりを番犬として育ててるって話は都市伝説になって一人歩きしてるみたいだから、それも無理ないかもだけど。そんで次点が、双子ちゃんと出くわした時点で叫んで逃げていくパターンだね。これは九人だ。男女は半々くらいだけど、若い人ばかりだった。たぶん度胸試しのつもりでやってきた不届き者だろうね。力尽くで押し通ろうとしたヤツも一人いたけど……まあ、あの“博士”は特例だね。ひどい目に遭ったよ」

指を折りながらそんなことを楽しげに話す彼に、わたしは呆気に取られるほかなかった。

「……そんなの記録してるんですか?」
「いいや。頭で覚えてるだけ」

さらりと言って、彼はわたしに近づいてきたかと思うと、ぎゅっと両手を握ってきた。そのまま上下に振り回される。豪快なハンドシェイクに付き合わされながら、わたしは曖昧な愛想笑いをどうにか浮かべることに成功した。

「あんな意味不明な抵抗を見せたのは、君が初めてだよ。俺びっくりしちゃった。君とっても面白いね」
「え、いや、どうも……お恥ずかしい限りで……」
「俺はハイジっていうんだ。君の名前は? なんていうのか、随分と、その……気分を害したらすまないんだけど、若く見えるよね。協会の関係者?」
「……シエテと申します。郵便室に届いた荷物を各部署に配達するアルバイトをしています」
「ああ、そうなのかい! シエテ、シエテね。シエテ。よーし、記憶したぞ」

中学生が覚えたての英単語を反復するように何度もわたしの名前を繰り返すハイジさんというらしいこの男性に、わたしはもうたじたじであった。ただでさえ異性との接触が少ない人生を歩んできたのに、こうも強く握手されてしまっては硬直するなという方が難題だ。ましてや──こんな文句なしの男前に。

「あ、あの、ベルティーユ様に渡さないといけない小包みが……」
「俺が案内してあげるよ。おいで」

ハイジの進言にひとまずわたしは胸を撫で下ろして、おとなしく彼についていくことにした。双子ちゃんは「脅かして。すみません。でした」「すみませんでしたわ」と健気な謝罪を述べて一礼したのち、どこかへと去っていった。彼らは一体なんなのだろう。ベルティーユ女史の実子だろうか。わたしのそんなごくごく人間らしい疑問などそっちのけで、ハイジさんは上機嫌にわたしの前を先導して歩いていく。

「アルバイトって言ってたけど、短期なのかい?」
「いいえ。できるだけ長く続けたいと思ってます」
「そうなんだ」
「……本当はヒーローになりたかったんです。だけど、わたしは力が強いわけじゃないし、喧嘩とかもしたことないですし、誰かを守って戦ったりとかはできないですから……自分にできることを一生懸命やろうって思ったんです」
「うん……俺にもわかるよ、その気持ち」
「ただの下働きなんですけどね」
「そんなの関係ないさ。君だって立派なヒーローだ。俺が保証するよ」

屈託のない口振りでそんなことを言われては、小娘だてらに心ときめくしかない。わたしはかろうじて「ありがとうございます」と細い声で返して、他愛ない会話を続けながらハイジさんと通路を進んで、そして「第一研究室」というプレートの掛かった扉に到着した。

「お待たせ。教授は中にいるよ」
「すみません、なにからなにまで……」
「気にしないでよ。ところで」
「はい?」
「次いつ会えるの?」

ぼっ、とわたしの顔が真っ赤になったのが鏡など見なくてもわかった。ものすごい口説き文句のようにわたしには聞こえたのだが、ハイジさんは照れている様子もカッコつけている気配もなにもない。純粋に、知り合ったばかりの遊び友達の予定を訊ねているだけ、みたいな──徹頭徹尾、子供みたいなひとであった。

「え、いや、それはわからないですが……」
「仕事には来るんだろう? 休憩中とかにでもさ、よかったらまた遊びにおいでよ」
「そんな……お仕事の邪魔をしてしまっては申し訳ないですし」
「遠慮しなくてもいいのに」
「そういうわけにはいきませんよ。またこちら宛てのお荷物があったら、そのとき来ます」
「そっか。……じゃあ、ネット通販とかしてみようかなあ。使ったことないんだよね。経験値がひとつ増えるし、君も堂々とここに来られるし、一石二鳥だ」

どこまで本気なのか量りかねるところではあったが、こんなにもストレートに好意を示してもらえると、やっぱり悪い気はしない。先輩あたりに「本当にユーレイがいました!」とでも嘘をついて、おどろおどろしい噂を広めてもらって、このフロアに届いた郵便がすべて下っ端である自分の担当になるよう根回しをしてみてもいいかな、とまでわたしは考えていた。

「じゃあ、俺は持ち場に戻るよ。お仕事がんばってね」
「ありがとうございます。ハイジさんも」
「うん。そんじゃ! アディオス!」

白衣を颯爽と靡かせて去っていくハイジさんの後ろ姿を見送って、わたしはドアに振り向いた。さて──お仕事がんばってね、と、ありがたい激励の言葉もいただいたことだし、真面目に働かねばなるまい。

彼と同じヒーロー協会の一員として、社会の平和を守らなければなるまい。

わたしは気持ちばかり胸を張って、おおきく息を吸い込んで、目の前の扉をノックした。








(明るい未来に向けた)
(ぼくらの いびつな爆弾)

難しいことはワカンナイけど続け!

(あの星 目指していけば)
(やがて 辿り着くはずさ)
(誰も見たことのない景色見るため)



コピペ - serial TV drama



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