里の真ん中にある一際立派な建物。その入口の空気が唸り、地面の土が舞う。次の瞬間、少年はそこに佇んでいた。空気を唸らすスピードでここまで駆けて来たにもかかわらず、息一つ乱れていない。少年は周囲の気配を敏感に探るが、やはり誰も潜んではいないようだった。

とりあえず、軟禁されていた罠の仕掛けられた建物からは脱出できた。しかしここは里のど真ん中。里を囲う壁はまだ遠い。そこまで、迷路のように混み入った造りをしている里を、素早く、誰にも見つからないように通り抜けていくのは至難の業だ。もとよりこの真ん中の建物は牢のようなもの。最も逃げ出しにくい位置にあるのは当然の話だった。

ここからが勝負だ…―

少年はフッと息を詰め、つま先に力を込めた。唸る空気を感じながら人外の動体視力を駆使して迷路のような小道を駆け抜けていく。

軟禁されていた間、当然里を散策する自由など無く、里の造りを把握するのは諦めていた。しかし予想外の幸運でそれが叶ってしまった。勝手に自分の婚約者に据えられた少女が、事細かに教えてくれたのだ。少年は、里では何も知らない無害な人格を装っていた。だから彼女もまさか、何気ない未来の夫となるべく人との会話が、その逃走を手伝ってしまったとは思わないだろう。そんなわけで少年はあっけなく外壁までたどり着いたが、ここにきて初めて困惑を感じた。

外壁が予想以上に高い。

逃亡に必要な情報は軟禁中になんとかいくつか聞き出せた。その中でも外壁に関しては特に有益なものがあった。それは、この外壁には人間が触れたら即死になるほど強度の電流が流されているということ。もう1つは毎夜の見回り警備隊に関して。しかしこちらは既に見回りルートを把握しているため、問題はない。今の月の角度から見て、今頃警備隊は里の反対側にいるはずだ。警備隊は特に戦闘能力の高い集まりのため、少数精鋭となっている。しばらくはこちらには来れないはずだ。

だから少年は、とりあえず外壁にたどり着いたら壁に触れないように飛び越えれば良いと思っていた。しかしそれは高をくくっていたにすぎないことを今、思い知らされた。

予想をはるかに超える高さの外壁。唾液を飲み込む。こんな高さ、跳んだことがない。
所詮は外敵を防ぐものだ、俺たちの身体能力ならひとっ飛び。そう思っていたのが悪かった。この外壁は外敵を防ぐものではない。それ以上に、内からの裏切り者を逃がさないものだったのだ。

『奴らは最も裏切りを嫌う』

遠い昔に聞いた言葉が脳裏をよぎる。
しかしこれ以上ここでモタついていては、警備隊の者がやってきてしまう可能性もある。月も部屋を抜け出したときに比べると、随分と傾いていた。

聳える壁。失敗したら動けなくなり、瞬く間に捕らえられるだろう。大人しい振りも、2度目は効かない。軟禁状態がより厳重になるのは陽の目を見るより明らかだ。

ゴクリ。
生唾を飲み込み、覚悟を決める。

脳裏に、この里へと連れてこられた日のことが思い浮かぶ。