『お前は、わしらの中でも飛びぬけている』

長老を名乗った老人の言葉。

『お前に敵う者はわしらの中にはおるまい。―…鮮紅の瞳を持つ者よ』

グッと下半身全体に力を込める。これまで跳んだこともない高さだが、もし俺が本当に最強だというのであれば。あなた方の中で、飛びぬけているというのであれば。


グワン、と空気のうねりが風を起こす。


一瞬後、少年は里全体を見渡せる位置にいた。
あれほど高いと思っていた外壁よりもはるか高く、これから逃げ込もうとしている森すら越えて。その向こうに広がる海と、町。ドクン、と心臓が跳ねる。

世界って、こんなに広かったんだ…―

初めて見る森以外の風景に驚き、目を見開く。驚きと感動の瞬間の直後、少年は地面へと叩きつけられていた。

「っつ、」

上空から見た綺麗な風景に気が緩んでいたせいで着地に少し失敗してよろけるが、慌てて背後を確認すると、そこには高く聳える壁が変わらずあった。少年は、その外側に立っていた。

逃亡の成功に口が綻びそうになるが、油断するのはまだ早い。もう一度気を引き締める。とりあえずは第一難関はクリア。里の中が騒がしくなる様子もないことから、逃走はまだばれてはいないようだ。それでも問題はまだまだ山積み。里から抜け出すのは、文字通りまだ"第一"難関でしかない。目の前には闇色の森。今度は迷路みたいな、ではなく間違いなく自然の迷路。

これ以上、迷っている時間はない。もう、引き返せない。

最後にもう一度だけ、里を振り返った。短い間だったけれど、自分が居た場所。自分の両親が、出会った場所。幸せに笑い合う2人の姿を思い浮かべ、胸に揺れるペンダントをきつく握る。蘇る数年前の惨劇。


俺は、絶対にお前らを許さない。



暗く澱む森を見据え、少年は右目に撒きつけられていた包帯を取った。そこには血色に底光りする、真っ赤な瞳。澄んだ空色の左目とは対照的な、魔性の色。
ずっと昔、浄化された力。里で無理矢理、引き戻された力。


一瞬だけ顔に不安が滲む。けれどすぐにそれをかき消して、少年は足を森に踏み入れた。



奥へ、奥へ、奥へ…―

闇へ、闇へ、闇へ…―



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