side. 涼


俺は今日、告白する。


* * *



「うおぉ、緊張する…!」

「しっかりしろって!男だろ!」

そう言って腹を押さえる俺の背中を叩いたのは、斉藤創(さいとう・はじめ)。同じ男バスで、友達の中でも特に仲が良い奴だ。

「つか涼(りょう)でも緊張でもすんだなぁ〜」

「さすがの2年モテ男代表でも3年のマドンナにはひるむってか?」

そう言って冷やかすのはよくつるんでるバスケ部の連中。中学から持ち上がりの俺たちは、部活でもそれ以外でもやたら仲が良い。だから今のように放課後の教室でたむろをしているのもよくあること。

「っるせぇ!」

「おーこわっ!」

思い切り怒鳴ると創以外の冷やかした奴らがわざとらしく身を引く。こうやってこいつらとふざけてると少し緊張がほぐれてくる気もする。下手に気遣われるより、こっちの方が気が楽だ。こいつらもそれがわかっててやってんのか?

「涼なんてフラれちまえーっ!」

「お前一人モテすぎなんだよーっ!」

なわけないか。バカみたいに騒ぐ仲間に思わず苦笑を漏らしていると、創がこっそり耳打ちをしてきた。

「涼、そろそろ時間」

時計を見ると、確かに。俺が指定した時間が迫っている。

「っし!」

小さく気合をいれて教室を出ようとすると、後ろからもう一度「涼っ」と名前を呼ばれた。振り返ると、さっきまでバラバラで騒いでた奴らがみんなこっちを向いて、ガッツポーズやらピースやらをしている。

「がんばれよ!」

創が言いながら突き出した拳に向けて、俺も拳を向ける。

「おう、行って来る…!」

そして全力で裏庭に向けて走り出した。



俺が告白するのは、一つ年上のアイザワユキナ先輩。俺たち男バスのマネージャーで、学校のマドンナ的な存在でもあるらしい。確かにユキナ先輩はそこいらのアイドルじゃ手打ちできないほど美人だし、性格も良い。それは1年近く部活でそばから見ていた俺が、保障する。そんなユキナ先輩がモテるというのも当然の話で告白されたという噂もよく聞いた。けれど不思議なことに、高校に入ってからユキナ先輩は誰とも付き合ったことがないらしい。それを聞いて、俺も去年は告白するのを諦めたわけだけど。
けれど、今年で俺が2年に上がって、ユキナ先輩も3年になる。後しばらくでユキナ先輩が部活を引退する時期になってしまう。部活しか繋がりのない俺としては、この告白はもう最初で最後の捨て身のアタックだ。
正直、確立は五分五分だと思う。他の後輩よりはユキナ先輩と仲が良かったし、自分で言うのもアレだけど、俺モテるらしいし。所詮強がりとわかっていても、創たちの言葉を信じてそう思い込む。

「ハァ、ハァ…」

全速力で走ったせいで、裏庭についた頃には息が切れていた。現役バスケ部のレギュラーが聞いて呆れる。普段ならこんなすぐにバテたりはしない。身体全体が心臓になったかのように激しく鼓動を打っている。
先輩はまだ来ていなかった。校舎に背をつけてもたれかかりながら、深く息をする。教室を出たのは5分前くらいだったから、もうしばらくで先輩が来るはずだ。そう思うと、どんどん緊張が高まる。働かない頭を何とか動かして、最後にもう一度告白をシミュレートする。

その時、俺が来たのと逆側からジャリ、と砂を踏む音が聞こえてきた。


―…来たっ!


耳に神経を集中さえ、足音を捕らえる。その足音はゆっくりと俺に近づいて、そしてとうとう目の前で止まった。
緊張で顔を俯かせている俺には、先輩のスカートから伸びる細い足しか見えない。わ、白ぇ。ってそうじゃなくて!

「あのっ」

沈黙を打ち破るように絞り出した声は、少し上ずっていた。情けない。唾液を飲み込んで、喉を潤す。
落ち着け、俺。がんばるんだ、俺。



「いきなりでびっくりしたと思うんスけど、俺、先輩のことが好きです!もしよかったら俺と付き合ってください…!」



昨日まで何度も反復して練習した台詞を言って、身体を前に倒す。なんとか噛めずに言えた!
しばしの沈黙。九十度に折れ曲がった俺は、耳元で響く自分の心臓音だけを無心に聞いていた。十秒、二十秒。それでも返事はない。

やっぱり、ダメだったのか…?

諦め気味に身体を上げようとした瞬間だった。


「え、と…わ、私で良ければ…!」


珍しくどもった先輩の声が聞こえて、俺は喜びでパッと顔を上げた。


そして、固まった。


「よ、よろしくお願いします!」

そこには照れたように俯く、先輩。いや、先輩は先輩なんだけど。でも、………え?



「よ、ろし、く…」



目の前にはなぜか、知らない先輩が立っていた。



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